第219話:精霊
「でっけぇー……」
目の前に聳え立つ5つの巨大な影に、ブランスは剣で肩をトントンと叩きながらそう呟く。
既に5匹はその視界に彼を捉え、その口を開いて魔力を集中し始めていた。
そんなはたから見れば絶望的な状況においても、彼に後退の二文字はなく、それどころか更に前へと足を踏み出す。
何故ならそれが……アプルと交わした誓いだから。
「「「「「グォォォォォッォォオッ!!」」」」」
ブランスがそれを胸に抱いた刹那、戦場に響き渡る咆哮と共に、5つの巨大な息吹が放たれる。
凄まじい熱と光が迫る中、それでも彼はニヤリと笑っていた。
しかしその表情とは裏腹に、彼の心臓は激しく脈打ち、頭の中には"死"という言葉が明確に浮かび上がる。
そう、彼は恐怖を感じていない訳ではない。
表に出さないようにしているだけで、彼はいつだって怖いのだ。
だが、それは自分の"死"に対してではない。
自分が死ねばアプルに涙を流させてしまう。
それこそが、彼にとっては何よりもの恐怖であった。
そして、その恐怖を乗り越えて前を向いた先……そこに彼の魔法がある。
「アプル俺に……勇気をくれッ……!」
それが彼の鍵。
瞬間、彼の身体は金色に輝き、迫っていた巨大な息吹をまとめて弾き飛ばす。
戦場に上がった花火は空の彼方へと消え、大竜種達は思わずその行き先を目で追っていた。
そして再び視線を向けた先、黄金の騎士が握りしその剣の切っ先が、自分達へと向けられていることを知る。
「さぁ、いくぜ……!」
彼の魔法は"勇気魔法"。
それは、恐怖を乗り越えた勇気ある者に、人智を超えた莫大な力を与える魔法。
乗り越えた恐怖が大きければ大きい程にその力もまた強くなり、人間を超越した身体能力や魔力を含んだ攻撃に対する圧倒的な耐性、更に魔力を纏うことによる攻撃力の強化に加え、果ては驚異的な再生能力など、恐怖を生み出す元凶……その一切を打ち砕く為の力を彼に与える。
魔法とは、神から授けられる知識であり、それと同時にその者が持つべき才能でもある。
臆病な彼だからこそ、いや……臆病"だった"彼だからこそ、この魔法は彼の下へときたのだろう。
「上りやすい身体してんじゃん」
1秒にも満たない時。
5匹は声を聞くまで反応すら出来なかった。
喉元に深々と剣が突き立てられた……その1匹でさえも。
「ガガッ……!?」
「魔力の刃を……受け取りなッ……!」
黄金の魔力から生まれたその刃は、まるで巨木のような太い首を軽々と貫通し、更にブランスは両手で掴んでいたその柄を……そのまま強引に横へと薙ぎ払った。
半分を切断された首の断面からは、血飛沫というにはあまりにも多過ぎる量の血液が一気に噴出し、それが滝のように止めどなく流れて大竜種の身体を赤く染め上げていく。
ブランスがその肩から飛び降りて地面に着地した直後、首を斬られた大竜種はゆっくりと傾いていき、巨大な地響きを鳴らしながら粉塵を巻き上げて大地に崩れ落ちた。
「まずは1匹……さ、時間もないしどんどんいこーか」
大竜種を瞬殺する程の圧倒的な力。
当然、それだけの力を得られる"勇気魔法"にはそれなりのリスクもあった。
しかし、ブランスはそのリスクに対する恐怖すら乗り越え、そしてそれを力に変える。
そうして怯えることをやめた彼は、2つ目の首を狩る為に大地を蹴った。
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「うぅ……!」
『グハハッ! どうしたどうしたぁ!? SSSランクとはその程度か!?』
ブランスが2匹目の首を刈り取った頃、その遥か上空で繰り広げられていた一つの戦いが、今まさに終局を迎えようとしていた。
まるで巨大な滝がそのまま迫ってくるかのような何発もの水の息吹を、ヴィヴィアンを乗せた紅蓮の不死鳥は必死に躱し続ける。
