第226話:問い
「え……だ、誰ッ!?」
声はするのに何も……いや、ちょっと待て。
なんか今……頭の中に直接聞こえたような……。
というか担い手ってなんだ!?
久しぶりって……分からない……何も思い出せない。
今まで何をしていたのかも、なんでこんなところにいるのかも……自分の名前も顔も……!
なんなんだ……なんなんだよこれ!
『……失礼した。そなたとこうして話すのはこれで3度目だが、"今の"そなたとは初めてであったな』
な、何を言ってるんだ?
3度目? 今の? い、意味が分からない。
ひょっとして……何かの魔法か?
まさか……俺はこいつに記憶を……!
『正解ではあるが、それを行ったのは私ではない』
「えっ!? な、なんで……!」
心を読めるのか!?
『いや、私はそなたの心の中にいる。故に、口にせずとも全て分かるのだ。そもそもこの空間は、そなたの心の中にある……精神世界とでもいうべき場所なのだから』
「お、俺の心の中……ここが?」
『そうだ』
「あ、あなたはいったい……」
『今はそれを語っても……そなたには届かない。私はそなたの中にいる者。それだけでいい。今はまだ』
「俺の中に……?」
信じた訳じゃない。
信じた訳じゃないんだが、不思議と否定も出来なかった。
言っていることはよく分からないし、今はこの状況どころか自分のことすら分からない。
でも、何故か嘘じゃないっていうのだけは分かる……気がする。
「くッ……!」
それにしても……さっきから妙に気分が悪い。
なんて表現すればいいのか分からないが、嫌な感情が無理矢理引きずり出されているような……。
ここにいたくない……本当にここが俺の心の中なら、俺は……俺はいったい……なんなんだ?
『本来ここは光に溢れた美しく白い空間だ。それがそなたの心の色。人の子でありながら、そなたはもはやそれを……だが、今は闇に飲まれ、このような漆黒の世界へと変わってしまった』
「や、闇に……?」
『そうだ。このままだとそなたは完全に飲み込まれ、自我を失うことになるやもしれん』
「自我を失うって……ど、どういうことですか!?」
『今、そなたの心は怒りで溢れている。それは自分に対する激しい怒り……自身の心を壊す程の。更に、そなたが捨てきれずに残っていた負の感情が、それによって溢れ出してしまったのだ。だから私は消えかかったそなたの自我を集め、こうして守ることにした。私には……それぐらいしか出来ることがなかったのでな。まぁ、こういう状況だからこそ、私はそなたと意思を交わすことが出来るのだがな』
自分の心を壊す程の怒り……駄目だ……分からない……思い出せない。
今まで何をしてきたのか、どんな人間だったのか、名前も国も親も仕事も友達も……いや、それがあったのかすら分からないが……。
『それを思い出すしかない』
「えっ……?」
『そなたの激しい怒りの源は、記憶を失ってしまったということにある』
「や、やっぱり……だから何も思い出せないのか……」
『それを得れば、そなたは力を取り戻す。それと同時、そなたの心も戻るだろう』
「力……? よく分からないけど……じゃあ……!」
この人はきっと俺が何なのかを知っている。
なら、それを教えてくれれば――――
『それは出来ない』
えっ?
「な、なんで……」
『確かに私はそなたの全てを見てきた。故に全てを知っている。だが、それを教えることは出来ない。そなたが自分で思い出さなければならないのだ。そうでなければ……意味がない』
「そ、そんな……」
何も分からないのにどうやって……。
一切何も浮かばないし、本当に何も覚えていない。
今自分が服を着てることとか、これがベルトでこれが靴だとかそういうことは分かる。
世界の国の名前とか歴史も大体は覚えている。
でも、自分のことは全く……。
『だが、導くことは出来る。記憶はそなたの中にあるのだ。ただ、今はそこに辿り着けないようにされているだけに過ぎない。だから、あの時と同じ質問をそなたにしよう』
「あの時……?」
『最初に会った時、私はそなたにこう言った。"そなたは何をしている?"……と』
その時、ドクンと……俺の心臓が激しく脈打った。
なんでかは知らない。
だが、俺はこれを――――
『そしてこう続く。"そなたはなんの為に戦っている?"』
「あ……」
再び心臓が強く鼓動を鳴らす。
胸が焼けるように熱い。
何かが……これは……。
『"そなたは何を守っている?"』
「お、俺……は……!」
そうだ。
俺には守りたいものがあった。
いや、守りたい……人がいた。
大切な……絶対に忘れちゃいけない人が……!
