第396話:ひたすら
「う……ん……」
「ッ! ティア……!」
「んえ……ア、アスナ……?」
「よかった……痛いとこない? 大丈夫?」
「んえっ? う、うん……大丈……ん!?」
その時になって、ティアは初めて自分が後ろ手に拘束されていることに気付く。
更に――――
「ちょっ……な、何これ!?」
着ていた筈の服はなく、彼女の身を覆っているのは布切れ一枚のみ。
そして、それはアスナも同様であった。
ティアは訳もわからぬままに辺りを見回す。
微かな灯りに照らされた鉄格子と、皮膚に触れる冷たい石畳の感触。
そこでようやく、彼女は自分が置かれている現状を理解し始め、そして……気を失う前のことを少しずつ思い出していた。
「私達……連れ去られた……ってこと……?」
「……多分」
「カ、カレンとシェリルは!?」
「分からない……起きたらこんな感じで、この部屋には……っていうか牢獄か……とにかくここには私とティアしか……」
アスナとて、ティアより先に起きただけで、今の現状を全て把握出来ている訳ではない。
分かっているのは、あの森で襲われ、どこかに連れ去られたのだろうということだけだった。
「そっか……それにしてもここ……凄く……嫌な匂いがする」
"嫌な匂い"。
彼女が言うそれは、文字通りの意味ではなく、"嫌な魔力の匂い"を指す。
そのことを理解していたアスナは、ちらりと鉄格子の先に広がる闇を見た後、再びティアへと視線を戻した。
「……ティア、魔法は使える?」
「あ、うん……!」
アスナにそう言われ、すぐさま魔法を使おうとしたティアだったが、魔法を発動するどころか、魔力すら練れないことに気付く。
「ダメ……まず魔力が練れない」
「やっぱり対策済みか……ティア、ちょっと後ろ向いてくれる?」
「う、うん……」
ティアはアスナの言う通りに振り返る。
後ろ手に組まれた彼女の両腕は、鉄で出来た二つの腕輪でしっかりと固定されていた。
そして、その腕輪には、赤い魔石が一つずつはめられていた。
「……拘束具に魔石が埋め込まれてる。多分、これで魔力を練れないようにしてるんだね」
「そっか……でも、仮に魔法が使えても意味ないかもね……ここじゃ私の魔法はあんまり……」
ティアの自然魔法は、基本的に屋外でなければ効果が薄い。
それは、石や木はもともと自然にあるものであるが、人の手が加わった段階で、完全な自然物とは言えなくなる為であった。
また、彼女が初めて魔法を使用したあの夜は、激しい怒りにより、通常では使用出来ないレベルの力を発揮していただけで、今の彼女にそれを使用することは出来ない。
「せめて風が通ってればあれなんだけど……」
「そういえば……風がないね……」
肌に感じるのは、形容し難い冷気のみ。
また、鉄格子越しにいくつか見える火の灯り。
高さからみて、壁に掛けられたランプが篝火であろうそれらは、どれも靡くことなく真っ直ぐに上へと伸びていた。
「窓はなし……見張りもいない。騒がれても問題ないってことね」
「どこなんだろう……ここ……」
「ティア、私ね……あなたが起きる前に一度、鉄格子に体当たりしてみたの。まぁ、もちろんビクともしなかったんだけど、その時に腕輪が鉄格子にぶつかって、結構大きな音がしたのよ。やばいかなって思ったんたけど、結局なんの反応もなかったの。ただね、私が鳴らした音……ずっとずっと響いてたの。凄く……長い間」
「長く……」
「うん……つまりね、ここはかなり広い場所ってことだと思う。下にも上にもすっごく広い……塔みたいな」
「塔……」
「出来るだけ鉄格子に近付いて、牢屋の外を見てみて」
アスナにそう言われ、ティアはなんとか立ち上がると、ゆっくりと鉄格子に近付き、下を覗いた。
「う……こ、これ……!」
そこには、等間隔に並ぶ火の灯りが、螺旋のように下へ下へと続く光景があった。
「中央は空洞みたい。階段見える?」
「あ、うん……螺旋状に……」
「因みに……上も同じだよ」
