第163話:手紙
「シェリルぅー!」
「わっ!」
宿を出た瞬間リセルに抱きつかれた。
それが嬉しくて……ちょっと鼻がツンとなる。
「心配かけてごめんね……」
「ううん! シェリルが無事でよかったにゃ……」
「リセル……」
「俺はシカトかよ……見つけたのは誰だと思ってやがんだ」
あ、忘れてた。
「ごめんごめん! ありがと……フェイク」
「へいへい……」
「てか、どうやってここに?」
「歩きながら話す。行くぞ」
「あ、うん……ん?」
そう言って歩き出したフェイクの足元に、小さな黒い犬みたいなのがいた。
その子は彼の後についてとことこと歩いている。
「そ、その子は……?」
「ああ。お前を見つけたのはこいつだよ。戦闘能力はほとんどねぇが、便利だからストックしてんだ。名前は"追跡狼"。斥候や探索なんかに使われる魔物だよ」
チェイスウルフはフェイクの足元をうろちょろしながら尻尾をパタパタと振っている。
よく見ると……結構可愛いかも。
「こいつの鼻は普通の犬とはモノが違う。見つけたい奴の匂いのするもんさえあればどこまでも追跡できっからな。ま、寒いとこだと鼻が効かなくなるって弱点もあるが……ここいらなら心配ねぇ」
……匂いのするもの?
はっ!?
「あんたまさか……私の何かを!?」
この変態……!
「おいやめろ勘違いすんな! これだよこれ!」
フェイクは慌ててポケットから何かを取り出す。
「あ、それ……」
フェイクの手にはあいつらに奪われた私の通信魔石が握られていた。
彼はそれをいきなり私に放り投げる。
「わっわっ!」
「次はなくすなよ? 結構たけぇんだから」
「な、なんでこれをあんたが……」
「今日の探索はお開きだってお前に連絡したんだよ。そしたら男が出てな。"女は預かってる"とかぬかしやがったから、そいつらがいる店に行ったのさ。んで、全部聞いてきた。ついでにシメといたから安心しろや」
そうだったんだ……。
「あ、じゃあ聞いたの?」
「ああ。お前が誰かに連れ去られたことはもちろん、無能のカレンって奴の話もな。それに……」
フェイクは再びポケットから何かを取り出して私に見せた。
「……布切れ?」
「ただの布切れじゃねぇ。カレンが布団代わりに使ってたもんの切れ端だ。あのクソどもをとっちめたら色々教えてくれたぜ。奴らの店の倉庫が寝床だったらしくてな……そこにこいつがあった」
フェイクはヒラヒラと布切れを揺らしながらニヤリと笑う。
あ……そっか!
「もうこの町に用はねぇ。後はこいつに任せれば問題無しだ」
「ウォン!」
チェイスウルフは嬉しそうにフェイクの周りをクルクルと走り回る。
よかった……。
これで無能と呼ばれた子を見つけることが出来る。
けど……。
「ごめん……私ドジっちゃって……迷惑掛けた」
私がしっかりしていればもっと早くこれに辿り着けていたし、2人に心配を掛けることもなかった。
魔法がちょっと使えるようになったからって……何やってんだろ私……。
「んな顔すんなバカ。これはお前のお手柄だよ」
フェイク……。
「で、でも……!」
「まぁ確かに不用心だったかもしれねぇ。その助けてくれたっていう冒険者がいなけりゃやばかっただろうな。だがまぁ……そもそもお前があの店に行かなけりゃこいつは見つかってねぇし、仮に見つけたとしても今より遥かに時間が掛かっただろうよ」
「そうにゃそうにゃ! こんなに早く見つかったのはシェリルのおかげにゃ! だからこっちこそ……ありがとうにゃ」
「フェイク……リセル……」
「新米の分際で一丁前にへこんでんじゃねーよ。誰だってヘマはする。仮に今回の件でなんの収穫がなかったとしても、別にお前を責めたりしねぇ。問題はそれをどう活かすかだ。失敗がお前の糧になりゃそれでいい」
「フェイクの言う通りにゃ。それに、シェリルは1人じゃないにゃ……仲間がいるにゃ」
そう言うとリセルはニコッと笑って私の手をぎゅっと握ってくれた。
あったかい……すごく。
「……うん。ありがとう。頑張る」
「ん、分かりゃいい。つかお前すげーな。なんであの店入ったんだよ?」
「え、いや……勘?」
「マジかよ……そんで情報ゲットして、偶然助けられて、魔石奪われたおかげで俺らと合流出来たと……運がいいというかなんというか……」
「あー……確かに昔っから運はいい方だと思う。まぁ無能になった時点でアレだけど……」
「ははっ! ちげぇねぇ……」
「でも、そのおかげでシェリルに会えたにゃ!」
