第267話:運
「さて、次が終われば半分か」
2本の槍を手帳に収めた後、ロードはそう呟きながら箱の中へと手を入れる。
これまでに不戦勝も含めて4戦が終わり、デュランダル、トライデント、ドラグヴァンディル、ゲイボルグが次の戦いへと駒を進めていた。
「やはり時間と能力使用に制限をかけて正解だったな。決着が早いおかげで退屈せぬわ」
「それに、皆様がほぼ無傷で済んでますからね。よい塩梅だったかと」
「だね。俺の魔力もこれなら問題なさそうだ。えーっと、次は……お、生命を与えるのは初めての人だ。エッジキング」
ロードが手帳から黄金の柄を引き抜くと、エメラルド色の美しい剣身を持つエッジキングが姿を現した。
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エッジキング 宝風の剣
神が生み出した伝説の剣。
柄は黄金、鍔には青い魔石が埋め込まれており、その剣身は風を集めて創られたという。
斬撃を風の刃に変えて放つことが出来る。
また、エッジキングは握りし者に幸運をもたらし、斬られし者に不運を与える。
武器ランク:【S】
能力ランク:【S】
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「幸運と不運……ヨルムンガンドに向けて使った時はあんまり感じなかったけど、あれは冥界の魔力に防がれたからってことかな?」
「恐らくは。対象の身体に当てなければ効果がない……ということだと思います」
ロードはレヴィに頷きながら、宝風の剣へと魔力を込める。
次の瞬間、エメラルド色の光を放ったやや小ぶりなその剣が、人の身へと変わって大地に降り立った。
「へぇ……」
剣身と同じ色の短い髪に瞳。
纏いし金色の鎧の右肩には、青く輝く大きな魔石が埋め込まれ、そうして現れたエッジキングは拳を握ったり閉じたりを繰り返した後にそう呟くと、ロード達へ視線を向けた。
「よっ! 一応名乗るぜ。エッジキングだ。よろしくな」
「よろしくなエッジキング。力を貸してくれてありがとう」
「いやぁ、こっちこそありがとうだぜ。まさか身体を貰えてよぉ、こんな風に動ける日が来るとは思ってもなかったかんな。最高だねこりゃ」
彼はそう言うと、嬉しそうに身体を動かし始める。
そして、腰に差していた自身を引き抜くと、その切っ先を見つめながらロードへと声をかける。
「で? 俺の相手は?」
「ん、じゃあ引くぞ。よし、これに……あ」
紙を開いたロードの動きが止まる。
そこに記された名は――――
「もったいぶるねぇ。誰だい?」
「えっと……ヘラクレス」
彼の眉間にシワが寄ると同時、手帳から引き抜かれる巨大な木製の棍棒と弓。
ロードに魔力を込められた二つの武器は、強烈な光とともに巨人へと変わる。
そうして現れたヘラクレスは、いつものように不敵な笑みを浮かべた後、エッジキングへと顔を向けた。
「相手が女子でなくて安心したぞ? エッジキング」
ヘラクレスには女性を攻撃することが出来ないという制約がある為、女性の武具に当たった段階で敗北が決まってしまう。
故に彼女は最強の称号などに興味はなく、求めたのは強者との闘争のみ。
それが一度か二度あればいい、そう考えての参戦である。
「あんたも運がいいね。ま、俺の方がいいけど」
その言葉に、彼女の顔から笑みが消える。
「ほう? このヘラクレスを前に……己の運がよいと?」
「ああ。かかってきなよヘラクレス。力だけじゃどうにもならないこともある……そいつを教えてやるよ」
エッジキングは4メートルの巨躯を誇るヘラクレスに対し、臆することなくそう言い放つ。
彼の身長はロードとそう変わらず、体格差はドラグヴァンディルとオートクレール以上である。
そして、無論ヘラクレスはただ大きいだけではない。
身体能力だけで言えば全武具中最強と言っても過言ではなく、しかもそれが常であることに加え、彼女にはまだ見せていない奥の手も存在する。
当然エッジキングは、それを理解した上で言っているのだ。
"俺はお前に勝てる"と。
「……面白い。所持者よ!」
「あ、ああ……じゃあ、中央へ」
「だ、大丈夫かなぁ……エッジキング……」
ロードの後に続いて歩く2人を見つめながら、メルは心配そうにそう呟く。
「あのヘラクレス相手に啖呵を切るとはな。余程自信があるらしい。クックックッ……今回も楽しめそうではないか。なぁ、レヴィよ」
「そうですね。ヘラクレス様相手にどう立ち回るのか……今後の参考にもなりますし、非常に楽しみです」
「ふ、2人とも……」
メルが価値観の違いに困惑する頃、両雄は既に向かい合い、互いに己が身を手にしてその時を静かに待っていた。
そうしてゆっくりと上がるロードの腕。
それに合わせるかのようにやや前傾姿勢をとったヘラクレスの棍棒を握りし腕の筋肉が、まるで芸術家が生み出す彫刻のように美しく隆起していく。
その目は恋い焦がれた思い人の僅かな挙動も逃すまいと、瞬き一つせずに完全に開かれ、口元は喜びに満ちた形状を見せていた。
エッジキングはそんな彼女の視線を受け止め、やはり笑みを浮かべて剣を構える。
「……始めッ!」
先に動いたのは、意外にもエッジキングの方であった。
前に出ようとするヘラクレスに対し、彼は初手から剣に魔力を込める。
「えっ!? も、もう使うの!?」
メルの驚く声が響く中、エッジキングは迷うことなく剣を振り下ろす。
風の刃はキラキラと輝く軌跡を描きながら、ヘラクレスの身体に吸い寄せられるかのように飛びかかった。
「ぬんッ!」
が、それは無骨な棍棒に軽々とねじ伏せられ、空中であえなく消滅する。
残った残滓が空中を漂う中、彼女は足を前に出しながら口元を緩ませた。
「さて、今度はこちらの……!」
「いや、あんたの番はもうこないよ」
「……なんだと?」
「綺麗な顔に傷を付けちまって悪かったな」
その時、ヘラクレスの頬から一滴の血の雫がこぼれ落ちる。
「ぬぅ!? 当たって……!」
「俺の風は自由なんだ。砕かれても関係ないのさ。んで、当たっちまったらそれが最後……」
「この程度で……何を語るかッ!」
エッジキングの言葉を遮り、ヘラクレスほ棍棒を振り上げて走り出す。
だが――――
「ぬおッ!?」
突如として地面に穴が空き、彼女の腰までが土に埋まる。
「なんッ……!」
「結局生き残る奴ってのはさ……運がいい奴なんだよ」