「え、あ……ほ、ほんとだ……」
上もまた、螺旋のように火の灯りが煌めいていた。
幻想的ですらあるその光景。
だが、ティアは逆に恐怖を覚えていた。
その……あまりの数に。
「な、なんなの……ほんとに……なんなのここ!?」
「……風がなくて、これだけ大きくて、騒がれても問題ない場所……多分、ここはどこかの地下なんじゃないかな……」
「地下って……っていうか! な、なんで私達はこんなとこに……!」
「分かんないよ……私にも……」
「ア、アスナ……」
壁にもたれ、微かに涙を浮かべて身体を震わせるアスナを見て、ティアは唇を噛み締めた。
そして――――
「ちょっとぉ! 誰かいませんかぁぁぁぁぁあ!?」
「ティ、ティア!?」
「もしもぉぉぉぉおし!?」
「ちょっ……な、何して……!」
「だって……こんだけ広いんだから、多分他にも誰かいるでしょ? 話を聞いてみようかなって思って」
「そ、それは……そうかもしれないけど……」
「他にやることもないしさ! とりあえず、私の声が枯れるまでやってみるから! ダメだったら交代ね!」
「ティア……」
「すいませぇぇぇぇん! 誰かぁぁぁぁぁぁぁあっ!?」
そうして、ティアの声が闇に飲まれていく。
ただ、ひたすらに。
―――――――――――――――――――――
「それじゃ、始めようか」
ロード達がリドリーとジグドラを捕え、作戦決行日を決めてから数時間後。
シュメール城の大会議室には、王をはじめとするシュメールの重鎮達が集まっていた。
「で、どう? 北の様子は?」
「はっ……先程受けた報告では、戦線は更に前進し、旧アルミール領にまで到達したとのことです」
王の問いに、赤い髪の少女……王直属の親衛隊隊長であるリナリアはそう答えた。
直後、王は顔の前で両手をパンとならし、満面の笑みを浮かべる。
「おー、いいじゃない! 真ん中……とはいかないけど、だいぶ東まで押し上げたねぇ」
「はい。距離にして300キロ以上……我が国の兵器の有用性は、もはや疑いようがありません」
「で、ティーターンはなんて?」
「追加をお願いしたいと」
再び、王の口角が吊り上がる。
「んっんー! んでんで? もちろん……?」
「はい。当初の10倍で交渉成立です」
「たっはー! こりゃまた潤っちゃうねぇ!」
民の前とはまるで別人。
しかし、同卓していた重鎮達は、何も言わずにそれを眺めていた。
否。
そうすることしか出来なかったのだ。
意を唱えたものが、どうなったかを知っていたから。
「しっかし、ティーターンも結構……ま、腐っても5大国家だもんなぁ」
「ですね。貯蔵していた魔石は、戦に発展する前、レアに安値で買い叩かれてしまったようですが、現金や宝石、美術品の類いなど、それらをかなり貯め込んでいたようです。まぁ、このままですと……今回の戦で全てなくなるでしょうが」
「仕方ないよねぇ……国がなくなるかなくならないかの瀬戸際だもん。それに、他の国が頼りないからねぇ……ケルトやニーベルグは協力的だけど、ギリシア解放戦でかなり兵を使っちゃったからあんまりだし、オリンポスはハナから消極的だし、ギリシアは言うまでもないし……今頼れるのはうちくらいじゃない?」
「仰る通りかと。まぁ、世間はまだ何も知りませんが」
「だねぇ……レアも予想外の展開だったろうし、もうすぐ和平交渉が始まるでしょ。そしたら発表だね。ティーターンを救い……世界平和を成し遂げたのは誰かってことを」
"世界平和"。
臆面もなく、平然とそれを口にする王に、重鎮達はただひたすらに恐怖を覚えていた。
そして、皆一様にこう思う。
果たしてその平和とやらに辿り着くまで、いったいどれだけの屍が積み上げられたのだろうかと。
しかし、彼らもまた同罪である。
王の暴走を……止められなかったのだから。
「ところでリナリアちゃん」
「はい」
「……素材集めの方は?」
その時、会議室に……一際嫌な空気が流れた。




