第448話:最大戦力
帝都オリンポス。
その中央にそびえ立つ、巨大で堅牢なオリンポス城の一室に、この国の軍事において頂点に位置する6人が一堂に会していた。
長方形の長机に並ぶ彼らの顔は、そのどれもが無表情で、誰もが目を合わせることのないままに、静かに開始の合図を待っていた。
「……それでは皆さまお集まりのようですので、これより定例会議を始めさせていただきます」
張り詰めた空気の中、凛とした女の声が静寂を破った。
彼女の名はミデア。
28歳という異例の若さで、大国オリンポスの宰相となった……文字通りの天才である。
「まず最初の議題は、第四騎士団団長コスモ様の件について……と、なります」
その時、あるものは微かに指を動かし、またあるものは唇を片方だけ吊り上げ、そしてあるものは閉じていた瞼を……ゆっくりと開いた。
「既に皆様がご存知の通り、コスモ様はバハムート調査任務でシュメールへと入国しております。そして、同国の闘技大会に出場。準決勝でブランスに敗れた後、闘技場の医務室で治療を受けておりました。ですが、突如として姿を消し、その後の行方は分かっておりませ……」
「ハッ! どうせ恥ずかしくなって逃げちまったんだろぉ!? 優勝出来ねぇどころか、よりによって"あの"ブランスに負けちまったんだからなぁ!? なっさけねぇ……五剣帝の面汚しがッ!」
まるで獅子の立髪を彷彿とさせる長髪を振り乱し、そう声を荒げるのは、オリンポス第三騎士団団長バーナウェル。
彼もまたコスモ同様、SSランク冒険者時代にオリンポスにスカウトされ、騎士団長の地位についた男である。
だからこそ許せなかった。
冒険者時代、何度も比べられた黄金世代。
結局一度も刃を交えることもなく、世間での評価は彼らより下のまま、バーナウェル達5人はオリンポスの軍人となり、金で人生を売っただの、黄金世代から逃げた負け犬だのと言われることになる。
今回の件は、そんな彼らに巡ってきた世間を見返すチャンスでもあった。
しかし、それをコスモが不意にしてしまったのだから、彼が激怒するのも無理からぬことであった。
「……バーナウェル様、続けてもよろしいですか?」
「あぁ……?」
バーナウェルの激怒を直視して尚、ミデアは冷静にそう言った。
オリンポスのトップに君臨する彼らに、およそ協調性と呼ばれるものは存在しない。
会議を行えば、誰かが何かしらに反応し、しばしば進行が中断される。
彼女にとって、こんなことは日常茶飯事であった。
しかし、そもそも誰が何を発言したところで意味などないと、ミデアは少しの虚しさとともにそう悟っている。
何故なら――――
「バーナウェル」
「……ッ!」
「気持ちは分かるが……ちと、煩いな」
最終的に、その席の中央に鎮座する男が口にしたことが、そのまま会議の結果となるのだから。
「……失礼致しました……陛下」
ザディアックにそう言われてしまえば、誰もどうすることも出来ない。
だからなんの意味もないのだ。
シュメールの会議がそうだったように、ここオリンポスの会議もまた、ただの報告会に過ぎないのだから。
「うむ……続けろミデア」
バーナウェルの様子を見て満足気に笑った後、ザディアックは彼女にそう促した。
「ありがとうございます。つまり最初の議題は、コスモ様の処遇をどうするか、ということになります。では、挙手にて発言を……はい、グラード様」
名を呼ばれた男が立ち上がる。
それだけで、会議室が一回り小さくなったような気さえする程の巨躯を折り曲げ、第二騎士団団長グラードはザディアックに深々と頭を下げた。
「まずは陛下……我が同僚であるコスモの失態を謝罪させていただきます。この度は誠に……誠に申し訳ありませんでした」
身長250センチ。
頭を深く下げて尚、その高さは座っているザディアックよりも高い。
そこに若干の苛立ちを感じながらも、ザディアックは右手をあげてその礼を受け止めた。
「よい。貴様に非はない。で、貴様はどう考えておるのだ?」
「はい。即刻コスモを探し出し……処刑するべきかと」
その時、全員の視線が、グラードへと集中する。
張り詰めていた空気は、より一層その鋭さを増していた。
「ほう……」
「奴は二つの大罪を犯しております。一つは当然、敗れたこと。我がオリンポス軍は絶対強者。常に最強でなければなりません。奴はその定めを破った……許されることではない……決して……」
大きな身体をわなわなと震わせ、強く握りしめた拳からは血が滴り落ちる。
彼はこの中にいる誰よりも、オリンポスという国を愛していた。
もはやそれは信仰の域にあり、故に彼が定めたオリンポスのあるべき姿を汚した者に対しては、一切の慈悲を持たない。
そして――――
「なるほどな。で、二つ目は?」
「当然ザディアック様から賜った崇高な使命を全う出来なかったことです! 奴には然るべき処分を課さねばなりません!」
崇拝するオリンポスの王であるザディアックは、もはや彼の中で神と同じであった。
「クク……あい分かった。して、バーナウェルも同じ意見か?」
「無論です。今の奴には、死ですら生ぬるいかと」
「ん……では、フレデリカはどうか?」
「はい、陛下」
五剣帝の紅一点、第五騎士団団長フレデリカは、赤く短い髪を揺らしながら立ち上がると、ザディアックに向けて敬礼した。
「私も両騎士団長に賛成であります。お望みとあらば今すぐにでも出立し、コスモを捕らえて参りましょう」
直後、バーナウェルとグラードの鋭い視線が彼女へと向けられる。
"それは我々の役目だ。出しゃばるな小娘が"……と。
「うむ、頼もしい限りだ。さて、貴様はどう考える……レギウスよ」
全身に黒い鎧を纏うその男。
その傍には、幅広の大剣が置かれていた。
自他共に認めるオリンポスの最大戦力。
第一騎士団団長レギウスは、腕を組んだまま、ザディアックにゆっくりと視線を向けた。
「……全ては陛下の……御心のままに」
「ククッ……貴様は本当につまらぬ男よのぉ。まぁよいわ。ミデア、貴様はどう考える」
「は……何にせよ、コスモ様の消息を確かめないことには意味がないかと。差し当たり、シュメールへ調査員を派遣してはいかがでしょうか」
「ふむ、それもまた正着よな。では最後に……」
ザディアックが振り返る。
そこに、本来ならオリンポス政府に関係のない7人目がいた。
バーナウェルとグラード、そしてミデアやフレデリカもまた、彼に対してはあまり良い感情を思わせぬ視線を送る。
"何故王は"。
この疑問が、常に彼らの頭にはあった。
だが仕方がない。
確かにこの国最強の男はレギウスで異論なく、それはこの場にいる全員が認めている。
ただ、その男は更にその上にいた。
そして、王は常に最強を求めている。
「貴様ならどうする? ……ロイよ」
人族の最大戦力。
至高にして究極の存在……人はそれを――――
「……簡単ですよ。陛下」
"勇者"と、そう呼ぶのだった。




