第398話:布
当然、それを伝えられた家臣達は猛反対した。
だが、王は止まらなかった。
そして、特に反発した家臣を……人造魔石機兵の核にしたのである。
そうして、誰も逆らえなくなった。
武力で抑えようにも、シュメール王の親衛隊は忠誠心が高く、また実力も兼ね備えている。
民意に訴えようにも、ロバートの支持率は非常に高く、またそんなことをすれば国が傾いてしまう。
何も出来なかった。
だから黙したのだ。
世間に露見しないことを、ただ祈りながら。
人を核としたことにより、人造魔石機兵に量産の目処が立った。
だが、すぐにまた別の問題が浮上する。
当初、人造魔石機兵の核には罪人が使われていた。
だが、人ならなんでもいい訳ではなかったのだ。
罪人の多くは魔力が弱い。
何故なら、彼らはその所為で社会から溢れ、そうしなければ生きられない者達であったのだから。
無論、中には強力な魔法を犯罪に使い、欲望のままに生きた結果、そこへと至った者もいた。
だが、罪人の多くはそれにあたらず、人造魔石機兵の核とするには不十分な素材だったのだ。
再び壁にぶつかったロバートは、またもあることを思いつく。
それが冒険者だった。
冒険者とは、死と隣り合わせの危険な職業。
その為、多くの冒険者は、並みの人間よりも身体が頑丈で、内包する魔力も多い。
そして、依頼に出たまま戻らないことも……少なくない。
ロバートはそこに目をつけた。
そうしてシュメールは、冒険者を攫い始めたのだ。
とはいえ、有能な冒険者は最高の素材であると同時に、国を支える大切な存在でもある。
あまり多くは失えない。
そこでロバートは一計を講じた。
オリンポス、ケルトと結んだ……"越境合同依頼案"がそれである。
また、宿屋や武具屋、酒場などの税金免除含む様々な冒険者誘致の為の法案。
それらは全て、人造魔石機兵の素材を集める為であった。
シュメールの冒険者ではなく、他国からの冒険者を攫えば、国は痛まず、更には他国の弱体化にも繋がる。
失った税収は、人造魔石機兵で回収すればいい。
また、ある程度人造魔石機兵を量産出来たら、バビニアに侵攻して、最近発見したという魔石脈を奪ってしまおう。
ロバートはそう考えた。
邪悪な思考。屈折した倫理観。
彼は自然とそこに辿り着いていた。
普通に生きていては、決して選ぶ筈のない道筋。
しかし、彼は普通ではなかった。
それは、王の子に生まれたという意味ではない。
彼にはある秘密があったのだ。
決して明かすことの出来ない秘密が。
更に、彼の父親……即ち、先代国王が行なったある行為が、彼の倫理観を大きく捻じ曲げてしまった。
勿論、どんな理由があったにせよ、彼の行いを正当化することは到底出来ない。
ただ、結果的に、シュメール王ロバートは自身を取り巻く全ての事象により、こうして死神となったのだった。
更に、死神に追い風が吹く。
それは、人造魔石機兵がある程度量産され、バビニア侵攻の目処が立った頃に起きた。
そう……"北の戦乱"である。
ティーターンの属国を次々と吸収し、戦力を拡大し続けるレアと、魔石が枯渇し、もはや名前だけの大国となったティーターン。
戦力差は明らかだった。
戦争を止める為、オリンポス、ケルト、ギリシア、ニーベルグなどが兵を出し、一時は膠着状態となるものの、そのタイミングで起きた竜族の侵攻により、戦況は一気にレアへと傾いた。
ロバートはそこで動く。
すぐさま敗色濃厚のティーターンに使者を送り、人造魔石機兵を売り込んだのだ。
かつて、ティアとアスナと北で行動を共にしていたニーベルグの騎士団長、ディンが語っていたように、ティーターンはそれで息を吹き返す。
彼の読み通り、それはティーターンの開発したものではなく、シュメールの人造魔石機兵であったのだ。
シュメールもまた、ティーターンから開発資金を回収することに成功し、更には人造魔石機兵の有用性を全世界に広めることが出来た。
しかも、それはバビニアに侵攻するよりも遥かに安全で、更にこれで戦争が終結すれば、それよりもいいイメージを世界に与えられる。
平和をもたらす……戦争を止めた兵器として。
「争奪戦になるだろうねぇ……」
「間違いなく」
「特にオリンポスとかやばそうだよね。あ、そしたらさ、自爆装置は外した方がいいかなぁ?」
人造魔石機兵には、仮に鹵獲された場合、その内部構造を解析されないようにする為に、核のすぐそばに自爆装置が備え付けられていた。
核が破壊される、行動不能に陥る、もしくは自爆装置を解除せず、強引に装甲を引き剥がすなどした場合、人造魔石機兵は即座に大爆発を引き起こす。
