第186話:脱出
レヴィの指差す先、そこには大量のドラゴン達に囲まれながら、地面に転がる3つの武器を守るように戦う2人の姿があった。
「ありゃ確かグラウディってのと……!」
「ジル様ぁッ!!」
「ッ!? レヴィッ……!」
ジルがレヴィに気を取られた瞬間、巨腕竜種の巨大な腕が彼女に迫る。
だが、その腕は見えない何かに弾かれ、巨腕竜種はそのまま顔から地面に叩きつけられた。
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巨腕竜種
その名の通り、他の竜族にはない巨大な腕を持つ種族である。
平均的な体長は10メートル前後だが、丸みを帯びた体形をしており、縦ではなく横に大きいのも特徴の1つ。
その巨腕を活かす為に常時二足歩行であり、近接戦闘に優れ、肉体の強さに限れば竜族の中でも随一。
その代わりに息吹が不得手であり、飛行能力もあまり高くはない。
だが、代名詞である体長の半分以上はあるその巨腕は、それを補って余りある破壊力を有している。
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「よそ見すんなジルッ!」
「す、すまん!」
その時、彼ら2人を囲んでいたドラゴン達が一斉に距離を取り、空中から新たに現れた息吹竜種達の口に魔力が集約していく。
「やべぇッ……!」
ジルとグラウディの魔力と体力は連戦に次ぐ連戦で既に限界を迎えており、上空から広範囲に強力な息吹を吐く息吹竜種に対応する術がもうなかった。
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息吹竜種
その名の通り、息吹を得意とする種族である。
平均的な体長は10メートル程。
巨腕竜種と同じく二足歩行だが、彼らとは違い手が小さく、代わりに顎が異常に大きく発達している。
これは広範囲に強力な息吹を吐く為に進化したもので、加えて接近戦でも有用な武器として多くの冒険者の鎧を噛み砕いてきた。
翼爪竜種に次いで飛行能力が高く、上空から放たれる息吹は驚異以外の何物でもない。
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「ソロモン様!」
「レヴィちゃん! しっかり掴まっててくれ!」
両手に抱えていたレヴィを背中に回し、ソロモンはジルとグラウディ目掛けて再び空間を跳躍する。
そうして息吹竜種の息吹が2人に迫る中、その背後に現れたソロモンは両手で2人の背中に触れ、足で3つの武器を踏みつけた。
「じゃあな!」
瞬間彼らは消え、何もなくなった空間に息吹竜種の息吹が虚しく降り注ぐ。
獲物を見失ったドラゴン達は互いを責めるように雄たけびを上げて空を飛び回ると、やがて諦めたのか方々へと散っていった。
4人はその様子を少し離れた建物の中から見届け、安堵のため息を吐いた後に腰を下ろす。
「ふぃー……間一髪だったぜ。あんた……ありがとな」
「私からも礼を言う。お前もロードの……?」
「まぁな。魔神の指輪のソロモンってんだ。よろしくな」
「ああ、よろしく頼む。レヴィも無事でよかった……心配したぞ」
「ご心配をお掛けして申し訳ありません……」
「無事ならいい。それで……ロードはどうした?」
ジルの問い掛けにレヴィは少し目を伏せた後、静かに口を開いた。
「……ロード様は今……ヨルムンガンドと戦っています」
「なッ!?」
「ヨ、ヨルムンガンドって……竜王と!? ひ、1人でか!?」
「いえ……1人ではありません。仲間と……わ、私も一緒に……戦いたかったのですがっ……!」
気丈に振舞っていたレヴィだったが、その肩は自分の意志とは無関係に震え始め、その言葉が止まってしまう。
