第164話:英雄
さっきからそうですけど、そう言われるとやりにくいんですよね……。
そもそもこの方の服装がちょっと……。
なんせ彼女の格好は、胸と腰回りを恐らく自身である縄で巻いているだけ。
さらに私が鎖を絡めると、なんだかとっても卑猥な感じに……。
まぁ、それもあってロード様には町に行ってもらったのですが。
「……私そっちの趣味はないよ?」
「ち、違いますっ……! もうっ……いきますよ!?」
「ぎゅっとやってぎゅっと!」
それにしても……まさかグレイプニル様の夢がこれとは……。
私の鎖が彼女の身体を締め上げると、途端にその顔が恍惚の表情へと変わっていく。
「あぁっ……! 縛られるって……最っ高っ!」
そう……。
"いつも自分が縛る側だから縛られてみたい"。
それがグレイプニル様の夢だった。
「しかも力が封じられるこの感じっ……たまんないよぉっ!」
集中集中……。
「そうっ……無理やり抑えて……あっ……いいよ……」
グレイプニル様曰く、ご自身が相手を封じる時、身体は強く締め上げ、相手の能力は縄に吸収させるイメージらしい。
そしてその持続力は、慣れと私の集中力次第だという。
「くっ……!」
「やん……もう終わりぃ?」
……確かに集中力を鍛えるにはいい修行かもしれないですね。
「もう一度……お願いします」
「うん! 好きなだけ縛って!」
「は、はい……」
ま、まぁ、よろこんでくださってますし……私にとってもありがたいことですからね……。
そういえば、ロード様が町にお連れしているあの方も中々特殊なお人柄でしたが……大丈夫でしょうか?
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彼女がこうなってから、もう既に1時間が経とうとしている。
綺麗に飾られたそれを見つめる彼女の目は、欲しいおもちゃを目の前にした子供のようだ。
しかし……。
「な、なぁ……1つくらいなら買えるけど……」
「結構。見ているだけでよいのです。邪魔をしないでいただけますか?」
「あ、はい」
取り付く島もないな……。
彼女は俺を軽くあしらうと、店員さんを呼び寄せては同じ質問を繰り返していた。
「ねぇあなた、この指輪に付いている黄緑色のものはなんというのかしら?」
「は、はい……それはフェルメンツィと申しまして、ギリシアで最近発掘された新しい……」
「ふーん……この私が知らないものがこんなに……ふふっ……素晴らしいですわねぇ」
「聞いたなら最後まで聞きなさい……すいません……もう少ししたら帰るんで……」
「あ、いえいえ! お好きなだけ見ていってください」
「あら嬉しい。では、お言葉に甘えて……うふふ」
もう十分甘えている……と言いかけたが、面倒臭くなりそうだったのでグッと堪える。
彼女……エッケザックスは恍惚の表情を浮かべると、銀色の瞳を潤ませながら、ガラス越しに光る宝石達をじっと見つめていた。
彼女の願いは"自分の目で宝石を眺めること"。
宝石を生み出せる彼女にとってはそれだけで満足であり、そしてそれが新たな力になるのだという。
結局それからさらに1時間……俺はそんな彼女を眺めることになるのだった。
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「んー! 大満足ですわ! ありがとうロードさん」
宝石店を後にし、一緒に町を歩く彼女は幸せそうにそう言った。
よほど嬉しかったのか、金色の短い髪を揺らしながらスキップまでしている。
その度に、黄金の鎧に散りばめられた宝石達がキラキラと輝いていた。
ついでに目のやり場に困る双丘を揺らしながら。
「そ、そりゃよかったよ。もういいのか?」
「ええ、他の者に代わりましょう。またお呼びなさい。このエッケザックス……受けた恩は必ず返す主義ですわ」
「ありがとうエッケザックス。また必ず呼ばせてもらうよ」
「うふふ……楽しみにしていますわ」
人目につかないよう路地裏に入り、彼女から魔力を抜く。
エッケザックスは笑顔で手を振りながら、元の姿へと戻っていった。
