第168話:余裕
「俺達を……疑っている?」
「ああ……誓って言うが、私を含めて君らを信じている者の方が多い。だが、軍にも……いや、このギリシアにも派閥というものがあってな。実は今この国は、継承問題で揺れている真っ最中なのだ」
継承問題?
それって……。
「やはり陛下のお身体は芳しくないようですね……」
「あ、ああ、そうか……レヴィには"視える"のだったな」
「どういうことだレヴィ?」
「あ、申し訳ありませんロード様……お伝えしようかと思っていたのですが……その……忘れておりました……」
うぐっ……。
もじもじしながら上目遣いは反則だぞ。
色々抑えが利かなくなるからやめてください……。
「き、気にしないでいいよ。それでどういう……」
「それは私から話そう。すまないがもう他の者は集まっているのだ。行きながらでも構わないか?」
「あ、はい……それじゃ、バルムンクとアスカロンも来てくれ。竜族の話もした方がいいだろうし」
「分かった」
「承知致しました」
「あ、ジルさんとは初対面ですね。2人とも伝説の武具で、竜に詳しいので色々話を聞けると思いますよ」
「バルムンクよ。よろしくね」
「アスカロンと申します。よろしくお願い致します」
「なるほど……ジルだよろしく頼む。よし、ではついてきてくれ」
俺達はジルさんに続いて部屋を後にする。
長い廊下を歩きながら、ジルさんは今この国がどういう状態かを話し始めた。
「正直なところ、あまり言いたくはないが……陛下のお身体はかなり悪い状態にある。今回の重要な軍議にも参加出来ない程にな」
そんなに……。
確かに肌がかなり白かったが、あれは元々じゃなくて病気のせいだったのか?
「あの、病気なら治せますけど……」
「いや、陛下の体調不良はご高齢からきているものだ……こればかりは避けられん」
そういうことか。
それはアスクレピオスでも治せない。
「現在陛下の後継者は、陛下のお子であらせられるお2人に絞られている。王子であらせられるフリードリッヒ=パウロス=ギリシア様、そしてもうお一方が王女であるオルガ=コンスタンチノヴァ=ギリシア様だ。それぞれ今年、フリードリッヒ様は55歳、オルガ様は35歳になられる。お2人とも陛下のように聡明であらせられるのだが……とにかく仲が悪くてな……故に陛下もどちらを後継者にするか決めかねておられるようなのだ。下手をすれば国が割れる可能性があるからな。実際その所為で既に臣下も2つに割れ、陛下とは違う道を進まれようとされているフリードリッヒ様派と、陛下のご意志を継ごうとされているオルガ様派に別れているというのが現状だ」
「なるほど……因みにジルさんはどっちに?」
「騎士団は政治に関与しない……が、軍部の全権を握られているのはフリードリッヒ様だ。オルガ様は陛下と同じく内政に力を入れておられる方でな。あまり軍事には興味がない。で、ここからが問題だ。ロードを疑っているのが……フリードリッヒ様なのだよ。つまり軍部の見解として、ロードがティタノマキアのスパイなのではないかと……そういった話になっている。これはロードが"元無能"だと知った時点でそう考えていたようなのだ。そして、今回の一件は我々を騙す為に語った虚偽であるとな。もちろん私は反論したのだが……本当にすまない……」
「そういうことですか……つまり、俺は疑われているとは知りませんでしたけど、疑われているのを察知した俺が、その疑いを晴らす為にティタノマキアの情報を提供した風を装っていると……そう捉えられた訳ですね?」
クロスは俺に対し、ティタノマキアの情報をそこまで語っていない。
単純に考えて俺に邪魔されるのを避ける為なんだろうけど、フリードリッヒ様にしてみれば大した情報でもないし、疑いを避ける為に言っているだけにしか映らなかったのだろう。
「……その通りだ。なんなら今回の神獣……フェンリルの一件すらもティタノマキアが絡んでいると思っておられる節がある。つまり、ロードがスパイとして潜入する為の偽装だったのではないか……とな。アルメニアを滅ぼしたのがティタノマキアであったことで、その牙がいつギリシアに向くか分からないと軍部はかなりナーバスになっている。フリードリッヒ様は慎重なお方……無論そのおかげでギリシアが守られている部分も大いにあるのだがな」
「……現状はよく分かりました。で、俺はどうすればいいですか?」
「うむ……といっても疑いを晴らす証拠などないし、そもそもロードはティタノマキアでもなければスパイでもない。だから普段通りに振る舞うしかないだろう。それに、私を含めお前を買っている人間はいるし、フリードリッヒ様も最初からお前をどうこうするつもりで軍議への参加を要請した訳ではない筈だ。恐らく見極めようとされて……おっと、ここだ。とにかく嘘偽りなく話をするしかない。ではいくぞ」
頷く俺を見た後、ジルさんは大きな扉をノックしてそれを開ける。