一度は抑え込んだ感情が再び溢れ出してしまい、自分のスカートを握り締めて俯くその姿に、グラウディとジルは掛ける言葉が見つからなかった。
ソロモンはその肩にそっと手を置き、レヴィの代わりに口を開く。
「色々あってな……訳は後で俺から話すよ。で、戦況は……まぁ、大体分かってるけどな……」
「ああ、見た通りだ……ギリシアは……敗れた」
ジルは苦々しげそう言って拳を握り締める。
グラウディもまた、ソロモンのようにジルの肩に手を置いて彼女を気遣った。
ジルは肩に置かれたその手を握ると、1つ息を吐いた後に顔を上げる。
「……民の脱出はほぼ完了し、軍も奴らの気をなるべく引きながら撤退を始めている。殿はフリードリッヒ様が自ら率いているそうだ。援軍を当てにしていたのだが、どうやら竜族の足止めがあったらしい。こちらの動きは全て読まれていた……いや、最初から知っていたのかもしれないな……」
「最初から……間者か?」
「分からんが……恐らく。援軍に関しては戦が始まる前に急遽決まったことだ。対応が早過ぎることから考えても、情報が筒抜けになっていたと考えた方が自然だろう。で、我らは町の中にいるドラゴン達をなるべく引き寄せ、負傷者を救出する時間を稼いでいたんだ。その時トライデントと合流してな。彼女のおかげでなんとか戦えていたのだが、我らを守る為に力を使い果たしてしまったのだ。彼女には感謝してもし切れん」
「そうか……大丈夫、あんたの気持ちはちゃんと伝わってるぜ。あと……俺が踏んづけたことに関してキレてる」
ソロモンはそう言っておどけてみせる。
ジルは少しキョトンとした後、声を上げて笑った。
「あははっ! そうか……ありがとう。少し気が楽になった」
「そりゃ何よりだ。ま、俺にとっちゃ笑い事じゃねぇがな……マジこえーから」
「くくっ……伝説の武具も大変だな……」
「まぁね。あんたも……いや、やめとくわ。んで、救出は終わったのか?」
「ああ、出来る範囲ではな。まだトライデントがいた頃に通信魔石に連絡があった。後は逃げるだけだったんだが……奴ら次から次へと町に……」
「そっか……なら、さっさとここから離れよう。これで終わりじゃねぇ……だろ?」
ジルは窓から外を眺める。
崩壊した町は嵐に濡れ、まるで町全体が泣いているかのようであった。
「……取り戻して見せる。必ずな」
「よし……んじゃ行こう。俺の力じゃ長距離の転移は無理だ。避難経路はまだ使えるか?」
「ああ、大丈夫な筈だ。地下避難所への道が近くにある。そこから脱出しよう」
「分かった。レヴィちゃん、肩を……」
「は、はい……申し訳ありません……」
「……今なら行けそうだ。俺が先導するからついてきてくれ」
「いや、私の方が詳しい。お前は彼女達を持って殿につけ」
そう言ってジルは折れたアスカロン、バルムンク、トライデントを指さす。
グラウディは何かを言おうと口を開きかけるが、「何か文句でもあるのか?」というジルの眼光に逆らえる筈もなかった。
「……はい」
「なっはっはっ! やっぱあんたもお仲間だねぇ……」
「はは……ま、女が強い方が世の中よく回るってもんさ……だろ?」
「ん、違いねぇ。男は女の奴隷でいいんだよ。それだけのもんを貰ってるからな」
「……そこんとこは人間も武具も変わらねぇな。あんたとは仲良くできそうだぜ……ソロモン」
「ああ……俺もだ」
「話は終わったかお前ら……さっさと行くぞ!」
「「あ、はい!」」
「ふふっ……」
レヴィが笑ってくれたことでソロモンは少し胸を撫で下ろす。
彼も明るく振舞ってはいたが、やはりロードやレヴィのことが心配でならなかった。
だが、ロードに託された以上、それに全力で応えることが正解なのだと前を向く。
そうして彼ら4人はそれぞれの想いを胸に……崩壊しゆくギリシアから脱出を開始したのだった。