まぁ喜んでくれたならよかったかな。
美しい宝石剣を手帳に納め、俺は手帳をパラパラと捲る。
また新しい人が増えており、俺に力を貸してくれる人の数は60人以上になっていた。
いなくなった人を含めても半数を超え、捲るページのほとんどが輝きを放っている。
増えた人はまたレヴィと一緒に確認するとして、とりあえずは世話になった人からにしようかな。
「よし、この人にするか。ウィガール」
俺の呼びかけに応え、手帳から銀色に輝く鎖帷子が姿を現す。
フェンリルとの戦いでは世話になったからな。お礼しておかないと。
そうしてウィガールに生命を与えると、銀色の光を放ちながら一瞬で姿が変わっていく。
「これは……かなり小さい……」
そうして現れたウィガールは、まるで妖精のような姿をした女の子だった。
大きさは俺の手のひらくらいで、背中からは羽根が生え、それを羽ばたかせて空中に浮かんでいる。
長い髪も瞳も銀色で、その身体には自身である鎖帷子を身に纏っていた。
「わぁ……!」
そう声を漏らしたウィガールは、嬉しそうに空中をくるくると舞い始める。
彼女が飛んだ後には銀色の軌跡が残り、彼女の姿も相まってか、町の中だというのになんだかとても幻想的だった。
ウィガールはひとしきり飛び回った後、俺の顔の前まで飛んでくると、にっこりと笑って頭を下げる。
「素敵な身体をありがとう主人。私はウィガール。よろしくね」
「ああ、よろしくなウィガール。この間は君のおかげで助かったよ。礼をしたいんだけど、何か願いはあるか?」
「んーそうねぇ……なら、私を乗せて町を歩いて欲しいかな!」
「町を?」
「目で、鼻で、耳で……貰った身体でこの世界を感じたい。本当は飛び回りたいけど、町の中じゃ目立っちゃうでしょ?」
「そっか……分かった。じゃあ、肩にでも乗ってくれ。満足するまで町を回ろう」
「うん!」
俺は彼女を肩に乗せ、町の中を流れる水路に沿って道を進む。
白で統一された町並みは、歩く道も白い石で綺麗に整備され、町行く人々の顔もどこか幸せそうだ。
「いい町ね……綺麗……」
「ああ、そうだな。そういや、ウィガールがいた時代もギリシアってあったのか?」
「んー多分あったと思う。でも、思い出すのは戦争のことばかりでね。前の主人……アーサー様は戦場に生きる人だったから」
アーサー……エクスカリバー、プリトウェン、ウィガールを操った大英雄か。
確か他にもまだあったな。
「やっぱりすごい人だったんだろ?」
「まぁね。常に冷静で判断も的確、武具の扱いも魔力量もすごかった。なにより私達を大事にしてくれてたし、大英雄と呼ばれるだけの器を持った人だったよ。あ、もちろんそれは主人も同じ。だから力を貸すことにしたの」
「んー……以前ヘラクレスにも似たようなことを言われたけど、そんな大英雄と比べたら全然……」
「いいえ……主人はもっと自分を誇るべきね。私達伝説と呼ばれる武具はそう簡単に扱えるものではないわ。アーサー様だって主人ほど多く武具を操っていた訳ではないし、それは他の英雄にしても同じこと。桁外れの魔力量、技量に器量、そして人格……それがあるからこそ私達は主人に従っている。まぁ、こうして身体を貰えるからって理由もあるけれど、それも主人の才能の1つでしょう?」
「はは……そんなに褒められても困るけどな。まぁ、そう言ってもらえると嬉しいよ」
「ふふっ自信を持つことは大切よ? 最初から出来ないと思っていたら何も出来ない。自分を信じ、出来ると確信した者だけが成し遂げる……英雄とは、そんな人達のことを指す称号よ」
「分かった……肝に命じておくよ」
「うん! やっぱり主人は素直でいい子ね。あ、ねぇねぇ! 私ご飯を食べてみたいんだけど……」
ん、そう言われると俺も腹が減ってきた。
もう昼過ぎだし、どこかで何か食べていくか。
「よし、じゃあ……」
その時だった。
何故だかは分からない。
前から歩いてくるその男に、俺は咄嗟に身構えていた。
その男はそれを察し、俺の数メートル手前で足を止める。
そして、その男は微かに笑みを浮かべながら口を開いた。
「初めましてだな……ロードよ」




