第210話:一番槍
最初に気付いたのは、町の上空を飛び回る翼爪竜種達であった。
「「「ギォォォォォオッ!」」」
まだ太陽が微かに顔を出したばかりの世界は薄暗く、その視界はそれほど広くはない。
しかし、東から何かが近付いてくるのを感覚で察知した彼らは、それを報せる為に一斉に鳴き始めた。
瞬間、翼爪竜種の声に反応した他の竜族が続々と町から飛び出し、東の壁はあっという間に竜族で埋め尽くされる。
彼らはヨルムンガンドの言葉を受け、それが訪れるのを今か今かと待ち続けていたのだった。
「反応が早いですな」
その様子を遠眼鏡で確認したザイルは、通信魔石に向けてそう呟く。
『我らが来ることは奴らも分かっておったじゃろうからな。それはそうと……すまぬなザイル。重装騎士団がおればよかったのじゃが、今その役目を果たせるのはお主らしかおらんのだ』
通信魔石から聞こえるアディードの声に、見えないと知りつつもザイルは首を横に振る。
「いえ、むしろ名誉なことだと受け止めております。一番槍は戦場の流れを左右する重要なお役目……おかげ様で、我が兵の士気は最高潮に達しておりますので。そうだなぁッ!?」
「「「「オォォオォオオォォォオッッ!!」」」」
3万を超える咆哮が、通信魔石を介さずとも本部にいるアディードまで届く。
彼らの役目は正面から竜族とぶつかり、出来るだけ多くを引きつけること。
故にこの咆哮は、単に士気を上げる為だけではなく、その存在を竜族に報せているのだ。
東に我らオリンポスあり、と。
『諸君……ありがとう。武運を祈る……!』
「お任せあれッ!」
通信魔石の光が消えると同時、ザイルは肺に空気を叩き込んだ。
「全軍聞けぃッ!! 皆既に知っての通りッ! 我らオリンポス軍が名誉ある一番槍に選ばれたッ! さぁ、竜族に見せつけようではないか! 我らオリンポスこそが……世界最強にして最高の軍なのだとッ!!」
「「「「ウオォォオォオオォォォオッッ!!」」」」
「そしてゆめゆめ忘れるなッ! この戦はギリシアの為だけではないッ! もし我らが敗れれば、奴らの牙はやがて多くを蹂躙する厄災となるだろうッ! 故に、なんとしてもここで止めねばならんのだッ! 恐怖を覚えし時は思い出せッ! 我らは何の為に戦うのか……それは守る為だとッ! その双肩には、諸君らが守るべき大切な存在が懸かっているのだッ!」
ここ数千年。
人間同士の争いはあったものの、竜族との大規模な争いは起きてこなかった。
つまり、ザイルを含めた全ての兵にとって、これだけの数のドラゴンと相対するのは初めてのことである。
そもそも、兵士の中には実戦すら初めての者も多く、果たしてその数に見合った働きが出来るかは甚だ疑問であった。
だからこそ、ザイルは彼らの心に呼び掛ける。
そして、考える暇を与えない。
「引くな! 迷うな! 恐れるなッ! 握りし剣にその勇気をッ! 練り上げし魔力にその魂をッ! 我らはオリンポスッッ!! 天下に轟く王者の国なりッッ!! 全軍構えぃッ!!」
白馬にまたがった白い騎士は、剣を引き抜き天に掲げる。
そうしてその切っ先が……ギリシアへと向けられた。
「さぁ、始めよう……! 全軍突撃ッッ!!」
「「「「「ウォォォオオォォオォォォオォォォォオッッ!!!」」」」」
ひとりひとりが上げるその雄叫びが大気を震わせ、ひとりひとりが踏みしめるその一歩が地鳴りと化す。
いつの間にか太陽は地平線から顔を出し、彼らを後押しするかのように世界を照らし始めていた。
「団長! 目視で約1500! 翼爪竜種、巨腕竜種、多頭竜種、息吹竜種を確認! どれも小さい……予想通り主力ではありません!」
「よし、全軍に通達! 当初の予定通り、我ら第六から第九騎士団はこのまま直進! 第十から第十二騎士団は右翼、第十三から第十五騎士団は左翼へ展開! 固まるなよッ! 奴らの的になるだけだ! とにかく奴らをギリシアから引き離せッ!」
「了解ッ!」
オリンポス軍が進軍を始めたと同時、表に出てきた竜族達も一斉に動き始めた。
翼爪竜種と息吹竜種は空へ、巨腕竜種と多頭竜種は大地を駆ける。
だが――――
