第455話:式典
それに合わせ、また大きな歓声が上がった。
百を超える白い鳩達は二手に分かれ、そのまま晴天の空を駆け巡る。
その美しい景色に、やがて歓声は消え、感嘆の声が微かに空気を揺らす。
「平和の象徴……か。よい趣向ではないかミデア!」
ザディアックは嬉しそうな笑みを浮かべながら、側で待機していたオリンポスの宰相ミデアにそう声を掛けた。
しかし、彼女は怪訝な表情を浮かべ、首を傾げる。
「いえ……我々の策ではありません。おそらく国民が考えたものかと……」
「そうか! まぁ、それでもよい! お、もう到着か……ちと早いな。ロード、もう一周するか!?」
「へ、陛下……!」
「はっはっはっはっはっ! 冗談ではないか!」
"冗談には聞こえないです"、という言葉を飲み込み、ロードは冷や汗をかきながらため息をついた。
それと同時にあたりを見回す。
邪悪な生命の光は見えず、今度は深く息を吐いた。
いつ、どこから。
狙われている当の本人よりも、ロードの精神の方が擦り減っていた。
そして、そんな彼の不安をよそに、馬車は軽やかな足取りでようやく……中央広場に設置された会場へと入っていった。
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『それでは! これより新たなSSSランク冒険者の拝命式を開催するッ!』
魔石により拡大されたミデアの声が響き渡ると、押し寄せた民衆から、今日何度目となるか分からない大歓声が上がった。
中央広場に特設された縦長の壇上には、SSSランクの冒険者7人が向かい合って並び、一つの道を作りあげ、そしてその道の先に、4人の騎士団長に背中を任せたオリンポスの王……ザディアックが立つ。
そんなザディアックの視界には、7人のSSSランク冒険者と、もはや数えることは叶わないほどの民衆が映っていた。
そして――――
『さぁ、新たな英雄……ロード=アーヴァインよ! これへッ!』
それは、まさに新たな英雄の誕生というべき光景であった。
民衆の中から一歩、また一歩と世界を駆け上がり、ついに彼は世界に名だたる男と成った。
壇上へと昇り切った頃には、ザディアックすらもが、見惚れるに値すると心の中で賛辞を贈るほどに、彼は清廉で、そして強い生命力に満ち満ちていた。
嘗て……いや、今も憧れ続けている冒険者の頂達と、彼は今同じ地平に立ったのである。
背中に当たる地響きのような歓声に、彼はゆっくりと振り返ると、静かに頭を下げ、そして再び前を向いた。
踏み出した彼の足取りはしなやかで、震えることも、臆することもなく、堂々と――――
「……!」
その時、ほんの一瞬、彼の足取りが鈍った。
それを感じ取ったのは、壇上にいる強者達のみで、沸き上がる民衆達はそんなことなどまるで気付かず、ただ歓声を送り続ける。
「ふぅ……」
歓声にかき消され、自身ですら聞こえない程の微かな吐息。
足を強引に前へと出し、彼は進み続けた。
何が彼の足を迷わせたのか。
その答えは、バーンの正面に立った1人の男。
勇者……ロイにあった。
「……」
別に目が合った訳ではない。
ロイは伏せ目がちに、ただ佇んでいるだけである。
彼がアスナのことを想い、怒りに震えた訳でもない。
その感情は確かにあっても、今は心の奥に留めてある。
ロイからは見えなかったのだ。
ロードの目には映る筈の……生命の光が。
他のSSSランク冒険者達は、皆それぞれが強大な生命力に満ち溢れていた。
それは、ザディアックの背を守る騎士団長達も同義である。
だが、ロイにはそれがない。
小さいのではなく、全くないのだ。
代わりに、ロードにはロイが……ただひたすらに黒く、悍ましく見えていた。
やがてロードは、ロイの前をスッと横切った。
背筋にじわりと、嫌な汗が流れるのを感じながら。
それでも前だけを見つめ、ロードはザディアックの前へと辿り着いた。
『静粛にッ!』
ミデアの一声で、オリンポスが静まり返る。
それに一礼した後、彼女はザディアックに視線を送った。
オリンポスの王は微かに頷くと、ロードの目を見つめながら口を開いた。
『よくぞ……よくぞこの頂へと至った。貴殿は一つ、まさに成し遂げたのだ。無論、聡明な貴殿は、まだ何もと……そう、答えるであろう。だがな英雄よッ!』
ザディアックが両手を広げる。
そして、握り締めた右の拳を天へと掲げた。
『貴殿こそが光なのだッ! あの天空に輝く太陽のようにッ! 我らは貴殿に温もりを感じ……そして、その存在があるが故にッ! 希望を胸に一日を迎えられるッ!! まさに選ばれし者……その羨望をッ! 畏敬をッ! 感嘆をッ! どうか無碍にせず誇りと……そう、捉えてほしい』
ザディアックの言葉に、ロードはロイのことを一瞬忘れ、魂を震わせていた。
今の言葉は、ザディアックの嘘偽りない想い。
そしてそれは、強者に対する民衆の想いでもあった。
謙遜は美徳。
だが、受容もまた美徳である。
相手の想いを受け止め、応える。
そこに不義はない。
『英雄よ……前へ』
ザディアックの手に、一振りの剣が握られていた。
白銀の柄に、宝石が散りばめられた黄金の鞘。
それは、SSSランク冒険者のみが持つことを許される儀礼剣。
まさに頂の証であった。
横向きに差し出された剣を受け取る為、ロードは再び前へと歩を進める。
そして、片膝を突いて――――
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ロードがザディアックの前に立つ数分前――――
「……お、始まりましたよ」
望遠鏡でオリンポスの街を見ていた男が、後ろに寝転んでいたもう1人の男にそう声を掛ける。
「やっとか……長いねぇ。長い長い……」
男は背伸びをしながら立ち上がると、首と腰の骨を鳴らしながら、望遠鏡を持った男の隣に立った。
「ここからはあっという間ですよ」
「まぁな。あー、ちょっとここらの葉っぱ切ってくんね? ぜってー邪魔になるわ」
「はいはい」
彼らがいる場所は、オリンポスから数キロ離れた山の頂上に生えている木の上。
そこはオリンポスのメインストリートの延長線上にあり、視界は遮られることなく、拝命式が一望出来た。
「こんなもんで?」
「ん、実によろしい。まさに一直線……いやぁ、やっぱ馬鹿って天才だねぇ」
へらへら笑う男をよそに、もう1人の男は望遠鏡を置くと、その魔力を練り上げる。
「さっさと準備してくださいよ……ボス」
ボスと呼ばれた男はニヤリと笑い、長い黒髪をかき上げると、それを紐で縛り上げた。
そして――――
「わぁってるよヒョドラ君。さぁ、楽しい楽しいショーの……始まりだ」
実に嬉しそうに、そう言って笑った。




