第174話:弱点
「定時連絡が途絶えた町は!?」
「全てですっ……4つの町全てから……応答がありません……!」
「クソッ……アークマリンは!?」
「連絡がつきません……! 恐らく既に……」
「な、なんということか……」
ギリシア城の一室には、既に軍の幹部達が集まっていた。
そこにはフリードリッヒを始め、四騎将達とグラウディにマリアナ、そしてロードとバルムンクの姿もあった。
ロード達はレヴィを追う為に階段を下っていたのだが、そこに現れたスパルタクスに呼び止められる。
彼からギリシア領の町から定時連絡が途絶えたことを報され、ロードは後ろ髪を引かれながらも会議室へと足を向けたのだった。
「……バルムンクどうだ?」
「確かに匂う……ごめん気付かなかった……」
バルムンクの鼻があれば、もっと早く竜族の接近に気付けた筈だった。
だが、この嵐に加え、レヴィのことがバルムンクの鼻を鈍らせしまい、竜族の侵攻を察知することが出来なかったのである。
「そうか……数は?」
「確かな数は分からないけど……多分2、3千は……」
「そんなに……」
一般的な兵士の戦闘力には多少ばらつきがあり、冒険者の大体CからAランクに相当する。
四騎将ともなれば、その強さはSSランクと同等だと言っても過言ではない。
つまり、所持している魔法や兵士の練度にもよるが、かつてロードがヒストリアで討伐したフレイムワイバーン程度であれば、兵士10人程でドラゴンを1匹倒すことは可能である。
現在ギリシアにいる戦力は、滞在している冒険者を含めて約3万。
対する竜族の数は、バルムンクが言ったようにおよそ3000。
つまり、数の上では互角といっても過言ではない。
しかし問題は質である。
今ギリシアに迫っているドラゴン達は、ドラゴニアという厳しい環境下を生き抜いた本物のドラゴンであり、ヴァルハラにいるドラゴンとは格が違う。
1匹1匹が二つ名クラスと考えて差し支え無く、また、それぞれの種族を束ねる長に至っては、雑兵がいくら集まったところで全く意に返さない力を有している。
その強さは当然SSSランクであり、竜王ヨルムンガンドを含めたその長達だけでも、恐らくギリシアを陥落させうる力を持っていると考えられていた。
これを鑑みれば、最初からギリシアに勝ち目などないように思えるがそれは違う。
「フ、フリードリッヒ様……いかがいたしましょう?」
「……迎え撃つしかあるまい。すぐ全軍に通達を出し、冒険者ギルドと連携を取れ! 彼らにも協力してもらわねば、この危機は乗り超えられん!」
「フリードリッヒ様……SSSランク冒険者の件は?」
先に行われた軍議より前から、ギリシアはSSSランク冒険者に依頼を出していた。
これは神獣が出現した頃から要請を出し続けており、竜族の侵攻に備える為にも彼らの力が必要だったからである。
「……通達はいっている筈なのだが、まだ明確な返事は返ってきていない。このことはギリシアだけの問題ではない筈なのだが……」
「あっ!?」
「どうし……っ!?」
バルムンクが声を上げた刹那、ギリシア内部から巨大な衝撃音がこだまする。
「い、今のは!?」
「やばい……もう町の中にいる! この匂いは海竜種……!」
「ぐっ! やはり堤防は既に……! このタイミングで攻めてきたことといい、奴らこの嵐を……!」
その時、部屋の扉が勢いよく開かれ、1人の兵士が中へと飛び込んできた。
「ご、ご報告致しますッ! 西の魔方陣が……破壊されましたッ……!」
「なっ!? 馬鹿な! 何故奴らがそれを……!」
ギリシアには、竜族と渡り合えるだけの力が2つあった。
1つはギリシアを守る強力な結界。
ギリシアを囲う壁には、優秀な結界魔法使い数名が年単位の時間を掛けて刻んだ魔法陣が描かれており、それに魔力を注ぎ込むことで、空からの侵入や攻撃を阻むドーム状の結界を生み出すことが出来るようになっていた。
