第20話:バルムンク
「ロード様、あと1レベルですね」
「お、本当か?」
リビングで魔法の特訓をしていると、レヴィがそう教えてくれた。
昨日の段階でレベルは8になっており、今9レベルになったので、あと少しで新たに力が使えるようになる。
魔法の力が上がればバルムンクに生命魔法をかけてあげられるかもしれないと思い、エクスカリバーに生命を与えてレベルアップを図っていたのだ。
「結構簡単に上がるんだな。エクスカリバーには何度も出し入れして申し訳ないけど……」
「我は別に構わんよ。主人の力が上がるのは喜ばしいことであるし」
「まだ最初ですからね。30くらいまではあっという間ですよ。後はエクスカリバー様など、伝説の武具様に生命魔法をかけるのは経験値が高いのかもしれませんね」
「ふむ。確か残っている魔力は回収できるのであろう? ならば、無限にレベルとやらが上げられるのではないか?」
「いや、使う度に一定量の魔力は消費しているんだ。だから無限って訳にはいかないね」
「なるほど。全てを回収出来る訳ではないのか。まぁ、物事はそうそう上手くはいかんということであるな」
「そういうことだ。まぁレベル10に上がるまではなんとかなりそうだし、悪いけどエクスカリバーにはもう少し協力してもらうよ」
「心得た」
俺が特訓をしている間、既にほとんどの家事を終えたレヴィは情報誌を見ながら紅茶を飲んでいた。
これは彼女の日課のようなもので、地下でも家事を終えると、こうしてのんびり読書や情報誌を楽しむ姿を俺はよく見かけていた。
そんなのんびりしたレヴィを見ると、なんだか俺までほっこりとしてしまい、勝手に癒されていたのは内緒だ。
あれ? そういえば……。
「なぁ、レヴィはいつもコーヒーじゃなかったか?」
俺の突然の問いかけに、カップを持つ手がピクッと反応した。
レヴィは少し困った様な顔をしているように見える。
「な、なんとなくです」
「そっか? また俺にも淹れてくれよ。レヴィの紅茶は美味しいからさ」
「で、では今すぐに!」
「あ、いやそんなに焦らな……行っちゃった」
「主人も罪な男よなぁ」
「な、なんだよそれ……」
レヴィはすぐに俺とエクスカリバーの紅茶を持ってきてくれた。
せっかくだし休憩も兼ねて3人で紅茶を楽しんでいると、レヴィが思い出した様に情報誌を取り出す。
「そういえばロード様……これを」
「これは……」
レヴィは先程まで自分が読んでいた情報誌を俺に向けて差し出し、一つの記事を指差した。
そこにはこう書かれている。
「"アルメニアの貴族暴行、無能を公開処刑"……か」
「はい。因みに暴行したとされるのは2年前です。なので恐らく……」
処刑されるまで想像もしたくないおぞましいことが行われていたのだろう。
決して他人事ではない。
「いやはや……なんとも業の深い。画策したものは神にでもなったつもりなのであろうか。思想も思考も目的も、まるで分からぬ」
エクスカリバーが言う通り、目的が全く分からない。
無能という概念を作り、その無能を排除する。
そこになんの意味がある?
なんの為に俺達は虐げられなければならなかったんだ?
