第407話:噂
「間違い……ねぇんだな?」
下の階層に向かっていた最中、ロードからの連絡を受けたブランスは、暗い声でそう彼に聞き返した。
『はい……ソフィアは王と一緒にいます』
「そうか……わりぃ」
"自分達のミスにより、ソフィアを巻き込んでしまった"。
そんな自戒の念が、彼の声から力を奪っていた。
『いや、ブランスさん達だけの所為じゃないです……俺がもっと上手くやっていれば……』
同様の思いはロードにもあった。
戦力は低下してしまうが、万全を期すならば武具の1人でも置いてくるべきだったと、ロードは後悔していた。
『……とにかく、こうなった以上は仕方ないです。ソフィアを助けつつ、後は作戦通りにいきましょう』
「ああ……そうだな」
『既にバーンさん達は地下へ入りました。入り口は、1階にある書庫のような場所です』
「あそこか……そこは確か、部屋に入りきらなくなった王の蔵書を保管する場所だった筈だ。前に兄貴達に城を案内してもらった時に見た記憶がある。そういや、王以外が入ることはまずねぇって言ってた気もするわ。そこに隠し通路があったんだな」
『はい。本に見せかけた仕掛けをいじると、本棚が移動して通路が現れるようになっていました。レヴィの魔法がなかったら分からなかったと思います』
「なるほどな……」
『あ、それから……王のすぐ側に、俺の知らない生命の反応が7つありました。恐らくそれが七影だと思います』
「やっぱ離れなかったか……ま、そうだろうよ」
『レヴィ曰く、七影は間違いなくこの件を知っているみたいなので……戦闘は避けられないと思います』
「予想通りって訳だな。分かった。とにかくすぐにそっちへ行く」
『了解です。では……』
「……ちっ」
光を失った通信魔石を懐にしまい、ブランスは唇を軽く噛み締めた。
「気負うな……じゃ、ないんでしたっけ?」
「ハッ……この野郎」
後ろを歩くシェリルにそう言われ、ブランスはニヤリと笑った。
「うるせぇよ小娘が……よっしゃてめぇら、地下への入り口をロードがみっけたらしい。バーン達は先に行った……つまり、城の上部は制圧済みって訳だ。俺らも急ぐぞ」
ブランスを先頭に、シェリル、カレン、バイザー、バハムートの5人は、誰もいなくなった城の階段を駆け下りていく。
「これなら、転移する意味はあまりなかったかもしれんな」
バハムートの言葉に、ブランスは走りながら頷いた。
「ああ、かもな。だが、王が真っ直ぐ地下に行くかも分からなかったし、七影がどう動くかも未知数だったからなぁ……とりあえず、現状上手くいってるからよしだ」
因みに、転移装置がどこに置かれるかによっては、彼らが陽動に回る可能性もあった。
結果はバーンのほぼ読み通り、転移装置は王の私室に運ばれ、更には王側が襲撃をティタノマキアの仕業だと思い、最も安全な地下への移動を選択した為、彼らは無駄な消耗をすることなく地下へと向かえたことから、ブランスの言う通り、現状はそう悪くない状態だと言える。
無論、ソフィアの件を除けば、ではあるが。
「あとの懸念は地下に何があるかってのと……七影だな」
「分かっちゃいたがめんどくせぇな」
「出来れば何人か上でやっちまいたかったが……しゃーねぇな」
「よぉ、七影ってのはそんなにやべぇやつらなんか? あたいからすりゃ、あんたら3人とか、あのばけもんみてぇなバーンの兄さんもそうだし、ロード辺りなんかも手こずるなんて想像つかねぇんだけど……」
「どうだろうな……実際やってみねぇと分かんねぇけど、魔法には相性もあるし、舐めてかかれるレベルじゃねぇのは確かだ。気は抜けねぇよ」
「あー……相手の魔法までは分かってねぇもんな……」
彼らが持っている七影の情報は、その名前と容姿、そして出回っている噂と、そこからくる異名のみであった。
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まるで少女のような姿をした親衛隊隊長、リナリア。
彼女はその容姿とは裏腹に、シュメール軍の最高戦力として恐れられている。
噂では、過去にロバート王暗殺を企てた反政府組織数十名を1人で壊滅させたとも言われており、その実力は底知れない。
今回の作戦において、最も警戒する人物である。
親衛隊ナンバー2の実力者、ボッグス。
2メートルを超える巨躯を誇り、圧倒的な破壊力を持つ騎士である。
言葉を発することがほぼなく、無言のままに敵を制圧することから、"沈黙"の異名を持つ。
大柄な女拳士、ミルミル。
徒手格闘で、彼女の右に出る者はいないとまで言われる実力者。
