第439話:凡百
「……アイギス! ヒルデグリム!」
「はい!」
「おう!」
ロードの呼びかけに応え、人の身から武具へと姿を変えた2人が彼の元へと舞い戻る。
それを手帳に収めたロードは、前方に佇む巨神へ向け、改めて強い視線を飛ばした。
『ッ! だからその目を……』
哀れみ。
敵意の中に見えたそれに反応し、巨神の拳が軋みを上げながら巨大な鉄の塊へと変わっていく。
そして――――
『やめろと言ってるのが……分からないのかッ!!』
怒りの咆哮とともに、右の巨拳が再び唸りを上げた。
「はぁぁぁぁあッ!!」
直後、二度目の轟音がシュメールの町にこだまする。
衝突した大英雄の棍棒と巨神の拳は、まるで磁石が反発するかのように弾け飛び、轟音の余韻だけをその場に残した。
『おああッ!!』
「ぐぅッ……あああッ!」
その反動を利用し、ロバートは左の巨拳をロードに繰り出す。
ロードもまた、ヘラクレスを両手で握り直して強く踏み込んだ。
「うッ……くッ……!」
『まだまだぁッ!』
そうして、何度も轟音が響き渡った。
その度に、ロードの身体が少しずつ後退していく。
彼が今繰り出している攻撃は、アガートラムの力もあり、人間の姿を与えられたヘラクレスに勝るとも劣らなかった。
だが、それでも巨神の優位は揺るがない。
先程吹き飛ばせたのは、魔力を存分に込めた一撃であったからであり、それはそうそう連発出来るものではなかった。
そもそも、この絶望的な体格差で打ち合えていることが奇跡であり、まともにぶつかって勝てる相手ではないことをロードも理解している。
それでも、ロードは愚直に前へと出続けた。
『ちッ……』
「はぁッ……はぁッ……!」
何度打ち合ったか互いに分からなくなった頃、不意に巨神が動くことをやめる。
この時、怒りの感情を攻撃という形で吐き出したロバートは、少しずつ冷静さを取り戻していた。
『ふふ……なるほどなるほど……魔力切れ狙いか』
「……!」
巨神最大の弱点。
それは、燃費の悪さであった。
これだけの巨体である以上、それは避けようがないものであり、だからこそ100人以上の人間が必要だった。
地下での戦闘からここまでで、巨神の魔力はかなり削られており、ロードはそれを開いた装甲の隙間から見える生命の反応から読み取っていた。
『確かに有効な戦略だ……けど、君は思い違いをしているね』
「ど、どういう……ッ!?」
直後、巨神の体内から膨大な魔力が溢れ出すのを感じ、ロードは思わず声を詰まらせた。
『言葉通りの意味さ……こいつの燃料は人間だけじゃない。そもそも、質の良い魔石があれば必要ないんだよ。で、この国にも蓄えていた魔石はあってねぇ……それは全部、こいつの中にある。言ってる意味は分かるね?』
「くッ……!」
溢れ出す膨大な魔力が、ロバートの言葉が真実であることを彼に告げていた。
それは時が経つにつれて膨れ上がり、ロードの額から汗が零れ落ちる。
『知っていたさ……人造魔石機兵がいかに強力とはいえ、君らのような人の理を超えた存在にとっては、ただの雑兵に過ぎないってことを。だからこいつを作ったんだよ僕は! 誰にも止められないようにッ!』
ロバートが語る合間にも、巨神の魔力は増大し続けていく。
それにあてられたロードの表情を見て、ロバートはほくそ笑んだ後、更に言葉を続けた。
『それからもう一つ……いや、二つかな? 君は思い違いをしている』
「な……」
『僕は優しいからねぇ……全部教えてあげるよ。まず一つ目は、君に付き合う必要は……ないってこと』
「ッ!?」
そう言うと、ロバートは巨神の身体を反転させる。