今は分からないが、やることは決まっている。
「急がないとな……やはり首都に行こう。名を上げるなら大都市が一番だ。せっかくレヴィに家を綺麗にしてもらったから暫く過ごしたかったけど……」
「気になさらないで下さい。また首都のお部屋を綺麗にするだけですからね……ククク」
レヴィにとってこの家は既に終わった場所なのかもしれない。
次の家もきっと新築のようになるのだろう。
「よし、もうひと頑張りするか。悪いなエクスカリバー」
「美味な紅茶を頂いたことであるし、それに報いなければなるまい。主人よ、気にせずどんと来い」
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その後、何度かエクスカリバーに生命魔法をかけていると、不意に力が上がったのを感じた。
漠然とだが、今までより魔法が強くなった気がする。
「ロード様おめでとうございます。レベル10になりました」
「あ、やっぱりか。なんとなく分かるんだな。なんか……今までより力の範囲が広がったような気がする」
「そうですね。レベルという概念は通常分かりませんから。普通はなんとなく力が強くなった気がする、といった程度でしょう。因みに今回得た力は"自分の倍の体重まで生命魔法をかけられる"ですね。ロード様の今の体重は71キロ……また太りましたね」
「あ、やっぱりそうか。というか俺の体重が増えたのはレヴィの料理が美味過ぎるせいだ……アイギスなんかケーキ食べて気絶してたじゃないか」
「ふふふ……まぁロード様は身長もありますし、筋肉質ですから。骨密度もかなり高いです」
そんなことまで分かるのか……どうやら隠し事は出来そうにない。
それは置いといて、確かバルムンクは140キロだったか。
ギリギリだが彼女に生命魔法をかけられるな。
「ありがとうエクスカリバー。おかげで助かったよ」
「役に立てて我も嬉しいよ。ではまたゆっくり呼んでくれ主人よ」
彼女に再度礼を言って手帳にしまった後、バルムンクを呼び出した。
黒い刃の大剣は、心なしか嬉しそうに見える。
待たせて悪かったなバルムンク。
彼女に生命魔法をかけると、宙に浮いたバルムンクが黒い光を放ち、人の形を成していく。
女性にしては身長が高く、大体170センチくらいはあるように見える。
彼女は黒く長い髪を後ろで結っており、全身黒いフルプレートの鎧に身を包んでいた。
その黒い鎧は金色で縁取りされ、それが高貴な印象を感じさせる。
完全に姿を現したバルムンクは、自身そのものである黒い大剣を背負っていた。
腕を組み、仁王立ちしている彼女からは物凄い威圧感を覚える。
そしてキリッとした眉の下にある切れ長の漆黒の瞳が……明らかに俺を睨みつけていた。
……やっぱりこれ怒ってますよね?
「あの……よろしくバルム……」
「跪け……」
「え……?」
「聞こえなかったの……? 跪けって言ってるのよぉぉぉお!!」
えー!
マズイ……完全に怒ってる。
やっぱりもっと早く謝っておくべきだった……。
「重いって言った! しかも2回も! 私はそんなに重くないもんっ!」
「わ、悪かったバルムンク! 俺が間違ってた! だから許してくれ!」
「むぅー……」
目に涙を溜めながら頬を膨らませるバルムンク。
これは簡単には許してくれそうにないな……。
「な、なんでも言うこと聞くから……!」
「……本当?」
「で、出来る範囲なら……」
「じゃあ……」
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「ドラゴン……ですか?」
「うん……そんな依頼ないよねぇ?」
俺達は冒険者ギルドでエリーと話していた。
バルムンクの願いは"ドラゴンを自分で倒すこと"。
破竜剣である彼女にとって、ドラゴンを倒すことは至上の喜びなのだという。
誰かに使われるのではなく、自分の手で倒したいと以前からずっと思っていたらしい。
「あるにはあるんですけど……」
「あ、あるの?」
「ええ、こちらの地方では珍しくドラゴンが現れたんですよ。目撃されたのはラピス山脈付近です」
ラピス山脈はこのイストから真っ直ぐ西にあり、ニーベルグを東西に分断するようにそびえ立つ、別名"ニーベルグの壁"と言われる大山脈である。
「珍しいな……種類は?」
「翼爪竜種ですね。単独で飛行していた様です」
一口にドラゴンといっても様々な種類に分かれている。
ワイバーンは翼と腕が一体化している種で、長時間の飛行を得意とし、尾が太く強靭なことが特徴だ。
更にワイバーンの中にも分類があり、外見や息吹の属性によって区別される。
今回発見されたワイバーンの詳しい分類は分からないが、長時間飛行してこの国まで来たのだろう。
「ワイバーンか……ここからラピス山脈まで歩いたら1週間くらいかかるな」
「馬車があればもっと早く行けますが……売りますか色々」
「どっちみち首都に行くなら必要だしな。エリー、これって共有依頼だよね?」
「あ、そうです。でもあの、ロードさんはランクが……」
「あ、そっか……足りないのか」




