第460話:待ち人
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「へ、陛下!?」
王の居室前で警戒にあたっていた2人の兵士が、背後から聞こえた扉の音に反応して振り返ると、扉を開け放ち、辺りを見回すザディアックがそこにいた。
時刻は、夜の10時である。
「い、いかがなさいましたか!?」
「な、何が……!」
「……いや、気にするでない。部屋の外が少々気になってな。だが、どうやら余の杞憂であったようだ。そのまま励むがよい」
「「は、ははっ!」」
「うむ。ではな」
扉を閉め、ザディアックは部屋の奥へと向かう。
壁にかけられたランタンの淡い光のみが照らす室内は薄暗く、足元は暗闇に覆われていた。
彼は豪華な装飾のなされた椅子へ座ると、その傍らにある小さな丸テーブルに置いてあった黄金の酒杯に手を伸ばす。
飲みかけのワインを飲み干すと、顔を下げて一つ息を吐きながら目を閉じ、微かに口角を上げた。
「そこに……いるのであろう?」
そうして、そのまま暗闇に問いかけた。
「……陛下、失礼いたします」
「……!」
ザディアックが顔を上げると、そこに待ち人が立っていた。
そしてその傍には、美しく赤い瞳を輝かすメイド姿の女性と、およそ不釣り合いな兜をかぶった小さな男の子が立っていた。
ザディアックは驚愕しつつも冷静に務め、背もたれに身体を預けながら笑みを浮かべた。
「ふっ……流石だな、と褒めておこう。が、同時に落胆も禁じえぬ。こうも容易く、余の前に立たれては、な」
ザディアックの居室。
それはつまり、オリンポスの心臓である。
誰にも気付かれることなくその場に立つことなど、本来であれば絶対に不可能なことであった。
「陛下……その、お声が……」
「案ずるな。この位置であれば、よほど大きな音でも立てぬ限り、外の衛兵が気付くことはない。さて、まずは聞かせてくれまいか? 如何にして我が眼前に、貴様らが立ち得たのかを」
ロードが泊まっていた宿から城までには、二つの巨大な門を越えなければならない。
一般の国民が住むエリアから、貴族の住むエリアへ繋がる第二の門と、そこから更に、王族とその警護のみが入る事を許される、オリンポス城が聳え立つエリアに通ずる第三の門。
当然ながら、門と門の間にも数多の監視と、魔法を使用するどころか、魔力を練っただけで反応する結界が張り巡らされている。
突破は不可能な筈であった。
「それは……こいつのおかげです」
ロードの魔銀の義手が、黒い兜越しにハディスの頭を優しく撫でる。
「こ、こら! 吾輩の頭を気安く撫でるでない!」
そう言いつつも、満更でもなさそうな表情を浮かべながら、ハディスはロードの手を払いのける。
それを見ていたレヴィは、クスクスと笑っていた。
「こいつはハディス……姿どころか、気配も何もかも全て消せる力を持つ兜です。彼のおかげでここまで来られました。ありがとな、ハディス」
「ふ、ふん! まったく……ロードは吾輩がおらんと何も出来んな!」
「うん、そうだよ。全部ハディスのおかげだ」
「ハディス様、流石です」
「そ、そうだろそうだろ! にゃっはっはっはっ!」
「ほう……つまり、その者の力で、ここに至る全ての監視を掻い潜ったと……俄かには信じられぬが、信じざるを得ぬか……現にこうして、余の前にいるのだからな。それも貴様の魔法という訳か?」
「えーっと、正確には違います。俺の魔法は、物質に生命を与える魔法で、今はこの伝説の武具であるハディスに生命を与え、その力を使って貰っている、という感じです」
「……なんと。そのような魔法が……いや、待て。それもそうだが、伝説の武具だと? 古の文献に記述があったのは記憶しているが……御伽話の類いと……」
「みんな実在しています。因みに、ただの物に生命を与えてもこうはなりません。例えば、陛下の盃に生命を与えたとした場合、手足が生えて人のような動きはしますが、ハディスのようにはなりません。彼らには魂があるんです。だからこうして、力を貸してもらっうことが出来るという訳です」
「ふむ……彼ら、ということは、他にもあると?」
「はい」
ロードは肯定し、そこで言葉を止めた。
ここまででも少し話し過ぎたとは思っていたが、これ以上続けるとなると、1から全てを語る必要が出てきてしまう。
全てを語るには、まだザディアックを信用しきれてはいなかった。
「そうか……やれやれ、余もまた……まだまだ無知ということか。世界を統べる力を持っていようが、この世はかくも広く、深淵の底は影すら踏めぬ……いや、これは喜ぶべきであるな。クックックッ……感謝するぞ、ロードよ」
「あ、は、はい……」
「さて、これで最後だ。何故、余に扉を開けさせた?」
「あ、それはまぁ……流石にひとりでに扉が開いたらおかしいので……」
「なるほど……余を間者にした訳か。最後の関門を突破する手引きを……此度の襲撃のように」
微かに冷たい空気が流れた。
ザディアックの眼光は鋭く、浮かべる笑みが逆に威圧感を増幅させていた。
ロードの喉は無意識に唾を飲み込み、その瞳は助けを求めるようにレヴィへと向かう。
褐色のメイドは澄まし顔で、ザディアックへ笑顔を向けていた。
ハディスは兜を深く被り、黙って床を見つめていた。
「クックックッ……勘違いするでないわ。余は怒りなど微塵も抱いておらぬ。それに、間者はもう見つけたしな」
「え? も、もうですか?」
「然り。いると分かれば目星はつく。ましてや、あの鳩を放った者は面が割れていたしな……通ったルートから逆算すれば、誰がどう手引きしたか容易く辿り着けるが道理よ。故に、むしろ今宵は機嫌が良い。邪魔な存在が消え、こうして貴様にも会えたことだしな。さて……」
ザディアックはロードから視線を外し、黄金の酒杯にワインを注ぐ。
そして、空いた手でやはり豪華なソファーを指差した。
ロード達は頭を上げた後、静かにそこへ腰掛けた。
「そろそろ貴様が問いたいのではないか? ん……ふぅ……何故、己がここへ呼ばれたのかをな」
ワインを片手に、ザディアックは再びロードへと視線を向ける。
齢30。
整った容姿を持つ彼は、年齢よりもかなり若く見え、黄金の前髪から覗く蒼い瞳が、怪しく煌めいていた。
ロードがその問い掛けに頷くと、彼は盃をテーブルに置いた。
「……ロードよ。実際のところ、余のことをどう思っていた?」




