第450話:壁
「……え?」
気がつくと、俺は暗闇の中にいた。
本当に何も見えない……一面の黒。
ただ、自分の身体だけははっきり見えていて、それが不思議で、少し恐ろしくもあった。
「なんだ……これ……」
『担い手よ』
「わっ!?」
直接頭の中に声が響いて……って、あれ?
な、なんか前にも聞いたような――――
「あ、あなたは何度か……!」
『時がない。一つ、そなたに伝えなければならないことがある』
「は、はい?」
『封印が解かれた。もしあれが降りれば、理が逆転し、世界は一変してしまうだろう。担い手よ……全てはそなたにかかっている』
「え……あの……い、いったい何を言って……」
『……すまない』
「いやちょっと……うっ!?」
視界が……回って……!
『もう時…………神託……巫女……今…………そ……なた……近く……』
「何……を……! あなたは何者なっ……」
そこで、俺の意識は途切れた。
―――――――――――――――――――――
「……様……ロード…………ロード様!」
「んぁっ!? え……レ、レヴィ?」
「早く起きて下さいロード様! もう時間が……!」
「じ、時間……なんの?」
「何を言ってるんですか! 今日はあなた様の拝命式の日ですよ!」
拝命……あ!
「い、今何時!?」
「もう9時です!」
9時……9時!?
「間も無く迎えの馬車がこの宿に来ます! 申し訳ございません……いつもお目覚めがよいので、油断して長湯した私の所為です!」
「い、いや俺が悪い! 急ぐ!」
「お願いします!」
慌ててベッドから飛び出し、アガートラムを右腕につけながら顔を洗いに洗面所へ向かう。
「なんだってこんな日に……!」
いつもはスッと起きられ……あれ?
なんか大事な……すごく大事なことを忘れているような気が……い、いや! いまはそれどころじゃない!
「と、とにかく急がないと……!」
「ロード様! お着替えはここに!」
「あ、ありがとうレヴィ!」
「お食事は!?」
「終わってからにする!」
「かしこまりま……あ、ロード様! 馬車が宿の前に!」
「う、うそ!? やばいやばい!」
そうして支度している最中も、何か大事なことを忘れているような気がしてならなかった。
でも思い出せないまま、俺とレヴィは大慌てで宿の外で待つ馬車へと向かった。
「あ! ロード殿こちらです! お早く!」
宿から出ると、すぐにそう声をかけられた。
大きく手を振りながらそう叫んでいるのは、白い鎧を身に纏った女性だった。
金色の長い髪がよく似合う、綺麗な人だ。
「すいません! 遅くなりました! えーっと……」
「詳しいお話はあとで! さぁ、馬車に……ベルダー! お荷物を!」
「はっ! さ、こちらに!」
「す、すいません!」
促されるままに馬車へと乗り込むと、俺達に続いて女の人が中へと入る。
「ベルダー! 出せ!」
「はっ!」
ベルダーと呼ばれた男の人が操縦席に乗り込むと、すぐに馬車が進み出した。
「9時22分……ギリギリだな……」
「すいません……」
「我々がお時間通りに出ていれば……」
「あ、いえ! なんとかなります! ベルダー! 少し飛ばせ!」
「はっ!」
申し訳ない……。
「それでは、改めてご挨拶を。私はジェニー=ニュードラー。オリンポス第一騎士団の副団長補佐を務めております。以後、お見知り置きを」
第一騎士団の副団長補佐……どうりで。
この人……かなり強い。
「ロードです。こっちはレヴィ」
「よろしくお願い致します」
「こちらこそよろしくお願い致します。本日は陛下より、ロード殿の案内役を仰せ付かっておりますので、何かありましたら遠慮なくお申し付けください。因みに、お2人がオリンポスに来るのは初めてですか?」
「俺は初めてで……レヴィは?」
「過去に何度か。ですが、だいぶ様子が変わっておりますので、初めてといってもよいかもしれません」
そう言って車窓を眺めるレヴィにつられ、俺も外の景色へと視線を移す。
綺麗に舗装された赤レンガの道の両端には、大小さまざまな店が軒を連ね、更には街を行き交う多くの人々の姿があった。
「さすがは世界一の超大国……この人の往来の多さだけは変わりませんね」
「道が広いね。馬車4台が横に並んでもまだ余裕がありそうし、あんな広い歩道まで……ティーターンはまだ行ってないけど、今までで一番すごいな」
「住んでいる民の数も、そしてこの国に訪れる人々の数も、どちらも世界最大を誇ります。因みにここはサブストリートです」
「えっ!? ここがサブストリートって……」
「メインストリートはこの倍くらいありますね」
ど、どんだけデカいんだこの国は……。
「城へ続くゲートはメインストリートにしかないので、後で見られますよ」
「そういえば……」
振り返り、備え付けられた小さな窓から後ろを見る。
今通ってきた広く長く続く道の先に、巨大な壁があった。
「すごいですよねアレ……この街を全部覆ってるんですか?」
「はい。360度、全て壁に守られております」
「これだけ広い街を……」
「私が以前訪れた際はまだ建築途中でしたね」
「え? あの壁が完成したのは、確か100年ほど前だった筈ですが……」
ちょ、レヴィッ……!
「あ! いや、えっと……」
「ジェ、ジェニーさん! ま、前の壁は!? あれも大きいですよねぇ!」
「え? あ、はい……あれは王侯貴族が住むエリアを囲う壁で最近……あ、ひょっとしてレヴィ殿が見たのはあちらの建築風景では?」
「そ、そうでしたそうでした! ちょっと勘違いを……お恥ずかしい」
「お間違えになっても不思議ではありません。あれは街を覆う壁を参考にして造られておりまして……」
ふう……危ない危ない。
なんとか誤魔化せたようだ。
「……ありがとうございますロード様」
「う、うん……」
俺に身体を寄せ、上目遣いでそう囁くレヴィ。
……可愛い。
「以前より建築技術が上がっていたことや、魔法の練度も過去とは比べ物にならないこともあり、アレに関しては数年で完成しました。ただ……」
「ただ?」
「陛下が立案されたあの壁ですが、当初はあまり評判がよくありませんでした……結局は、王族や貴族を守る為だけのものだろうと……多額の税金が投入されていたことも批判を大きくした要因だったと思います。しかし、実際は違うんです」
「というと?」
「アレはいわば保険なのです。仮に第一の壁が破られそうになり、魔物や竜が街に入り込む可能性が高くなった場合、住民達を避難する場所が必要になりますよね? アレはその為に造られた訳です」
なるほど……と、少し思ったけど、これまでのザディアック王の話を聞いてるとな……。
本当にそうなのかと疑ってしまう部分もある。
「当時、陛下を支持する民は、まだあまり多くはありませんでしたが、剣帝峰ヴァナヘイムでの神獣討伐と、この壁の一件により、陛下を指示する声は急速に増えました。まぁ、そのどちらにも関わっていたのが……かの勇者ロイ殿だったというのもまた、民にとっては大きかったのかもしれませんけどね」
「勇者……ロイ……」
そう……もうすぐ会える。
アスナを"無能"にした……あの勇者に。