『"そなたの大切なものとはなんだ?"』
「ぐッ……あぁッ!」
その人はッ……銀色の髪を……!
「か、褐色の肌にッ……白と黒のメイド服を着ててッ……い、いつも俺を……俺のことをッ……!」
優しく見守ってくれていた……!
「その……笑顔でッ!」
そうだ……なんで忘れてたんだ。
その人と一緒に生きると決めたのに。
その人から二度と離れないと誓ったのに……!
『……"そなたはここで終わるのか?"』
「駄目だ……終われない。俺はまだ約束を……果たしていないッ……!」
聞こえる。
彼女の声が。
俺を呼ぶ……大好きなあの声が……!
『問おう。そなた"達"の名は?』
ああ……全部……全部思い出した……。
そして、二度と忘れない。
俺は……俺"達"はッ……!
「……俺の名はロード=アーヴァイン。かつて無能と呼ばれ、そしてそれをなくすと……そう決めたッ! レヴィと一緒にッ!」
そう叫んだ瞬間、黒一色だった空間が一気に色を変えていく。
つい先程まであった嫌な感情はいつの間にか消え、現れた白い空間は……まるで陽だまりの中にいるような……そんな温かさを俺に与えてくれていた。
『思い出したようだな』
「はい……あなたのおかげでまた俺は……」
『それは私とて同じこと。さぁ、行くがいい』
「はい……!」
また助けられてしまった。
それにしても……この人はいったい……。
『今はまだ……だが、いつか語れる日が来るだろう』
「……分かりました。じゃあ、いってきます」
『さらばだ担い手よ。そなた"達"に……勝利の導きがあらんことを』
――――――――――――――――――――――
「ッ! これは……!」
「お、おいジーク!」
「フッ……ったく……馬鹿弟子が」
部屋を覆い尽くす漆黒の魔力が、徐々にその色を変えていく。
彼は今、全てを取り戻そうとしていた。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉおッ!」
その身体からはいくつもの白い閃光が迸り、それが黒い魔力を次々に引き裂いていく。
それはまるで……世界を照らす太陽のように。
「はぁッ……はぁッ……!」
やがてその光が収まった頃、その中心にいた青年はゆっくりと立ち上がる。
その左手に、黒き手帳を携えて。
「ロード!」
「へ、陛下……ジークさんも……」
「おう……で、頭は冷えたみたいだな」
「……ご迷惑をおかけしてすいません。でも、おかげで全て思い出しました」
「な……まさか記憶がッ!?」
「ほ、本当かよおい!」
ロードは頷くと、手にしていた手帳に魔力を込める。
直後、黒き手帳は宙へと浮かび、黒き光を放ち始めた。
「ッ! このタイミングで……しかもこれは……」
「ど、どうしたロード?」
「あ、いえ……なんでも……」
それはすぐに人の姿へと変わり、黒い手帳を持った1人の少女がその場に現れる。
金髪のツインテールに黒いワンピース姿の彼女は、つぶっていた目をゆっくりと開き――――
「ロ、ロードぉッ!!」
涙を流しながらロードに抱きついた。
「のわッ!? はは……久しぶりだな……メル」
「よかったよぉ……よかったぁ……ぐすっ……もう会えないんじゃないかってぇ!」
「……ごめんな。心配かけて」
「あ、あたしこそごめん! 何も出来なくて……あたし悔しくて……!」
「いいんだ。レヴィが多分って言ってたけど、実際にそういう制約があるんだろう?」
「そうなの……あ、っていうかごめん! ぐすっ……こ、こんな話をしてる場合じゃなかったよね!」
「ああ。行かなきゃ……レヴィのところへ。メル、ティエレンを呼んでくれ」
「うん! あ、後ね! えーっと……あ、この子!」
メルはそう言ってロードに手帳を開いてみせる。
そこには、今のロードに一番必要な武具が描かれていた。
「この人は……」
「あたしは参加出来ないけど、手帳の中で武具達が話し合いをしてたの。でね、手帳がまた開いた時の為にって……」
「そっか……ありがとな……みんな」




