第414話:圧倒
時は少し遡り――――
「あら、やっぱり私って運がいいわ……大当たりね」
やはり大きな柱が立ち並ぶ広い空間に、ダンディの嬉しそうな声が響く。
「……大当たり?」
それを受け、ロードはそう聞き返した。
「ふふっ! だってあなた……強いじゃない? 私はね、強い人と戦うのが趣味なの。だから、闘技大会の時から目をつけてってわけ。それに、顔は見えないけど……あなた絶対イケメンでしょ」
「……はい?」
「あー! たまらないわ! 声だけで分かるの私! あ、いけないいけない……ついね。でも、興奮するわぁ……」
涎を垂らし、恍惚の笑みを浮かべるダンディを見て、ロードはギリシアの第1騎士団長であるスパルタクスのことを思い出し、身体を震わせた。
「震えちゃって……かーわいい」
「……」
そして、彼とは違い、絶対に深く関わってはならない人物であると悟る。
「うふっ! ああ、そういえば……あなたティタノマキアだったのね。なんでまた闘技大会に?」
「ん……」
ダンディは、未だに侵入者がティタノマキアであると思い込んでいた。
ロードはバーンの思惑通りに事が進んでいたことに多少驚きながらも、怪しまれないように言葉を続けた。
「暇つぶし……みたいなものですよ。特に大きな意味はありません」
「ふぅん? まぁいっか。そんなことは……どうでも」
そう言った直後、ダンディの魔力が膨れ上がる。
背負っていた両手持ちの斧を手にし、彼は一気に臨戦態勢へと移行した。
もはや我慢など出来なかったのだ。
ロードという、極上の獲物を前にして。
「うっふふふふふ……最高だわぁ! ほんっと陛下には感謝しなくちゃ! あの方の側にいるだけで、いくらでも戦えるッ……!」
ダンディもまた、他のメンバーと同じように、戦いこそが全てであった。
生まれた時から身体と心が一致せず、それによって虐げられ、差別され、実の親にまで距離を置かれた。
それでも彼は変わらなかった。
いや、変えられなかった。
そう生まれたのだから。
「今あなたの顔が見られないのは残念だけどぉ、後でたっぷり可愛がってあげるわぁ……あなたが死んでからねッ!」
故に、ありのままを受け入れ、自分を真っ当に評価してくれたシュメール王に忠義を立てるのは、半ば当然のことであった。
恵まれた肉体と、天性の戦闘センスを持っていた彼は、シュメール王の期待に尽く応え、そうして今の地位にまで上り詰める。
もはや、彼のことを蔑む者はどこにもいない。
「ひゃおッ!」
独特の掛け声を上げ、ダンディが大地を蹴る。
異常に長い脚は、しなやかで強靭な筋肉によって覆われ、その速さは相対する者に、身体強化魔法使いかと錯覚させる程であった。
だが違う。
彼の魔法は、そんな柔なものではなく、もっと遥かに厄介な代物。
それを繰り出す魔力を体内で練り上げながら、ダンディはロードに向かってその斧を――――
「はうッ!?!?」
振り下ろす刹那、ダンディの腹部に激痛が走った。
彼の視線がロードから外れ、自然と下へ向かう。
「なんッ……どごがらッ……!?」
2人の間には、間違いなく何もなかった。
しかし今、背中に小さな黒い騎士を背負い、短い金髪を靡かせてニヤリと笑う女が……そこにいた。
「いましたよ……最初からぁッ!」
「おどばばばばばッ!?」
1秒どころか、その半分の半分にも満たない刹那。
放たれた、十を超える拳の雨。
それらは的確にダンディの急所を穿ち、最後に放った右のストレートにより、彼は十数メートル吹き飛ばされて地面に叩きつけられた。
「おうおう、容赦ないのぅ……キュレル」
「いやいや! ロードさんに言われた通り! めちゃんこ手を抜きましたよ! じゃなきゃ、原型留めてないですから!」
キュレルと呼ばれた少女は、屈託のない笑顔を浮かべながら、そう言って更に拳を固めた。
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キュレル 獅子殺しの拳
かつて天界で暴れ回った獅子の姿をした魔獣を、とある女神が殴り殺した際につけていた手袋。
それ自体に力はなかったが、獅子の血を浴びたことと、破れた部分を補修する際、女神が自身の髪の毛を使用したことで聖物となった。
身に付けると、腕力と格闘術が大幅に強化される。
ただし、使用時は蹴り技が使用不可能となる。
武器ランク:【SSS】
能力ランク:【SS】
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「あ、そう……まぁ、ロードよ、吾輩はもうええかの?」
「ああ。ありがとうハディス」
「うむ。また呼ぶがよい」
姿を消せる冥界の兜を手帳に納め、ロードは拳を構えたまま前を向く女性の横に立った。
と、その時――――
「はッ……ぐッ……うぅッ……」
ダンディは仰向けからうつ伏せに体勢を変え、両手で身体を起こすと、片膝を突いてロード達を睨みつけた。
「……起きますね。手を抜き過ぎました」
キュレルはそう言ったが、実際は少し違う。