背中で何かに耐えている主人に……声を掛けながら。
『ギオッ! ギオッ!』
「い、言われなくたって分かってますわよ! でもぉ……」
それは、戦いが始まってすぐのことであった。
温かい炎に包まれた、程よく揺れる紅蓮の不死鳥の背中。
彼女にとって、それはまさにゆりかごそのもの。
そしてここ数日、彼女はその罪悪感と使命感から、いつものように眠ることなく普通に生活をして"しまった"。
その結果、今彼女は――――
「ね……眠いぃ……」
猛烈な睡魔に襲われていた。
「くそー……こうなったらぁ……」
『グハハハハッ! なんだそれは! 何かの呪いか!?』
「ふぉ、ふぉふれふ! これふぁあなふぁにのろふぃふぉふぁふぇふぇふぃるのれふぅ!」
『グハッ……グハハハハハハハハッハハッハハハハハハッ!!』
ヴィヴィアンは眠気を吹き飛ばそうと、両手で自分の頬を思いっきりつねる。
しかし、眼鏡の奥に見える瞳はどこか虚ろであり、それを保護する瞼のカーテンが勝手に何度もその上を往復していた。
自分ではもうどうしようもないその睡魔。
それは、彼女の魔法に起因するものであった。
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ヴィヴィアン=ウッドガルドが使う"精霊召喚魔法"は、エルフ族のみに授けられるという、他に類を見ない稀有な魔法。
使い手はその時代に1人のみであり、所有者が死んだ際に次世代へと継承される。
それを受け継ぐ人物は精霊が選ぶとされており、詳しい基準は不明だが、膨大な魔力を保持していることや清く正しい心を持っていること、そして何よりも、精霊との波長が合うかどうかが重要だとされている。
過去には次の所有者が何百年も現れないということもあったのだが、ヴィヴィアンの場合は珍しく、それを授かったのは前所有者である祖母が亡くなってからすぐのことであった。
果たして偶然なのかそうでないのかは分からないが、祖母が亡くなった次の日がヴィヴィアンの15歳の誕生日であり、ウッドガルド内では"精霊がヴィヴィアンに惚れ、わざわざその日にしたのではないか"という噂まで流れた程である。
というのも、強大な力である"精霊召喚魔法"には、使用に際し精霊とある盟約を交わす必要があった。
それは、精霊の力を借りる代わりに自らの"何か"を差し出すというもの。
"何か"は精霊が決めるものであり、所有者は嫌でもそれに従わなければならない。
そして、前所有者であるヴィヴィアンの祖母が差し出した"何か"は……彼女の"寿命"であった。
ヴィヴィアンの祖母は元々長生きする運命にあったのか80歳まで生きられたが、あまり魔法を使う機会がなかったこともその理由の一つだろう。
何故なら使えば使うだけ、精霊に決められたものを差し出さなければならないから。
そうして15歳の誕生日に"精霊召喚魔法"を受け継いだヴィヴィアンは、その日の夜にある夢を見る。
正確に言えば夢ではなく彼女の精神世界なのだが、とにかくヴィヴィアンは視界に映る全てが星空のようなその空間で、これから共に生きる精霊達と初めて邂逅した。
精霊達にはそれぞれ司る属性があり、炎、水、風、土、雷、光、闇の7種類。
彼らは鳥や獣、または半獣の姿をしており、囲うようにしてじっと彼女を見つめていた。
まだ15歳で、祖母が戦う姿を見たことがなかったヴィヴィアンは、初めて見る精霊達が少し怖かったのと、その日常とはかけ離れた状況に耐え切れず泣いてしまう。
すると、炎を司る紅蓮の不死鳥がスッと彼女を包み込み、優しい声で彼女にこう語りかけた。
『怖がらなくていい。君は我らの子。そして、我らは君の子でもある』
「ぐすっ……あ、あなた様方が……わたくしの?」
