第176話:援軍
ギリシアの南に展開していた各国の軍は、竜族侵攻の一報を受け既に戦闘態勢へと移行していた。
その最後尾にある司令室代わりのテントの中には、フリードリッヒを始めとする各国の将校達が集まっていた。
「やはりアークマリンは……すまないヘルニオ」
「……フリードリッヒ様の所為ではございません。それより今は竜族の侵攻を食い止めるのが先決……我らアークマリンの兵は既に前を向いております」
アークマリン軍を率いる将である彼、ヘルニオはそう言って笑ってみせる。
その気丈な振る舞いに、フリードリッヒはただただ頭が下がる思いだった。
「……貴国に、そして貴公に敬意を。受けた恩は必ずやお返しする」
「有難きお言葉……それで現状は?」
「うむ……既にギリシア内には海竜種が侵入……中はジルと信頼のおける者に任せてある。また、侵入経路である北西には先程スパルタクスを送った。本来なら全軍であたりたいところではあるが、南からは竜族の本隊が迫っているからな……これを食い止めなければ、どちらにしろギリシアに未来はない」
「……ああ、分かった。ご苦労、下がってよいぞ。フリードリッヒ様、ケルトより連絡が。既に援軍がこちらに向かっているとのことですが、悪天候により進軍が遅く……」
テーベからの報を受け、フリードリッヒは静かに頷いた。
「そうか……ケルトにも感謝せねばなるまい」
「フリードリッヒ殿、我らからも報告がある」
ドワーフの国アースヘイムの将、ブロードベインは短く太い腕を組み、無骨な兜から覗く鋭い眼差しをフリードリッヒに向ける。
「先程連絡があってな。ヴォルクスファング様がこちらに向かっているらしい」
「なんと……あの英雄が!」
ドワーフ唯一のSSSランク冒険者、"抹消の守護者"の二つ名を持つアースヘイムの英雄ヴォルクスファング。
自国の協力国家であるギリシアの危機を聞いた彼は、依頼をこなしたその足でギリシアへと向かっていたのだった。
「あの方がくれば百人……いや千人力といっても過言ではない。守るべきものがある時、あの方は鬼神の如き力を発揮されるでな」
「それは朗報だ。では、我らからもよいだろうか?」
そう言って手を挙げたのは、エルフの国ウッドガルドの将であるアバランチ。
彼もまた、透き通るような青く鋭い瞳をフリードリッヒに向けていた。
「先程……ようやくヴィヴィアン様を発見したと報告があった。今こちらに護送している」
「ヴィヴィアン殿まで……かたじけない……!」
エルフ最強のSSSランク冒険者ヴィヴィアン。
彼女はある依頼を片付けた後、そのまま行方不明となっていた。
「ただ問題が1つ……ヴィヴィアン様は今、深い眠りについておられる。完全にお目覚めになられる可能性はかなり低い。だがそれでも尚、我らより遥かに強大な力をお持ちなのは間違いないが……後はあの方の気分次第としか言えぬ」
"眠り姫"の二つ名を持つヴィヴィアンは、人生の大半を眠って過ごしてきた。
それ故に戦える時間は限定されるのだが、その反面、完全に目覚めた彼女の力は人智を超える。
「だとしてもありがたいことだ。援軍が到着するまで時を稼げばあるいは……」
「確かに……ケルトの援軍とそのお2人がおられればなんとかなるやもしれませんね……ところでフリードリッヒ様、オリンポスはなんと?」
ヘルニオからの問いに、フリードリッヒの表情が一気に曇る。
「……返答は変わらぬ。レアを抑えるので精一杯だそうだ」
「ちっ! 愚王め……やはり保身に走りよったか!」
ブロードベインの激昂も無理はない。
レアを抑えるというのが建前に過ぎないと、ここにいる誰もが気付いていた。
何故なら同じくレアを牽制しているケルト軍がギリシアに援軍を出しているにも拘らず、ケルト軍より数の多いオリンポス軍が手一杯である筈がないのだから。
「……腹は読める。大方我らと竜族がぶつかれば、仮に我らが敗北したとしても、竜族もただではすまないと踏んでいるのだろう。そこで勇者ロイを筆頭に討伐軍を結成し、竜族を駆逐しオリンポスの力を見せつける……恐らくそんなところだろうな」