この結界はジルやスパルタクスなどを含めたギリシア軍の総攻撃に耐えるなど、その防御力の高さは折り紙つきである。
もう1つが対竜兵器。
ドラゴンとの戦闘において最も厄介なのが、彼らが持つ飛行能力である。
人間の中にも魔法を使い空を飛べる者はいるが、それはあくまで少数であり、上空から一方的に攻撃されれば手も足も出ない。
そこで長年ドラゴンに苦しめられていたアルメニアは、彼らを地に落とす兵器の開発に着手する。
ドラゴンは鋼鉄の皮膚を纏っており、生半可な攻撃では彼らを撃ち落とすことが出来ない。
故にアルメニアは、直接的な攻撃で撃ち落とすのではなく、ドラゴンから飛行能力を奪うという一点に心血を注ぐ。
ドラゴンを捕縛し研究を重ねた結果、魔石にある特殊な術式を込めて撃ち出すことで、当たったドラゴンの翼付近の筋肉を麻痺させる兵器の開発に成功した。
それこそが、現在ギリシアに配備されている対竜兵器"バリスタ"である。
3万の兵力に加え、強力な結界とバリスタにより、ギリシアは竜族の侵攻に耐えうる力を持っていた。
だが、強力な2つの力にも弱点がある。
ギリシアは常に太陽の光が降り注ぐ乾燥した地域の為、町の至る所に大小様々な水路が通っていた。
その源は豊穣の川ミズガルズ。
北西から引き込まれた巨大な水路は、そのまま地下を通って町の中心へと入り、そこから細かく分かれて町に水を運んでいる。
そこまではいい。
問題は、この地下にある水路まで結界が届いていないということであった。
当然これはギリシアの秘中の秘であり、このことを知る者はギリシアでも限られている。
同じようにバリスタにも弱点があった。
バリスタは筒から魔石を撃ち出す際、火の魔法を込めた魔石を使用するのだが、雨が降っていると火の威力が下がり、飛距離があまり伸びなくなってしまう。
さらに吹き荒れる暴風雨が、ドラゴンに狙いを合わせる妨げとなっていた。
「全て看破されていると考えるべきか……聞いてくれロード! 壁に刻まれた魔法陣が破壊されれば、ギリシアを守る結界は消えてしまう。それは全部で4箇所あり、1つ破壊される度に強度が下がる。これがそれを記した地図だ。既に1つ……なんとしても残る3つの魔方陣の破壊を阻止してくれ! 外は我らが受け持つ! だからギリシアを……頼む」
「……はいっ! バルムンクいくぞ!」
「うんっ!」
「ジルもいけ! 兵を連れ、民を城へと誘導するのだ! それが無理なら地下避難所へ向かわせろ!」
「はっ!」
ロード達は会議室を飛び出し、城の外へ向けて駆け出した。
「奴ら水路を通って……匂いがどんどん広がってる!」
「くそッ……!」
「私も行く!」
「俺もだ!」
いつの間にかマリアナとグラウディも一緒に来ていた。
5人は走りながら互いに頷き合う。
「すまないロードくん……レヴィさんには私からも説明する」
レヴィがいなくなったことは既にジル達にも伝わっている。
マリアナは責任を感じ、ロードと行動を共にすることにしたのだった。
「……マリアナさんの所為じゃないです。俺がレヴィを不安にさせてしまったから……だから俺の責任です。とにかく今は竜族をなんとかしないと!」
口ではそう言ったロードだったが、内心は今すぐにでもレヴィに会いに行きたかった。
だが、状況がそれを許さない。
5人は階段を駆け下り城の外へと出る。
嵐はおさまることを知らず、より一層激しさを増していた。
「……完全に囲まれてる。南の方角からは翼爪竜種、息吹竜種、多頭竜種、巨腕竜種……北西からは大竜種……町の中からは海竜種の匂いが多数……!」
「クソッ……やはり堤防は完全に決壊したようだな……二手に分かれるぞ! 私は兵を連れてグラウディと共に南へ行く! ロード達は北と東を頼む!」
「分かりました!」
「とにかく民を城か地下へと避難させ、海竜種に内側から壁を破壊されるのを阻止せねばならん! もしそうなれば……ギリシアは陥落する……!」




