第401話:片隅
「おお、グラットン……待っておったぞ」
グラットンとレヴィが衛兵に案内され、謁見の間に通ずる豪華絢爛な扉を開けて中へ入ると、王座に腰掛けたまま、ロバートはそう言って彼らを出迎える。
王座にまで続く道には赤い絨毯が敷かれ、その両端には鎧を身に纏った兵士達が並び、更に7人の男女がロバートの周囲を囲うように立っていた。
それを見たレヴィは、"あれが……"と、心の中でそう呟く。
それは、ブランスの兄から聞いていた話。
王を守護する親衛隊の中でも、特に優秀な7人の戦士。
彼らは親衛隊隊長リナリアを筆頭に、他を寄せ付けない圧倒的な武力を持ち、常に王の側を守護している。
まるで、決して本人から離れることのないような……影のように。
そうして、いつしか彼らは"七影"と、そう呼ばれるようになったと。
「さ、もっと近くに来たまえ」
2人は深く頭を下げた後、王座の前まで行き跪く。
「ご機嫌麗しゅうございます……陛下」
「うむ……そなたも息災そうで何より。いや、少し肥え過ぎなくらいか?」
「いや仰る通りでして……お恥ずかしい限りでございます」
グラットンは頭に手をやり、恥ずかしそうに笑みを浮かべる。
「はっはっはっ! まぁ、かくいう余もな。最近腹回りが少々……いや、それはいいとして、そちらの麗しい女性が例の?」
グラットンの一歩後ろで跪くレヴィに視線をやり、ロバートは彼にそう問いかけた。
「は……先に門番にも伝えましたが、我が屋敷で長年執事頭を務めてきたビウスに暇をやろうと思いまして、今後暫くはこの者が……レベッカ」
「はい。仮ではございますが、この度ビウスに代わり、執事頭を引き継ぐこととなりました……レベッカと申します。本日は陛下に御目通りを願うべくここに……以後、どうぞお見知り置きを」
「ほう……仮とはいえ、その若さで名門ブライトシャフト家の執事頭を任されるとは……余程優秀だということか」
因みに、レヴィは今年で4832歳。
ロバートの100倍近く年上である。
無論、彼女の容姿は20歳そこそこにしか見えないのだから、彼がそう言うのも無理はない。
「余もグラットンには何かと世話になっている。こちらからもよろしく頼むぞ」
「勿体無き御言葉……恐悦至極に存じます」
「うむ。して、グラットンよ……その……」
「は……」
王の視線が木箱へと移るのを察知し、グラットンは目だけでレヴィに指示を出す。
彼女はロバートに頭を下げた後に立ち上がると、自身の傍にあった木箱を持ち上げ、王座へ続く階段の前でゆっくりと蓋を開けた。
「おお……これは……」
「古代に作られた短剣にございます」
「こ、これが古代の……?」
藁の上に置かれた二対の短剣。
それらは、古代に作られたとは到底思えない輝きを放ち、そして何より……美しかった。
「なんと見事な……ふ、触れてもよいか?」
「勿論にございます。ですが、特殊な力を持っておりますので、取り扱いには注意が必要です」
「ほう? 特殊な力と?」
「はい。その短剣、見ての通り柄に魔石が埋め込まれております。魔力を込めますと、その者の魔法を刃に付与することが――――」
「余の……魔法を?」
「「ッ!」」
瞬間、空気が変わる。
否、王の低い声がそうさせたのだ。
すぐさまグラットンの額には汗が滲み出し、レヴィは頭を下げたまま、早まる鼓動を抑えにかかる。
何かは分からない。
ただ、何かが王の琴線にふれたことだけは分かっていた。
「フ……」
そんな沈黙を破ったのは、王の出した吐息の音。
呆れたようなそれに、2人の心臓が跳ね上がる。
それは、王の傍に控えていた親衛隊隊長リナリアを始め、周りにいた衛兵達も同じであった。
「……これは、後でじっくり見させてもらうとしよう。誰ぞ……これを余の部屋へ」
「は、ははっ!」
王にそう命ぜられ、親衛隊の1人は木箱を抱えると、慌てて謁見の間を後にする。
それを見たグラットンとレヴィは、周りに悟られぬよう、微かに安堵のため息をついた。
だが、同時にある懸念が2人の脳裏をよぎる。
ロバートが何故気分を害したのかは不明だが、とにかく転移装置が彼の下を離れ、"王の私室"という、絶対的な不可侵領域へと運び込まれたのは願っても無いことであった。
ただ、位置が悪い。
王の私室は城の最上部。
目指す地下とは真逆の位置。
転移による侵入は容易になったが、地下に至る道程は長くなってしまった。
「さて……」
「「……!」」
ロバートが発した言葉に反応し、2人は同時に今へと思考を戻す。
「では食事にしようか。2人を食堂へ」
「はっ! お二方ともこちらへ……」
衛兵に促され、2人はロバートに向けて深く頭を下げた後に顔を上げた。
そこには――――
「そ、それでは陛下……」