『そうだとも。我らは君を愛し、君が愛する者を守る為……その力となりにきた』
『紅蓮の不死鳥の言う通りよ。そして、これはあなたが選んだことなの』
「わ、わたくしが……?」
『ああ、そうさ。お前は世界の歪みを感じたんだろう? それは正しい』
「あ……」
この時のヴィヴィアンは知る由もなかったが、彼女のスキルは"脅威の察知"。
予知とまではいかず、それは所謂虫の知らせ程度の力しかないのだが、ヴィヴィアンは漠然とした不安を感じていたのだ。
この世界自体が急に終わってしまうような……そんな不安を。
もちろん確証もなく、誰に言っても意味など無いと思い、ヴィヴィアンはそれを忘れるようにしていた。
しかし、正義感の強い彼女は無意識のうちに願っていたのだろう。
もしそうなってしまいそうになった時、みんなを守れるだけの力が欲しいと。
『その時は近付いている。確かに我らは神に近いが、果たしてどこまで役に立てるかは分からない。しかし、君が望むなら全力を尽くそう』
『其方は守りたいのであろう? だから我らはここにいる』
「あっ……わ、わたくし……守りたいです! 姉様も母様も父様もババ様も……国のみんなも……この世界全部!」
『ええ、知っているわ。だからあなたは選んだ。そして、あなたにはそれを得る資格がある』
『我らは力を貸す。だが、タダでは動けねぇ』
『それがエルフ族との盟約。だから、あんたからも何かを貰わなくちゃならないのよ』
「何かを……どうしたらいいのでしょう?」
『君はあまり眠らないようだね』
「あ……はい。夜になると色々考えてしまって……」
『なら、それにしようか』
『いいぜ』
『構わないわ』
『問題なかろう』
『ええ』
『賛成』
『決まりだな。では、君から貰うものは……君が"起きている時間"とする』
「起きている……時間……」
『そうだ。君はこれからよく眠ることになるだろう。それが対価。そして起きている時……君は君の守りたいものを守れる力を得る。どうかな?』
「……わ、分かりました。それで大丈夫です」
瞬間、その空間が光で溢れ、ヴィヴィアンの身体に精霊達が飛び込んでいく。
「わっわっ!? ど、どうっ!?」
『今……ここに新たな盟約が結ばれた』
『我らはいつもあんたの世界に』
『我らはいつもあなたの魂に』
『我らはいつもお前の力に』
『我らはいつも其方の為に』
『我らはいつも君の側に』
『共に生きよう……ヴィヴィアン』
「は、はぃぃぃッ!?」
こうしてヴィヴィアンは"精霊召喚魔法"の使い手となり、国だけではなく世界を守る為、家族の反対を無視して冒険者の道を歩み始めた。
活動出来る時間が短い分、彼女は困難で緊急性の高い依頼を優先して受け、その全てを完璧にこなしていく。
結果、その強さと働きが認められ、彼女はSSSランク冒険者となったのであった。
そして、依頼を完遂した後必ず眠っていることから、彼女は"眠り姫"と……そう呼ばれることになる。
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「なんでもっと寝なかったんじゃぁ……わたくしのあほぉ……!」
『ギギォッ……(君がなんで平気だと思ったのかが分からない……)』
「だってぇ……なんかいけるかなって……」
『ギォッギオグ? (あの前にかなり力を使っていたじゃないか。ストックがないって私は言ったよね?)』
「いや……はい……」
『ギッギオォ(力を使ったら寝る。大丈夫そうでも寝る。私これ何回君に言ったかなぁ)』
「で、でもぉ……レヴィさんを見てたらさぁ、なんか寝てる場合じゃないかなってぇ……」
『ギ(それは分からなくもない)』
「でしょぉ? あー……まずいですわ……眠いぃ……ふぁぁ……むにゃ……」
『グッハッハッハッハッ……なるほど……欠伸が出る程退屈なのだなッ!』