あ……。
「うん……そうだね」
そうだ……もう過去はどうでもいい。
今こうしているのが幸せなんだ。
だから、今苦しんでいる人を今度は私が……。
「さーて……んじゃ、このままカレンちゃんとやらに会いに行きますかね」
「了解にゃ!」
「うんっ!」
私達は闇に包まれた町を歩く。
これが私達のいる世界。
でもいつか……日の光がきっと……。
――――――――――――――――――――――
「アスナこれ……」
「シェリル……行っちゃったんだ」
私達が朝起きると、既にシェリルの姿はどこにもなく、机の上に手紙とお金が置かれていた。
ティアはそれを読むと、ちょっと悲しそうに笑った。
「仲間の人が迎えにきたみたいだね……よかった。はい、アスナ」
「ん……」
――――――――――――――――――――――
ティアとアスナへ
いきなりいなくなってごめん。
仲間が迎えに来てくれたからいくね。
助けてくれて本当にありがとう。
あと、色々と優しくしてくれて嬉しかったよ。
また明日って言ってくれたのに約束破ってごめん。
お礼とお詫びになるかは分からないけど、少しお金を置いていくね。
あと、2人がどこに行くかは聞いてなかったけど、北には行かない方がいいよ。
それじゃ……さようなら。
ありがとう。
シェリル
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「"さようなら"……か」
「うん……"またね"じゃなかったね……」
北には行かない方がいい……。
やっぱりシェリルは北の地域から来たんだ。
多分戦争をしてるからだと思うけど……なんか引っかかる。
「ねぇアスナ、北には行かない方がいいってのは戦争してるからかなぁ?」
どうやらティアも同じことを考えていたみたい。
「多分ね。でも、そんなの誰でも知ってる。シェリルはなんでわざわざそれを書いたんだろう?」
「だよね……」
「それに"さようなら"っていうのがね……」
「……ねぇアスナ。わがまま言ってもいい?」
なんとなく何を言う気なのか分かった気がした。
多分、私も同じことを考えてる。
「北に行こう」
……やっぱりね。
「もちろんロードさんには会いたい……けどね、このまま行ったらダメだと思う」
シェリルは何かを抱えてる。
私達に何が出来るのかは分からない。
だけど……。
「うん……私もそう思う。上手くは言えないけど……このままじゃダメだ」
ロードならきっとそうする。
だから、私達もそうしなくちゃ。
「あ!」
「ど、どうしたの!?」
「大変だ……お腹空いたよ!」
「ぷっ……じゃ、ご飯食べて、それから出発しよ? 魔石は買ったしね」
「おーし! ご飯を食べたら探すぞー!」
どこに行ったかは分からないけど、ティアの力なら見つけられる可能性は高い。
もちろんロードには会いたい……でも、そう思ってしまった以上、シェリルを放ってはおけなかった。
結果として何もなければそれでいい。
「肉と魚……迷う!」
「はいはい……両方食べようね」
――――――――――――――――――――――
「グ、グレイプニル様っ……もうダメですっ……!」
「ダメぇっ! まだダメぇっ!」
「んっ……ううっ……!」
「そう……いいよぉ……そのままぁっ! やんっ!」
グレイプニル様の身体に能力を封じる鎖を巻きつけ、それを必死に維持する。
けど……!
「あっ……!?」
やっぱりもって数秒……。
でも、少しずつ伸びている……気がする。
「うん! 悪くない感じよぉ! さ、続けましょ!」
「グ、グレイプニル様……ちょっと休憩を……」
「んーそうねぇ……じゃ、ちょっと休憩ぇ」
「ふぅ……」
私は床に仰向けに転がる。
うー疲れた……やっぱりなかなか上手くはいかない。
前よりはコツを掴んだ気はするが、まだまだこんなものではダメだ。
もっともっと……強くならなければ。
ロード様の為に……。
「はい、休憩終わりぃ!」
はやっ……!
「は、はい……!」
フェンリル討伐から数日、私とロード様は未だギリシア城にいた。
ロード様は情報収集を兼ねて武具様の願いを叶えに町に行かれ、私はグレイプニル様に指南を受けている真っ最中。まぁこれには別の意味もありますが……。
彼女は黄色く短い髪を揺らしながら、手を広げて私の前に立つ。
そして紫色の綺麗な瞳で私を見つめると、どんっと自分の胸を叩いた。
「さぁ! 私を縛り上げてっ!」