「うむ。余もすぐに向かう……また後でな」
そう言って、いつも通りの笑みを浮かべるロバートがいた。
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「それではすぐにお食事の準備を致しますので、こちらで少々お待ちください」
「ん……ありがとう」
2人を食堂に残し、案内役の衛兵が部屋を後にする。
そんな2人の間に自然と生まれた、なんとも言い難い重々しい沈黙。
「……グラットン様」
それを破ったのは、レヴィだった。
「あ、ああ……はい」
「お心当たりはありますか?」
ロバートが見せた、明らかな不快感。
それはレヴィに、この作戦を台無しにするやもしれないという危惧を与えていた。
「え? あっ……いや全く……! 今までいくつもの品を陛下に献上してきましたが、あんな反応は初めてで……いったい何がいけなかったのか皆目見当も……」
「そうですか……確か、陛下が不快感を示されたのは……グラットン様があの魔導具の説明をなされていた時でしたね」
「え、ええ……品を見た時はよい反応だったと思うのですが、まるでワシの説明を遮るように……」
「"魔法?"……と、そうおっしゃいましたね」
「はい……な、何がまずかったんでしょうか?」
レヴィは顎に指を当て、目を閉じて思案する。
数秒ののち、彼女はそのままの体勢で口を開いた。
「……魔法という言葉に反応したということは、陛下がそれを嫌っている可能性もありますね」
「ま、魔法を? いやしかし……そんな話は聞いたこともありませんが……」
「ええ……周りにいた兵士達も、訳が分からないといった様子でしたし……」
レヴィは目を開け、グラットンへと向き直す。
「因みに、今まで献上した品の中で、今回のような特殊な力を持つもの……とりわけ、自身の魔法を使用するようなものはありましたか?」
「む……いや、んー……そう言われれば……恐らくなかったかと……そもそも、正常に作動するものの方が少ないくらいでしたから。ワシはあくまで観賞用としてお渡ししていましたので……」
彼がロバートに献上してきた品は、いずれも古代に作られたとされる魔導具ばかりであり、今彼が言ったように、現在正常に作動するものはほとんどなかった。
また、いくつかあった今でも使用出来るものも、魔力を込めることで踊る人形や、美しい音色を奏でる古代のオルゴールのようなものなど、今回献上した短剣とは趣が違っていた。
「ふむ……ではもう一つ。グラットン様は、陛下の魔法を知っておいでですか?」
「えっ? へ、陛下の魔法ですか? いやっ……知らないですね……というより、陛下の魔法は国家機密の一つかと。それはどこの国も同じだと思いますが……あ、ケルトは別ですな。あれは例外でしょう」
ケルトの国王オーランドは、現役のSSランク冒険者として有名であった。
故に、ある程度彼の魔法は知られている。
しかし、それ以外の国の王達の魔法は別。
グラットンが言うように、王の安全を第一に考えるのならば、おいそれとそれを明かすことなど普通はしない。
「まぁ、そうですよね……こんなことならあの時もっと……いやしかし……」
レヴィはグラットンに語るでもなく、再び顎に手を当てて言葉を漏らす。
この時彼女の中に、ある一つの疑念が生まれていた。
だが、それはまずあり得ないこと。
いや、あり得てはならないことだった。
「あの場で気付いていれば……いや、どちらにせよ、魔法を使用出来る環境ではなかったですね……」
レヴィは闘技大会の際に一度、ロバートを遠目から"鑑定"している。
だが、あくまでそれは"なんとなく"行っただけであり、物語に例えるならば、あらすじを軽く読んだ程度に過ぎない。
謁見の間で"視る"ことも可能ではあったが、レヴィ自身が今言ったように、その時の思考はまだそこへと至っておらず、また、魔力を練れば即座に親衛隊が反応し、作戦がそこで終わっていた可能性も高かった。
故に、確信が持てない。
ただ、先に王が見えた反応は、今導き出した答えに沿っていると……彼女はそう考えていた。
「レ、レヴィさん……?」
「あっ……申し訳ありません。とにかく……今は作戦を成功させることに集中しましょう」
だが、今それに気を取られ過ぎては元も子もない。
作戦は既に動き出しており、皆が自身の合図を待っている。
それ故に、彼女は一旦……それを頭の片隅へと追いやった。
「幸いなことに、アレは最も安全な場所へと入りましたし、今のところ事は順調に運んでいる……多少距離はありますけどね」
「ええ……上手くいくとよいのですが……」
「バハムート様がおりますし、恐らくなんとかなるかと。ただ、問題はやはりあの7人……ッ!」
その時、食堂の扉が勢いよく開いた。




