第443話:昇格
「ん……」
眩し――――
「あ、おはようございますロード様」
その声がする方を見ると、カーテンを縛りながら微笑むレヴィの姿がそこにあった。
朝日に照らされた彼女の銀色の髪が、風で揺れながらキラキラと輝いている。
「ああ……おはようレヴィ」
俺がそう返事をすると、彼女はまた嬉しそうに笑ってくれる。
……今日もいい朝だ。
「もうお食事の準備が出来ておりますので、ご支度が整いましたら下へ来て下さいね」
「ん、分かった」
部屋から出るレヴィを見送ったあと、俺はベッドから立ち上がった。
「……ッ……!」
背伸びをしようと左腕を上げた瞬間、頭から足の指先にかけて鋭い痛みが走った。
両眼を強く瞑り、その痛みが過ぎ去るのを待つ。
「……多少マシにはなってたんだけどな」
あの夜以来、そんな痛みが突然現れるようになっていた。
アスクレピオスの治療後でも治らず、レヴィの眼にすら映らなかったこの異常。
余計な心配を与えたくはなかった俺は、結局誰にも話さずにいた。
「ん……よし」
今度こそ、背伸びをしながらシャツを脱ぐ。
それから椅子の上に綺麗に折り畳まれた服に着替え、右手にアガートラムを付けた後、手櫛で髪を整えながら部屋を出た。
「ふー……」
2階にある洗面台で顔を洗い、これまた綺麗に畳まれたタオルで顔を拭く。
そのまま前を見ると、鏡に映った自分と目が合った。
「あれからもう……」
気付けばそう呟いていた。
あの戦いからもう1週間……未だにロバート王は見つかっていない。
巨大な人造魔石機兵の中にもおらず、生命探知で周りをいくら探しても見つからなかった。
たった数分で彼は消えたのだ。
忽然と。
なんの痕跡も残さず。
「1人でじゃ……無理だろうな」
何度も思案したことを、俺は今日も繰り返していた。
最初は……レヴィ達が助け、生き残った七影を疑った。
けど、彼ら4人はその時全員治療を受けていたことが確認されている。
とても動ける状態ではなかったと。
それ以外の協力者となると、ロバート王の下で働いていた研究者や技術者だが、彼らは地下の研究室に隠れているところを保護されている。
もちろんそこにロバート王はいなかった。
そうなると、内部の者ではなく、外部の者が連れ去ったと考えるのが自然だ。
だから、答えはいつもそこへと辿り着く。
「やっぱり……ティタノマキアか」
リーダーのクロスは、バーンさんにシュメールに仲間がいると語っている。
奴らの最終的な目的までは分からないが、シェリルから聞いた話によれば、奴らは"無能"と呼ばれた人達を集めているらしい。
つまり、奴らはロバート王が"無能"だと知っていたってことになる。
そして彼を連れ去った……仲間にする為に。
「うーん……お……」
考えながら階段を降りると、リビングからいい匂いが漂ってくる。
……とりあえず、お腹が空いたな。
考えるのは後にしよう。
―――――――――――――――――――――
「ごちそうさまでした」
「お粗末さまでした」
食事を終え、レヴィの淹れてくれた紅茶を飲む。
やっぱり美味い。
「あ、ちょっと!」
騒がしい声に振り向くと、リビングの扉の側に立つ、怒った顔の彼女と目が合った。
「あ、おはよ……」
「なんで呼んでくれないわけ!? あ、そう! 私が邪魔ってことね!? よーく分かったわ!」
「え? い、いったいどうし……」
「……私は何度も起こしました」
あ、このトーンは……。
「その度に、あと5分、あと5分と言ってらしたのは……ガンバンテイン様ですが?」
「う……」
顔は笑ってる。
でも、目は笑ってない。
「で、食べるんですか? 食べないんですか?」
「……食べます……すいませんでした」