その先には、レヴィ達を含む……避難したシュメール人達が大勢いた。
「あ、あなたはッ……!」
『そして二つ目だ。ゴッドロバートの切り札はッ……!』
巨神の胸の装甲が開くと、そこから巨大な魔石が現れ、それが凄まじい光を放ち出す。
その赤い光は、避難し、戦いを眺めていた人々全てに向けられていた。
「お、おい……こっちを向いてるぞ!」
「逃げなきゃ……早く怪我人を馬車に乗せろぉ!」
「に、逃げるったってどこに!? あんなのから逃げられる訳ないだろ!!」
「皆様落ち着いてッ……落ち着いてください!」
「ま、まずいよレヴィちゃん……!」
恐怖に駆られた民衆が、我先にと走り始める。
レヴィ達は必死に宥めようとするが、それを抑え切るには人手がまったく足らなかった。
「くッ……!」
それを感じ取ったロードは空を走り、再び巨神の正面に立った。
「ロ、ロード様ッ……くッ……!」
遠くからでも見える主人の背中に、レヴィは目を赤くして名を呼ぶことしか出来ない己を恥じた。
強く握った拳から、鮮血が零れ落ちる程に。
「ロバートめ……そこまで堕ちていたかッ!」
既に合流していたウルフリックもまた、レヴィの隣で己を恥じていた。
もっと早く気付けた筈、こうなる前に止められた筈。
悔恨の念は尽きなかった。
『……さて』
正面に立つロードに向け、ロバートは再び口を開く。
『今から放つのは正真正銘……ゴッドロバートが撃てる最強にして究極の一撃だ。ただまぁ、溜めも長いし、すばしっこい君に当てるのは難しそうだからねぇ……とりあえず、この醜い国を消しとばすついでに、あそこに固まっている邪魔な愚民どももまとめて殺そうかと思ったんだけど……なに? 君もそこに立つの!? こりゃラッキーだなぁ……あはははははははははははッ!』
ロバートの笑い声が、暗いシュメールの町にこだまする。
ロードの歯軋りだけが、その笑い声に逆らった。
「ロバート王ッ……何故ですか! この国はあなたのッ……!」
『もういらないんだよこんな国はッ! 僕は神になったッ! その僕に……こんな醜い国はもう必要ないッ!!』
巨神の内から溢れ出した魔力が、胸の魔石へ収束し始める。
ロードは既に気付いていた……いや、気付いて"しまって"いた。
それが放たれたが最後、自身にそれを止められる力がないことを。
「アイギス……無理だ……ルーンバンカーでも……!」
女神の絶対防御でも、魔力耐性の高い翡翠の大盾でも、自身を守ることは出来たとて、背後にいる者達を守り切れない。
それは確信に近かった。
その未来を跳ね除けようと、ロードは必死に思考を巡らせる。
しかし、その答えを導き出すには、あまりにも時間がなさ過ぎた。
次の瞬間、巨神の胸から溢れていた赤い光が一段とその強さを増していく。
「う……くッ……!」
バーンにも引けを取らない程の魔力の奔流。
その圧に、ロードはまるで暴風の中にいるかのような感覚を覚えていた。
『あっはははははは! どうだいロードくぅんッ! 確かに僕は凡百の……いや! それ以下の存在だった! でもッ! 今はちがぁうッ!』
ロバートは完全に飲まれていた。
その力に、そして狂気に。
『これが僕のッ……神となった僕の力だッ!』
「ち、違うッ……そんなものはッ! あなたの力じゃないッ!」
『煩ぁぁぁあいッ! さぁ消えろッ! そして死ねッ! これがッ……天の裁きだぁぁぁあッ!』
巨神が両腕を大きく開き、両の膝が微かに曲がった瞬間、その魔力の全てが魔石へと収束する。
「くそッ……アイギッ……!」
"あの子では無理よ"
「えッ!?」
確かに聞こえたその声。
それと同時に、手にしていた黒い手帳が……光を放っていた。




