第462話:選択
正確に言えば、彼が失敗したという訳ではない。
そもそも、彼が語る二つ以外の選択が、全て正着であったということですら、他者からすれば全く違うという話にもなるだろう。
だが、今の論点はそこにない。
世界の盟主として、オリンポスの王として、自ら選択した事柄は、彼にとって全てが正着となる。
たとえ結果として、その判断が間違っていたとしても、彼はそれを正着に書き換えるのだ。
頭の中で。
これはもはや、ある種神格化された思考であった。
決して間違えてはならないと。
間違えれば、世界が崩壊するかもしれないと。
大袈裟でもなにもなく、事実彼にはそれだけの力があったから。
だが、彼の言う"二つの選択"は、どれだけ考えても、どう言い繕おうとも、彼の頭の中で決して正着に書き換わらなかった。
それはつまり、彼が選択したことではなく、他者によって選ばされたものだったから、ということに他ならない。
彼はそう結論付けた。
だが、だからといって、彼は自分を許せなかった。
操られていたから仕方ない、では済まされないのだ。
そもそも果たして本当に、その二つだけだったのか。
気付いていないだけで、本当は他にもあったのではないか。
また、操られてしまうのではないか。
そう考え始めたその日から、彼の思考は無限回廊へと迷い込み、今までの選択全てを疑い始める。
こうなれば、もう正常ではいられない。
それでも彼は、その強靭な精神力で王たる使命を果たしていく。
まるで、何事もなかったかのように。
だが、それも限界を迎えてしまった。
「陛下は……何が間違っていたと?」
俯くザディアックに、ロードは意を決してそう問い掛けた。
彼はその言葉を待っていたかのように、ゆっくりと顔を上げた。
そして、彼もまた、意を決して語り始めた。
「……まず一つは、ティーターンとレアの戦だ」
「北の戦乱……ですか?」
「然り。あれは……何をおいても止めねばならなかった。ああなる前にな」
「ああなる前というと、レアがティーターンに宣戦布告をする前、ということでしょうか?」
レヴィの問いに、ザディアックは首を横に振った。
「いや、それ以前にだ。我らは、レアの動きを注視していた。ティーターンの主産業である魔石採掘に陰りが見え始め、急速に衰退を始めた頃、レアがよからぬ動きをしていると、北の国々に潜伏させていた兵達から続々と報せがあったのでな。故に、戦が始まる前に、止めようと思えば止められた……筈だった」
「では……陛下がそれを?」
その問いに、ザディアックは拳を握り締めながら頷く。
その反応に、ロード達は本当に彼が操られていたのかもしれないと思い始めていた。
「放っておけと……余は命じた。だが、どう考えてもおかしいのだ。ティーターンとレアの戦が始まれば、状況から考えてティーターンが不利と余は感じていた。それはつまり、長年保たれていた5大国家の均衡が崩れるということになる。そうなれば、レアを筆頭に、その後釜に治ろうとする国が続々と現れることは想像に難くない……こういった綻びから戦火は広がるのだ。事実、もはや北の大地は修復が極めて難しい状態にまできてしまっている。このままでは、やがて戦火は北の山脈を超え、このヴァルハラ大陸全てを飲み込むだろう。余にはそれが分かっていた。故に、ティーターンに資金援助と戦力を与え、それを公にし、レアの行動を縛る指示を出そうとしていたのだ。オリンポスがティーターンの後ろ盾になれば、レアとて手出しは出来ない。そう考えてな……」
「しかし、そうはならなかった……」
「ああ……ティーターン支援の意思を固めたのが、レア黙認の指示を出す前夜のことだ。だが、余はそれすらもついこの間まで忘れていた。そして忘れたまま、次の間違いが生まれる。余の第二の失策……ギリシア大戦だ」
「ギリシアの……」
「あの陛下、実は私……陛下と、ギリシア王となったフリードリッヒ様との会談の内容を聞いております。あの時、私は戦に参加すべくケルトにおりましたので」