レヴィの静かな怒りには、嵐の神の杖ですら抗えないようだ。
……俺も気をつけよ。
「では、お席についてお待ち下さい。温め直しますので」
「はい!」
元気に返事をしたあと、ガンバンテインが席につく。
ちなみに、ガンバンテインはあの戦いから今まで、ずっと身体を得た状態でここにいる。
あの戦いで得た魔力が大き過ぎて、未だに消費し切れていないというのもあるが、それ以外にも理由があった。
「ガンバンテイン、今日も頼むな」
「ん? あー、はいはい。分かってるわよ。今日はどこ?」
「西地区。怪我した人は昨日で終わったから、今日からは町の復興の手助けだ。まずはあの巨大な人造魔石機兵を片付けないと」
「そ。魔力にはまだ余裕があるわ。なくなるまでは付き合うわよ。まぁ、美味しいご飯も食べられるし、ずっとこのままでもいいんだけどね」
「はは……そういうわけにはいかないけど、ほんとに助かってるよ。ガンバンテインのおかげでエクスカリバーとかアスクレピオスに生命を何度も与えられるからね」
そう。
ガンバンテインは俺に魔力を与えることが出来る。
だから、俺の魔力がなくなりかけた時に回復してもらえば、またすぐに生命魔法を使えるってわけだ。
そのおかげで、人造魔石機兵の中にいた人達も早めに治療することが出来た。
「まぁ、もともとは彼らの魔力だしね。私はただあんたを通じて返しているだけよ。それより……美味しいわねこれ! なんて料理?」
「ポーチドエッグです。お酢を入れた湯の中に、卵を落として作る……殻のないゆで卵みたいなものですね」
「ふーん……明日もこれがいいわ」
「ふふっ……ちゃんと起きていただけたらお作り致しますよ」
「わ、分かってるわよ……」
「はは……んっ?」
いきなり近くに生命の反応……ってことは……。
「ロード様?」
「あ、いや、来客だ。おはようございます……バーンさん」
俺が振り返ると同時にリビングの扉が開き、そこからバーンさんが顔を出した。
「あら、バーン様」
「おう、勝手に上がらせてもらったぜ」
「いえ、それは別にいいんですけど、どうかしたんですか?」
「ああ、ちょっとお前に話が……美味そうだなそれ」
バーンさんの視線が、俺から外れてテーブルへと向かう。
その視線を遮るように、ガンバンテインはお皿の上に覆い被さった。
「……あげないわよ」
「とらねぇよ……」
「ふふっ……バーン様、朝ごはんがまだでしたらお作り致しましょうか?」
「あ、わりぃ。なんか、催促したみたいになっちまったな」
「いえいえ、ではお座りになってお待ち下さい」
そう言って、レヴィはキッチンへと消えていった。
ところで……。
「バーンさん、話ってなんですか?」
「ああ……お前にとっちゃ、良くも悪くもある話なんだが……」
良くも悪くも?
なんだろう……。
「今朝連絡があってな。お前を……SSSランク冒険者にすることが決まったらしい」
「……えぇ!?」
お、俺をSSSランク冒険者に!?
いや、嬉しいけど……う、うーん……。
「ふーん、それすごいの?」
「自慢みたいで嫌になるが、一応俺を含めて世界に10人しかいないからな。ロードで11人目だ」
「へぇ、すごいじゃない……ん? なんでそれが悪くもあんのよ?」
「お前も知ってると思うが、ロードはティタノマキアに狙われてる。SSSランク冒険者が増えるってのは大ニュースなんだよ。つまり、世界中で報道される訳だ。もちろん、顔写真付きでな」
「それはまずいわね……断れないの?」
「そいつはやめた方がいいな。オリンポスの怒りを買うことになる」
え?
「オ、オリンポスの?」
「ああ。今回、お前の昇格を決めたのは誰あろう、5大国家の盟主、世界最強の国を治める……ザディアック=オリンポスだ」