また、それは人造魔石機兵の中に入っているのが……人であることを隠蔽する為でもあった。
「多分、どの国も中を見ようとするじゃん? そしたらボンッ! ……だからね。ティーターンでも何人か死んだんでしょ?」
「ええ。内偵の話によれば」
「ティーターンは切羽詰まってたからなんも言ってこなかったけど、他の国はそうじゃないでしょ? 不具合だー! 金返せー! ってならないかな?」
「まぁ、その頃には魔石を使用しているでしょうから、あまり過敏になる必要もないかもしれませんが……それでも、内部構造を解析されてしまうと、他国で紛い物が生まれるやもしれません。ですので、事前にそれを伝えておけばいいのではないでしょうか?」
「そうだねぇ……もしくはあれかなぁ……自爆するんじゃなくて、なんかこう……溶けたりさ! とにかく、魔術回路を消せればいい訳でしょ? それが分かんなくなる別の方法にするとか!」
「でしたら、正式に技術部へ要請されますか?」
「んー、そうしよっか。じゃ、今日行くわ。今から」
「い、今からですか?」
「うん。さっき言ってたほら……今日入ったいい素材? それも見たいし。それに明日はほら、ブライトシャフトが来るから」
「ああ……そうでしたね。今度は何を?」
「んっふっふー! 古代の魔導具だって! ワクワクするよね! リナリアちゃんも同席しなよ! きっとおっもしろいよぉ?」
「陛下がそこまで仰るのならば……」
「うんうん! じゃ、とりあえず行こっか……地下に」
「はい。それでは皆様、会議はこれで終了となります……お疲れ様でした」
会議という名の2人の会話が終わり、幹部達は頭を下げながら息を吐き出す。
全員が気付いていた。
これが、罪の共有なのであると。
つまりは共犯者なのだ。
ここにいる全ての者が。
王とリナリアが部屋を去り、幹部達は無言のままに立ち上がる。
そして、背を丸め、ゆっくりと部屋を後にするのだった。
―――――――――――――――――――――
「はぁ……なんの反応もないねぇ……」
かすれた声で、ティアがそう呟く。
アスナは壁にもたれたまま、弱々しく頷いた。
「私達以外に誰もいないのかなぁ……」
「これだけ広いから……それはないと思うんだけどね……」
「だよねぇ……みんな……」
"諦めちゃったのかな"。
ティアは口まで出かかったその言葉を飲み込んだ。
言ってしまうと、自分もそうなってしまいそうだったから。
「……こういう時に使えるスキルだったらなぁ」
「えー? ティアのスキル便利じゃん。魔力の匂いを嗅ぎ分けられるなんてさ」
「そうだけど……今は何の役にも……あ、じゃあスキルじゃなくて特技! 縄抜けとかさ! そんなんだったらよかったのに……」
「ははっ……確かに今はそれ欲しいね。あ、ってことは特技あるんだ? ティアの特技ってなんなの? 私まだ聞いてないよ?」
「……あんまし言いたくない」
「な、なんでよ?」
「だって……がっかり特技だもん」
「何よがっかり特技って……いいから教えてよ」
「……笑わない?」
「笑わないよ」
「絶対!?」
「笑わないったら!」
「じゃあ言う……」
「うん。教えて」
「……い……ほ……」
「えっ? 何?」
「さ、い、ほ、う!」
暗闇に、ティアの声がこだまする。
「さ、裁縫……が……上手いの?」
「……割と……子供の頃から……」
「へ、へぇ……」
「ほらぁ! アスナ半笑いじゃん!」
「笑ってない笑ってない! も、もともとこういう顔っ……ふふっ……!」
「はい笑ったー! だから言いたくなかったのにー!」
「違う違う! 可愛いなって思って」
「……何がよ?」
「ティアの恥ずかしがってるのがさ……それが可笑しかったの」
「ふんだ……あーあ! 針と糸があればなー! この恥ずかしい服……っていうかただの布だよこれ!?」
「ね……横から丸見えだし……」
「前と後ろ隠しゃいいってもんじゃないのに……あ、てかさ、アスナのスキルは? 魔石の魔力を無効化出来たりするんじゃないの?」
「あー……そういえばまだ試してなかったな。でも、多分無理だと思うよ? 私のスキルはそういうんじゃ……」
カチリ……と、何かが外れる音が鳴り、2人は顔を見合わせる。
そして、アスナはゆっくりと……両手を前に出したのだった。
「ちょ、ちょーい!?」
「は、外れ……ッ!? ティア静かに……!」
「えっ……あ……!」
その時、確かに聞こえた足音が、彼女達の口を押さえた。