そう。
嘗て、ギリシアはヨルムンガンド率いる竜族の襲撃を受け、先代国王であるクリスティアノがその命を落とす結果となった。
王の座を継承したフリードリッヒは、竜族に占拠されたギリシアを奪還すべく、オリンポスに助力を願い出る。
オリンポスはこれを了承し、ザディアックとフリードリッヒによる会談の場が設けられた。
だが、その両者の会談で発せられたザディアックの言葉は、あまりにも酷いものであった。
その当時、ロードはティタノマキアの襲撃によって記憶を失っていた為、ケルト城に匿われており、レヴィもまた、竜族との戦に参加すべく、SSSランク冒険者をはじめとする遊撃隊の一員として、ケルト城にいた。
その際、オリンポスからケルト城に戻ったフリードリッヒから、会談の内容を聞いたのだった。
「……そうか」
「あの時の陛下のお言葉……正直に申し上げて、あまり気持ちのよいものではありませんでした。ですが、こうしてお会いした陛下は、とてもあのようなことを語られるような方には……」
「いや、それは違うな。操られていたとはいっても、それは選択そのものを操作されていただけであり、語りし言葉……いうなれば、我が本質は変わっておらぬと余は考えている。つまり、結果だけが操作され、その過程に生まれた事柄は、結局のところ余の本心によるものなのだ。あの会談での我が言葉は、ギリシアに対し全力の支援などする必要はなく、己が身を第一に考えることこそが最良……その結論に至った際、余が発するであろうものに相違ないだろう」
「なるほど……そういうことですか。ロード様」
「ああ……俺達が事前に受けていた印象と、実際にお会いしてからの陛下があまりにも違うのも当然だ。結論が変われば、その過程だって大きく変わる。仮に陛下がギリシアを最大限支援する方向だったのなら、その会談の内容だって、全く違ったものになっていた筈だからな」
「ええ。もちろん、多少その……陛下が威圧的な語り口になるのは変わらないとしても、無駄に突き放すような言い方はしなかった筈です」
「まぁ……そうであろうな。あの会談の際、余は竜族なぞに遅れをとったギリシアに対し、酷く腹を立てていたように思う。今にして思えば、何故腹を立てていたのかも分からぬし、そもそもギリシアの支援をすることこそが、このオリンポスを、ひいてはヴァルハラ大陸の安寧に繋がることなぞ、幼子でも理解出来る。まぁ、あの当時、余に対してティタノマキアから殺害予告が届いていたということもあったが……」
「そうだったのですか?」
「ああ。結局奴らは来なかったがな。ただ、それがあろうがなかろうが、余はギリシアに対し、ロイをはじめとした最大戦力を提供するつもりでいた。結果的に勝利したからこそよかったものの、もし戦に敗れていれば、このオリンポスでも多数の死傷者が出ていたであろう。レヴィよ、貴様もあの場で死力を尽くしてくれたのだな……改めて謝辞を述べよう。心より感謝する」
目を閉じ、頭を下げるザディアックに、ロードとレヴィは目を合わせて頷き合う。
これが、彼の本来の姿。
オリンポスの王という、あまりにも重い責が、暴君ザディアックという人格を生み出し、彼本来の思考を塗りつぶしていたのだと。
誰にも語ることが出来なかったものを吐き出せたザディアックは今、まるで憑き物が落ちたかのように穏やかな表情浮かべていた。
「勿体なきお言葉……ただ陛下、あの時、真に竜王を討ったのは……ロード様なのです」
「な!? そ、そうなのかロードよ!?」
「あ、いえ、あの場にいたみんなでですが……最終的には……はい」
「そうであったか……元老院の連中からは、ズィードをはじめとするSSSランクの冒険者がと聞いておったが……」
ロードがレヴィに視線を送ると、彼女は即座に頷いた。
そして、ロードはザディアックに語り始めた。
彼らが辿ってきた、今までの旅路を。