穏やかな性格をしているが、戦場では躊躇なく、そして笑顔で人を殴り殺す。
その為、いつしか彼女は"無邪気な殺戮者"と呼ばれるようになったという。
黒衣の剣士、ガンナル。
接近戦を得意とする、親衛隊の切り込み隊長。
身体は痩せ細り、頬もこけ、やもすると病人にも見える彼ではあるが、気性が荒く、非常に好戦的な人物として知られている。
親衛隊最速の男という称号も相まって、"瞬殺"の異名を持つ危険な男である。
褐色の戦士、ダンディ。
身体は男性であるが、心は乙女だと自称している肉体派戦士。
得物は斧で、魔法を組み合わせたその破壊力は想像を絶する。
素の身体能力も高く、戦闘力は高め。
正確無比な射手、バルゾイ。
シュメール1の弓の使い手。
その腕は凄まじく、何キロも離れた場所にある標的をも一撃で撃ち抜くという。
更に、魔法を矢に付与し、様々な攻撃を繰り出してくる技巧派。
空間を操る魔法使い、エミーナ。
王の命を幾度も救ってきた守りの要。
正確な能力は不明だが、空間を操っていると思われる力を使い、あらゆる場面で活躍してきた。
今回、リナリアに次いで注意すべき存在である。
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「今のうちにもっかい思い出しとけ。どいつもこいつも一癖ある奴らだ……油断すんな」
「てめぇが一番怪しいがな……」
「あぁん!? なんか言ったかバイザー!?」
「地下に入ったら三手に分かれる……で、いいんだろ?」
「ちっ! はぐらかしやがって……そうだよ!」
「私とバイザーが単独、お前達は3人だったな」
「ああ。流石にこいつらを放っとく訳にはいかねぇからな。しっかりついてこいよ小娘ども」
「へいへい……」
「……冗談抜きに一瞬で死ぬ可能性もあんだ……マジで気ぃ抜くんじゃねーぞ」
「ッ!」
ブランスの本気のトーンに、カレンは一瞬言葉を詰まらせた。
実際、彼が言っていることは大袈裟でもなんでもない。
七影は王を守る為、彼らを殺すつもりでかかってくるだろう。
彼らにその気があろうが、なかろうが。
「……分かってっよ」
「シェリルもいいな?」
「……ええ、分かってます」
「よし……ん、こっちだ」
1階エントランスまで下りた彼らは、ブランスの誘導に従って書庫へと走った。
やがて見えたその扉を開けると、中でロードとレヴィが彼らを出迎えた。
「待たせたな」
「いえ、そんなには……こっちです」
ロードに連れられた先、本来本棚があったであろう場所に、人が1人通れるだけの通路があり、その先に地下へと続く階段があった。
「……生命の反応は?」
「既に俺の感知出来る範囲内にはありません。バーンさん達の反応も少し前に消えました。俺が感知出来る範囲は、だいたい1〜2キロくらいなので……」
「相当な深さ……って訳だな。よくもまぁそんなもんを誰にも気付かれずに掘れたもんだ」
「なんらかの魔法も使ってるんでしょうけど、それにしたって凄い執念というか……怖いくらいですね」
「ああ……ま、とにかく行くか。ここで話しててもしょうがねぇ」
「分かりました。俺が先行します」
僅かな灯りを頼りに、ロード達は階段を下っていく。
その階段は、気を付けなければ肩が壁に触れてしまう程の狭さしかなく、その所為か嫌な圧迫感を覚え、また地下から上がってくる生暖かい空気が、形容し難い嫌な雰囲気を醸し出していた。
「ここは……」
時間にして数分、やがてその狭い階段が終わりを告げると、今度は巨大な穴が彼らの前に広がっていた。
下を覗くと、螺旋状に連なる灯りが見え、やもすると幻想的なその光景は、逆に今の彼らにとって、言い知れぬ不安を与えるものであった。
「どこまで続いてんだよこれ……」
「……行こう」
思わず不安げな声を上げるカレンを鼓舞するかのように、ロードはそう言って、螺旋状の階段を下り始めた。
コツコツと、7人の足音が闇に吸い込まれていく。
螺旋状の階段に柵はなく、一歩間違えれば長い浮遊感を楽しんだ後、確実な死を迎えることになるだろう。
「ちょ……あれ……」
と、その時、何かに気付いたカレンの声に導かれ、全員の視線がそこへと集まる。
「牢屋……みてぇだな」
壁を抉るようにして作られた質素な檻。
ただし、鉄格子は太く、見るからに堅固であった。
それは、捕らえたものを絶対に逃がさないという、強い意志が感じられる程に。
そして、彼女達が見ているそここそが――――
「分かってはいましたけど……気味が悪いですね」
「あ、なんかここ……檻の下に削った跡が……」
つい先程まで、ティアとアスナがいた場所でもあった。