彼女はロードから、"殺さないように"という命を受けてはいたが、初めて肉体を得た高揚感もあり、そこそこ本気で殴ってしまっていた。
無論、彼女が本気の本気ならば、ダンディは既にこの世にいない。
とはいえ、それなりに本気を出したのに、仕留めきれなかったという事実が、彼女の自尊心に傷をつけた。
ただこの場合、起き上がったダンディを褒めるべきだろう。
「追撃を?」
「いや……大丈夫」
彼はそう言って、逸るキュレルを制す。
ロードにしか見えない、生命の色や形。
それが、ダンディが相当に弱っていることを表していた。
「ちッ……きしょ……うがぁッ!」
絞り出した虚勢の咆哮。
それが、今の彼の精一杯。
不意に喰らった攻撃は、彼の身体と誇りを打ち砕いていた。
とはいえ、見抜けなかった己が悪いと、ダンディは理解している。
故に、今の咆哮は、不甲斐ない己に対するもの。
これは、生死を懸けたなんでもありの殺し合いであり、敵に非はないと。
ただ、だからといって――――
「こ、このまま終わると……思うなよッ……!」
ダンディの手が、懐に忍ばせていた魔石に伸びる。
瞬間、ロードの背筋が凍りついた。
「……まさか」
ダンディの後方。
暗闇に光る、三つの赤灯。
歪な魔力と同時に感じた……人の生命。
そうして、地響きとともに現れた三体の人造魔石機兵を見て、ロードは深く息を吐きながら、静かに目を閉じた。
怒りと落胆。
人の業の深さに、彼は改めて強い憤りを感じていた。
しかし、彼はそれを爆発させられない性格。
だから目を閉じ、息を吐くことで抑えつけた。
それでも――――
「ふふふッ……ただじゃ通さないッ! 少なくとも、腕の1本や2……ほ……」
その時、ロードの身体から、おびただしい量の魔力が溢れ出す。
味方である筈のキュレルすらが恐れを抱く程のそれによって、ダンディは言葉を見失っていた。
身につけていた黒いマントが舞い上がり、隠れていた魔銀の義手が露わになると、彼はその銀の指で黒い手帳のページを静かにめくった。
「マルテ……ドラグヴァンディル……ヘラクレスッ……!」
呼ばれたのは、手帳に巣食う巨人達。
巨槍マルテ。
継承剣ドラグヴァンディル。
英雄戦棍ヘラクレス。
ロードは、それらが現れた瞬間に生命を与える。
そうして、次の瞬間には――――
「な……あ……」
ロードの右後ろに身長3メートルのドラグヴァンディルが、左後方に4メートルのヘラクレスが、そして、彼の真後ろに……10メートルを超えるマルテが立っていた。
「所持者よ……」
「3人とも、あの人達の動きを止めてくれ。それだけでいい」
「……任せよ」
「承知した。継承者よ」
「うん、わかった」
そんな巨人達を前にしても、人造魔石機兵に恐れはない。
魔石によって命ぜられるがまま、目標に向かって突き進む。
しかし、結果は火を見るより明らかであった。
「ぬぅんッ!」
ヘラクレスは人造魔石機兵の大剣を弾き飛ばし、頭を掴んで地面に叩きつける。
「かぁッ!」
ドラグヴァンディルは大槍を一閃にて打ち砕き、そのまま組み伏せて自由を奪った。
「む、むん!」
マルテの掌底が、人造魔石機兵を一撃で地に伏せさせる。
戦いは、まさに一瞬で終わった。
「あ、ありえな……なんッ……はっ!?」
驚愕するダンディの前に、いつの間にかロードが立っていた。
そして、彼は静かに魔銀の手を差し出した。
「懐にあるものをこちらに」
「……ッ!」
勝敗は完全に決していた。
だが、ダンディにも意地がある。
それに、"はい分かりました"と差し出せる程、彼の忠義心は安くない。
故にそれは――――
「死……ごッ……」
ダンディが、最後の力を振り絞って立ち上がり、渾身の力を込めて放った右の拳。
それは当たり前のように空を切り、変わりに打ち抜かれたロードの左拳が、鍛え抜かれた腹筋を再度貫いていた。
瞬間ダンディは白目を剥き、地面に崩れ落ちる。
ロードは無言のまま、彼の懐に手を入れて魔石を取り出すと、試すように魔力を込めた。
「む……所持者よ、止まったぞ」
「こちらもだ。ふぅ、なかなかに力が強い。厄介だぞこれは」
「うごかなくなった……うん」
「ありがとう、3人とも。多分、また呼ぶことになると思う。とりあえず、一旦戻すね……あ、キュレル」
3人を手帳に戻しながら、ロードは獅子殺しの少女に声をかけた。
「あ、はいっ!」
「君はそのままついてきてくれ。頼んだよ」
「りょ、りょーかい!」
「さて……」
ロードは先にある闇を見つめ、仲間達の生命を探り始めた。
そして――――
「……みんなかなり苦戦してるな。多分、ここ以外にもアレがいる……無理もない。ん、バハムートさんとこれは……シェリルか? 2人は先に……バハムートさんはともかく、シェリルは1人で? ……とにかく助けた方がいいな。力を貸してくれキュレル」
「はいっ!」
ロードは、仲間達の様子に目を向けることで、悲しみと怒りを抑え込んでいた。
そして冷静に、心の中で蒼い炎燃やし続ける。
最後に待つ、悲しい王を……その炎で焦がす為に。