開いた扉の先には長方形のテーブルがあり、両端にある座席に鎧を着た男性がそれぞれ腰掛けていた。
そして部屋の入り口から見て正面……そこには陛下によく似た男性が腕を組んで座っている。
恐らくあの人がフリードリッヒ様だろう。
「第三騎士団長ジル=エクスプロジオン……ただいま参りました。ロード=アーヴァイン、レヴィ=アルムロンドもここに」
「ご苦労。ところで……その者達は?」
「あ、彼女達はロードの魔法により肉体を得た伝説の武具達です」
「私はバルムンクよ。よろしくね」
「アスカロンと申します。よろしくお願い致します」
「なるほど。それが報告にあった生命魔法の力か。バルムンクにアスカロン……どちらも竜狩りの剣だったな。しかし、わざわざ来てもらってすまないが座席が……」
「あ、私らは立ってるから気にしないでいいわよ」
「お構いなきように……」
「そうか……ではジル」
「はっ」
ジルさんに促され、俺とレヴィは入り口からすぐの椅子に座る。
バルムンクとアスカロンはその後ろに立ち、ジルさんは俺から見て右側の座席に座った。
「さて、これで揃ったな。まずは自己紹介をしておこう。私はフリードリッヒ……ギリシアの軍部を任されている者だ。よろしく頼む」
やはりこの方がフリードリッヒ様か。
陛下と同じ白い長髪に青い瞳だが、肌の色は普通だった。
それにしても……とても55歳には見えないな。
もっと若く見える。
「ロードです。よろしくお願いします」
「レヴィと申します。よろしくお願い致します」
「うむ。では、他の者も紹介しておこう。ジルの隣にいるのが第一騎士団長スパルタクス、その正面にいるのが第二騎士団長テーベ、その隣が第四騎士団長ニアだ」
これがジルさんを含めて四騎将と呼ばれている人達か……全員威圧感がすごいな……。
テーベさんは茶色い短髪に顎髭を蓄え、細身の身体に銀色の鎧を身に付けている。
ニアさんはブロンドの髪をしており、クルクルとした癖がついていた。
彼もテーベさんと似たような鎧を着ており、じっと俺を睨みつけている。
そして、一番大柄なスパルタクスさんは筋肉の塊みたいな人で、黒髪の坊主頭に加え、口の周りを覆う髭がより威圧感を高めていた。
そして、やはり物凄い形相で俺を睨みつけている。
怖い……。
「さて、君らを呼んだのは他でもない……ティタノマキアについてだ」
寄り道は無しか……。
「今日君らが会ったというティタノマキアのリーダークロス……そいつは君らと話をしに来たというが、何故ここに君らがいると知っていたのだ?」
もっともな質問だ。
だが、答えは"分からない"。
とにかく正直に答えるしかないな。
「分かりません。実は以前にも似たようなことがありましたが、その時も奴らは突然現れました。恐らくですが、人を探せる魔法か何かがあるのではないかと……」
「魔法か何かか……便利な言い訳だな」
「……控えよテーベ」
想像以上に疑われているな……。
これを解消するのはかなり厳しいかもしれない。
フリードリッヒ様はまだ公正に俺を見極めようとしているみたいだが、ジルさん以外の騎士団長の目は違う。
「失礼致しました……ですがフリードリッヒ様、この者は"元無能"なのでしょう? ならば、"元無能"の集団であるティタノマキアと繋がりがあってもおかしくはない」
「テーベ貴様……我が友を侮辱するか……!」
「そうではない。全てはギリシアの為よ。アルメニアの悲劇をギリシアで繰り返すことはなんとしても避けねばならん。それは貴様も分かっておるだろう?」
「何度も言ったが、ロードはティタノマキアなどではない! 神獣を駆逐し、今はギリシアを守る為に留まってくれている……それを貴様は!」
「その神獣を倒した瞬間を貴様は見ていないのだろう? それでは分からぬではないか。本当に神獣を駆逐したのかどうかが」
「確かに私はその場を見てはいない……だが! あれは間違いなく人間の敵だった!」
「……その辺にしておけ」
フリードリッヒ様の静かで重い声が部屋に響き、テーベさんとジルさんは口を閉じた。
「すまないなロードよ。だが、我らには余裕がないのだ。この状況下で……人を信ずる余裕がな。陛下を始め、ケルト王やニーベルグ王、そしてジークの信頼を勝ち得ていたとしても……それでも尚だ」
フリードリッヒ様の目は優しく、強く、そしてどこか悲しげだった。
俺がティタノマキアではないという証拠は何もない。
だから残されたのは……。
「……分かっています。俺は余所者ですし、皆さんからすれば怪しく見えるかもしれません。ただ、1つだけいいでしょうか?」
「……申してみよ」
「俺は……自分が出来る限り、誰かの幸せを守りたいんです。脅威が迫っていると知っていて、ここを離れることは出来ません。それに、ジークさんに託されましたから……"ギリシアを頼む"と。だから力になりたい……ただ……それだけです」
この……想いしかない。