「フッ……やはり、アディード様の言った通りになったな」
それぞれの種族は交わらず、まるで互いに競い合っているかのように動いていた。
今オリンポス軍の前にいるのは、元々ヴァルハラにいた竜族達。
彼らは普段単独行動をしており、当然集団戦闘などしたことがない。
それに加え、ドラゴニアで結束を固めた竜族とは違い、普段は縄張りに入った他のドラゴンと争うことも少なくなかった。
同種族でもそれは起こり、ましてや他種族ともなれば尚更である。
「動きがバラバラだ。おや、喧嘩を始めたのもいるな。ヨルムンガンドの下についただけで、奴らは既に勝ったつもりでいるらしい。確かに個体の強さなら貴様らの方が上だろう。だがッ……!」
ザイルが率いる部隊に、翼爪竜種と息吹竜種が空から迫る。
口を大きく開き、そこから息吹を――――
「人間を舐め過ぎだッ!」
「ギッ!?」
「グムッ!?」
手綱を離した両の手が、上空から迫る数匹のドラゴンに向けられた刹那、何もない空間からいきなり太い縄が現れる。
それは瞬時に口と翼を縛り上げ、我が物顔で空を飛んでいたドラゴン達から自由を奪い去った。
ザイルの魔法は"捕縛魔法"。
それは、魔力から生み出した縄を自在に操る力。
範囲内であれば、手をかざすだけで狙ったところにそれを複数生み出すことが可能で、縄は刃物などで切断されない限り切れることはない。
竜族が持つ爪や牙でも縄は切られてしまうのだが、翼を縛り上げられることなど予想もしていなかった彼らに……その結末を避ける術などありはしなかった。
「ギグッ……!」
突然のことに対応出来ず、轟音を立てて地に墜ちた翼爪竜種の喉元に、ザイルの剣が深々と突き刺さる。
強靭な鱗に覆われた竜族であるが、唯一喉元だけはそれが薄い。
「喉か目を狙えッ! 無理に撃ち墜とそうとするなよ! それは私がやるッ!」
「「「了解ッ!」」」
「しかし、こうもアディード様の予想通りとはな。さすがは"戦神"と言ったところか。我が王も……いや、今はそんな場合ではないなッ!」
オリンポス軍が中央の戦力を厚くしたのは、高い飛行能力を持つ厄介な翼爪竜種と息吹竜種をザイルの下へと誘き出す為であった。
地を駆ける他種族より空を飛ぶ二種の方が速いのは当然であり、我先にと数が多い場所へ集まることは容易に想像がつく。
そうなれば、ザイルの魔法は文字通り彼らを縛り上げ、厄介な二種を封じる楔となる。
しかし、当然ザイルとて全てを相手に出来る訳もなく、上空から放たれる息吹の雨が容赦なくオリンポス軍へと降り注いでいた。
人間達の魔法も至る所から放たれ、先程まで静寂に包まれていた平原は、ものの数分で粉塵捲き上る戦場と化す。
「ぐッ! やはりこうも見通しがいいとな……! 近付き過ぎるなよッ! 奴らを町から引き離しつつ、中央へと引き寄せてわざと囲ませろッ!」
更に、巨腕竜種と多頭竜種にも飛行能力がない訳ではなく、そもそも仮にそれがあろうがなかろうが厄介な敵であることには変わりがない。
まともにあたってしまえば、いかにヴァルハラにいた弱い個体の集まりであろうとも、オリンポス軍だけでは対処しきれないだろう。
無論、アディードがそれを理解していない筈がなかった。
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「陛下、前に出た竜族はギリシアから引き離され、まだ中にいる主力も町の東へと集まりつつあります。外の竜族は中央に約800、左右にそれぞれ300程……オリンポスが上手く誘導してくれています。そろそろ頃合いかと」
本部から戦況を見つめるアディードの下へ、彼が持つ"空間跳躍魔法"を使い、翼爪竜種達が飛ぶ空より更に高い場所から戦場を見下ろしてきたバイパーが戻っていた。
「そのようじゃの。ケルト軍に通信をいれよ……"すり潰す"とな。我が軍の移動は任せる」
「はっ……!」
「クックックッ……暴れることしか知らぬトカゲどもめ。戦とは、いかに相手の想像を超えるかにかかっておるのよ。個の力……実に結構。だが、"軍"あってこその"個"だということを……教えてやるわッ……!」




