第395話:アストライアー
同時刻、別室――――
「俺とリドリーは……2人でやってたんだ。人攫いは金になる……特に、魔力が強い奴はな。それが女なら尚更……」
「……アストライアー」
「2人は嘘、お金になるのは真実、魔力が強い者というのは……嘘混じりの真実のようですね」
「ッ!?」
ジグドラから、声にならない声が出ていた。
ロードはそれを確認した後――――
「続けてくれ」
そう"彼女"に促した。
「はい。それから、最後の"女なら尚更"というのは、半分嘘を言っているようです。これは私の推測になりますが、通常の人攫い業ならば、女性の方が高値だというのは本当なのでしょう。しかし、今現在請け負っている仕事では、魔力さえ高ければ男性でも女性でも関係ない……といった感じでしょうか。それならば、一つ前の"魔力が強い者の方が高価である"、という発言に感じた、微かな嘘の匂いにも説明がつきます。恐らく、普段は魔力の多寡など二の次で、性別や容姿が最優先される……つまり、"今の仕事"では本当で、"通常の仕事"では嘘、ということだと思います」
肩ほどにまで伸びた彼女の髪は、丁度半分に白と黒で分かれ、その前髪の下にある両目は、麻布で完全に覆われていた。
それは、目で見たものをただ信ずるのではなく、心の中にあるもう一つの目で、隠された真実を見抜くという証。
そうして、右手に持った金色の天秤を前に突き出したまま、アストライアーは淡々と語り続ける。
「よって、"今の仕事"に関しては、2人だけで行なっているのではなく、お金にはなり、魔力が高ければ高いほどよく、性別も容姿も関係ない……ということになります」
ジグドラは、ただ黙ることしか出来なかった。
それらが全て、真実であったから。
しかし、彼に非はない。
どう言葉を並べようが、どれだけ演技をしようが、神が創りし"真実の天秤"に……嘘は通らないのだから。
―――――――――――――――――――――
アストライアー 真実の天秤
神が生み出した聖なる天秤。
対象が語る言葉を嗅ぎ分け、嘘と真実を見抜く力を持つ。
心を全て読める訳ではなく、語る言葉に含まれた"嘘の匂い"を感じ取る力の為、正確な真実を導き出すことは不可能。
また、相手が何も語らなければ、当然能力は使用出来ない。
武具ランク:【SS】
能力ランク:【S】
―――――――――――――――――――――
本来のアストライアーの能力は、先述の通り、その言葉が真実か嘘かを見抜くのみである。
だが、ロードの生命魔法により、その力は一段上へと昇華していた。
伝説の武具である彼女には、当然最初から魂がある。
元の姿のままならば、ただ魂はそこにあるだけで、決して語ることはない。
だが、数百数千と嘘を見抜いてきた彼女は、黙したままに、その経験値を蓄積し続けていた。
かつての持ち主が、自身を使用して真実に至る……数多の道程。
それら全てが、彼女の推察力を極限まで高めたのだ。
そして今、彼女は肉体を持ち、それを語る"口"を与えられた。
嘘か真実かを所持者に伝えるだけだった彼女は、その先にある"真相"を暴く語り手となったのである。
「ありがとうアストライアー……よく分かったよ」
「恐縮です」
「では、ジグドラさん……次の質問です」
「……ッ!」
フードとマスクの間から覗く、ロードの鋭い視線。
ジグドラは、圧倒的な恐怖を感じていた。
当然、彼にもリドリーが別室にいることは告げられている。
そして、そこにバーンがいることも。
"何かを語らなければ、リドリーがどうなるか分からない"。
彼がそんな思考に辿り着くのも無理はなかった。
無論、ロード達は拷問をする気などさらさらない。
だが、ジグドラには、そんなことなど分からない。
だから語ったのだ。
虚実を混ぜて。
しかし、それはいとも容易く見破られてしまう。
彼は今、ロード達にマイナスのイメージを与えてしまったことを後悔していた。
嘘をついた罰に、リドリーが凄惨な目にあうのでは……と。
そもそも、彼が嘘を混ぜたのは、真実を話せば自分達の身が危ないと感じていたからであった。
だが、それは少し先にある恐怖であり、今目の前にある恐怖に……勝てる筈もない。
それ故に、彼に残された選択肢は――――
「わ、悪かった! なんでも話すッ……だ、だからリドリーには……!」
"従順な下僕となる"。
それのみであった。
「それは約束します。だから、全て話してください。ティアとアスナをどこにやったのか……そして、あなた達の後ろにいるのは誰なのか……その全てを」
―――――――――――――――――――――
「おっ」
「あ、あれ?」
ロード達が聞き取りを終え、部屋から出たのと同時、隣の部屋から出てくるバーンの姿がそこにあった。
「そっちも終わったか。丁度よかったな」
「あ、はい。それで、今アストライアーを連れてバーンさんのところに行こうかと……ひょっとして……もう?」
「まぁ、一応な。素直に話してたとは思う」
「……どうやったんですか?」
バーンにそういった類の能力はない。
それを理解した上での質問だった。
「直接的なことは何も? ただ、ちょいと……お願いしただけさ」
「お、お願い……」
不敵に笑うバーンの"お願い"を想像し、ロードは少し身震いした。
「とはいえ、本当のことを話しているかは分からん。情報を擦り合わせよう」
「あ、そうですね。2人の監視は、グレイプニルとデュランダル、それからオートクレールに任せます」
「ん、それなら安心だな。んじゃ、食堂で話すか。レヴィやブランス達も待ってるだろうし」
「分かりました。行こうアストライアー」
「はい」
バーンの後に続き、ロード達は薄暗い階段を上がっていく。
今彼らがいた場所は、別に牢獄でもなんでもなく、ブライトシャフト家の地下にある普通の倉庫。
それを、ただそれらしく見えるように装飾しただけである。
そうして3人が食堂へと辿り着くと、既に彼らを除く全員がそこへと集まっていた。
「待たせたな」
「んな待ってねーよ。むしろ、もう終わったんかって感じだが?」
「ああ、一応な。話しながら擦り合わせる。みんな座ってくれ」
バーンの言葉に従い、皆が一斉に長机へと集まっていく。
今いるメンバーは、バーン、ロード、レヴィ、アストライアー、ブランス、バハムート、ブランスの父グラットン、執事頭のビウス、バイザー、そしてシェリルとカレンの11名。
「結構な大所帯になったな」
「つっても、相手が相手だかんなぁ……あ、そういや、お前の仲間ってのは?」
「もうすぐここに来る。ブランス、兄貴達とは話せたか?」
「ああ。なかなか信じなかったけど、なんとか説得出来たぜ。今日の夜に一度帰って来るってよ。真ん中だけな」
「分かった。親父さんの方は?」
「言われた通りに話した。ほぼほぼこっちの要求は通ったが……本当にいいのかい?」
その発言を受け、全員の視線がバーンへと向けられる。
グラットンが戸惑っていることに、それなりの理由があるのだと察したのだ。
「ああ……今からやる擦り合わせや、ブランスの兄貴達の情報を見てから最終的に判断するが……大筋はそれでいく」
「……分かった。まぁ、既に覚悟は出来ておるし、その方がいいかもしれんな。さて、皆にも伝えておこう。バーン君の指示通り、ワシと王との会食は……明日の夜7時に決まった」
「あ、明日の夜!?」
「つまりそれって……!」
「そうだ。決行は明日の夜7時……それでいく」
食堂内が微かに騒めく中、ロードは静かに拳を握り締めた。
そして、目を閉じ、やはり静かに息を吐く。
隣にいたレヴィもまた、主人のそれにならった。