フリードリッヒの言葉を受け、ブロードベインの語気がさらに強まる。
「ふん! 腹立たしいこと極まりないわ……我らを自分達の駒としか考えておらぬ! 世界の盟主が聞いて呆れる!」
「このまま我らが勝ってもオリンポスにダメージがなければそれでよし、仮に我らが負けた場合はギリシアを奪還し、今後ギリシア領をその手中に収められると……そういうことか。今中途半端に力を貸してもあまり旨味がないと判断した訳だ。力と権力に溺れた、あの愚王が考えそうなことよ……!」
フリードリッヒやアバランチが言っていることはほぼ全て当たっている。
オリンポスは既に傍観を決め込み、自軍の消耗を避け、後からギリシアに救いの手を差し伸べる魂胆であった。
既にティーターンは5大国家としての役割を果たせておらず、さらにギリシアが地に落ちたとなれば、残る大国はオリンポス、ケルト、ニーベルグの3つ。
ギリシアとティーターンを救えば、2つの国はオリンポスに従わざるを得ない。
そうなればオリンポスはさらに力を得ることになるだろう。
誰も逆らえない……暴君としての力を。
「先代さえご健在ならばな……だが、今それを嘆いても仕方あるまい。ここにいる我らだけで成し遂げるしかないのだ。でなければギリシアだけではない……ヴァルハラが……人間が滅びる可能性すらある。この戦……負ける訳にはいかんのだ……!」
フリードリッヒの言葉に全員が頷く。
その時、司令室に報せが入った。
「フリードリッヒ様、監視部隊より通信が……竜族を肉眼で捉えたとのこと」
ギリシアから真南にある、かつてロード達が超えた山の頂上にある山小屋には、数人のギリシア兵が常駐して監視に当たっていた。
そこから肉眼で竜族を捉えたということは、その時が間近に迫っているということだった。
「……分かった。繋いでくれ」
「は……!」
兵士は通信中の魔石を取り出すと、彼らが囲う長テーブルの上に置かれた少し大きめの通信魔石へと近付ける。
やがて魔石が淡い光を放ち出すと、そこから呟くような声が聞こえ始めた。
『こんな……空が……うねってやがる』
静かなテント内に響いたその小さな声。
それだけで、彼らは全てを悟った。
「……聞こえるか?」
『あっ……フ、フリードリッヒ様……! 失礼致しました……!』
「よい……して、何が見える?」
聞かずとも分かってはいる。
だが、聞かなければならなかった。
『……大群です。空を埋め尽くす程の』
「そうか……距離は?」
『恐らくは数分でそちらに……』
「……分かった。お前達は息を殺し、決して動くでない。よいな?」
『……はい』
「うむ……ご苦労だった」
通信が切れた魔石から光が失われていく。
それはまるで、これから先に起こるであろうことのように……儚く消えた。
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「ロードッ! レヴィのとこに行かないの!?」
北側の壁へと到着したロード達は、結界を破壊せんと迫る海竜種達との戦闘を既に始めていた。
ロードはバルムンクに答えることなく、手にしたグラムとリジルを使い、次々とドラゴン達を駆逐していく。
「ギォォォォォォッ!」
海竜種から放たれる水の息吹をグラムで弾き、そのまま長い体を駆け上がると、リジルの刃を喉元にある心臓に深々と突き刺す。
「ガッ……!」
血しぶきが舞い上がり、鮮血がロードの身体を濡らしていく。
無表情のまま瞬時に黄金の大剣を引き抜くと、ロードは背後から迫っていた別の海竜種に向けて飛び掛かる。
「こんのぉッ……! 無視すんなッ!」
バルムンクの黒い刃がその海竜種を頭から真っ二つに割り、目標を失ったロードは剣を引いてそのまま地面に着地した。
同時に着地したバルムンクは、ロードを睨みつけながら近寄っていく。
「あんたいい加減に……!」
「行きたいに……決まってるだろッ!」
「ッ! ロード……」
活動報告にキャラクターラフを載せましたので、よかったらご覧になってくださいませ(´∀`*)




