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無能と呼ばれた俺、4つの力を得る  作者: 松村道彦
第5章:それぞれの戦場で
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第162話:表裏

 

 静まり返った薄暗い店内で、フェイクは椅子に腰掛け虚空を見つめていた。

 その手には取り戻したシェリルの魔石があり、それを手のひらの上でコロコロと転がしている。

 壁に取り付けられたランプの淡い光。

 それが彼の顔と血に汚れた赤い床を微かに照らす。

 たちこめる生臭い鉄の臭気が鼻を刺激しても、その表情は一切変わらなかった。

 フェイクが段々と冷静さを取り戻し始めたその時、彼自身が持っていた魔石が光を放ち始める。


「ん……おう」


『おう……じゃないにゃ! フェイクどこにゃ!? シェリルは!?』


「あ、わりぃ。連絡すんの忘れてた。シェリルは……行方不明だ」


『……はぁ!?』


「今そこいくから待ってろ。訳は会って話す。じゃ」


『ちょ、ちょっと……!』


 一方的に通信を切り、フェイクは怠そうに立ち上がる。バーから外に出ると、既に辺りは暗闇に包まれていた。

 ゆっくりと大通りへ向かいながら、彼はふと今までのことを思い出す。

 活動を始めて約3年。

 何人もの同胞を救い、彼らが思う何人もの悪を裁いてきた。

 当然彼らティタノマキアは、無能に対する世界の呪いを知っている。

 無能に対する憎しみの感情、それは知らなければ逃れられない呪縛であると。


 しかし同時に、全ての人間が非道に走る訳ではないことも分かっていた。

 無能に対する対応は基本的に村八分。無能と呼ばれる人間をひたすらに嫌悪するというのがその本質。

 もちろん最初から歪んでいる人間……つまり、平気で犯罪に手を染めるような輩はそれ以上の感情を抱くことが多かった。

 ロードに対するフウロ、ティアに対するホルス、シェリルに対するアルメニア王がそうだったように。

 ただ、無能と呼ばれる人間が何かをした時、つまり誰かに危害を加えた場合は話が変わる。

 罪を犯した者に哀れみを向ける聖女ですら、無能の罪人には"今すぐ殺せ"と声を上げる。

 フェイクはそんな場面を何度も見てきた。


「俺らが何をした……なんで俺らは……」


 フェイクはいつもそう問い掛ける。

 しかし答えは分からない。

 それでも彼は問い続けるだろう。

 憎しみと悲しみの連鎖を、彼らの刃が断ち切るその日まで。



 ――――――――――――――――――――――



「じゃあ2人はその人に会うために?」


「うん……もう待ってるだけなのは嫌だから」


「私達のわがままだけどね……」


 こんな可愛い子2人がそこまで想う人かぁ。

 ちょっと会ってみたいかも。


「すごいねその人……ロードだっけ? よっぽどかっこいいんだ」


「んー……かっこいいのもそうだけど、やっぱ優しいところかな……」


「ふーん……のろけるねぇ……」


「え、えへへ……」


 その時ふとアスナを見ると、はにかんで照れるティアとは対照的に、なんだか少し悲しい表情をしている気がした。

 あれ……なんだろう……。


「そういえばさ、シェリルの仲間ってどんな人なの?」


「あ、そうだね! 明日探すんだから聞いておかないと」


 アスナの顔に笑顔が戻る。

 気のせいだったかな……?


「うん……っていうかほんとにいいの? 急いでるんでしょ? 助けてもらっただけでありがたいし、明日は1人でも……」


「まーいいからいいから! 乗りかかった船ってやつよ!」


「そうそう。それに、こうして会えたのも何かの縁だからさ」


「そ、そう……? じゃあお言葉に甘えるわ。私の仲間は2人いて、名前はフェ……」


 あ、やば!

 フェイクは名前が知られてるんだったっけ……!


「フェ……?」


「あ、うん! フェ、フェミニオンとリ……リ、リンリンっていうの……」


 へたくそか!

 わ、我ながらひどすぎる……。

 ダメだなぁ……こういうの慣れてないから……。


「フェミニオンさんとリンリンさんね? どんな格好?」


 私は2人の容姿を伝える。

 フェイクはフード付きの青いコートみたいな服を着てるということだけにして、リセルはある程度そのまま教えた。

 因みに、この町に入ってからリセルは耳を出していない。


「おっけー! じゃあ明日は早く起きなきゃだね!」


「ティア……そんなに興奮してると寝れなくなっちゃうよ?」


「大丈夫! 私寝つきがいいから!」


「ふふっ! なんか子供みたいね」


 その様子があまりに可愛くて、私は思わずそう言って笑ってしまった。


「あ、笑った!」


「うん、やっと笑ってくれたね」


「え……?」


「いやーなんかさ、シェリル起きてからずっと悲しそうな顔してたから……」


「なんか悩みでもあるのかなってちょっと心配だったんだ。でもよかった」


「あ……そ、そっか……心配してくれて……ありがとう」


 2人とも……ほんとにいい子だなぁ。

 もっと違うタイミングだったら、このまま友達になれたかもしれない。

 でも、私が無能だったと知れば……きっとミルやリンみたいになる。

 それに……私はティタノマキア。

 彼女達とは住む世界が違う。

 本当の意味で私を理解してくれるのは彼らだけ。

 そう……そして、私の友達はリセルだけでいい。


「あ、もうこんな時間……そろそろ寝よっか」


 時計を見ると、既に深夜0時を回っていた。


「よし! 寝るよ! シェリルはそっちのベッドを使って。私はアスナと2人で寝るからさ」


「え? 私はソファーで……」


「いいからいいから! はい、寝るよ!」


 私は押し込まれるようにベッドに寝かされる。

 敵わないな……。


「灯り消すよーおやすみー」


「おやすみー!」


「あ、あの……」


「「ん?」」


「2人ともありがとう……本当に……」


 2人は私を見てニコッと笑う。

 だから私も笑顔で返した。


「おやすみシェリル! また明日ね!」



 ――――――――――――――――――――――



 ダメだ寝れない。

 昼間ずっと寝てたせいかな……。


「んしょ……」


 私はベッドから身体を起こし、もう1つのベッドで眠っている2人を見た。

 彼女達は互いを抱きしめ合い、仲の良い姉妹のように寝息を立てている。

 ふふっ……可愛い……。


「リセル……心配してるだろうなぁ……」


 2人を見ていると、なんだかリセルのことばかり考えてしまう。

 早くリセルに会いたかった。

 多分……っていうか、本当に2人を見ていると羨ましかったから。

 今度私もリセルと一緒に寝ようかな。


「はぁ……明日会えるかなぁ……」


 なんとか連絡を取りたいけど、今のところどうしようもない。

 2人が私を見つけてくれるといいんだけど……。

 ふと窓から外を見る。

 3階にあるこの部屋から見える町は、昼間の喧騒が嘘のように静まり返っていた。

 灯りはまばらに光り、世界は闇に支配されている。


 今日私は色々な裏と表を見た。

 華やかな大通りと暗い路地裏。

 人の悪意と人の優しさ。

 綺麗な2人の肌と、汚れた私の肌。

 無能と呼ばれた私と、そうでない2人。

 表と裏……なんにだってそれがある。

 その差はなんなんだろうと何度考えても分からない。

 消し去りたい記憶は、忌まわしい傷として身体と心に残り続けている。

 いつか消せるのだろうか。

 そうすれば、ティアやアスナのように……。

 そんなことを考えながら暫く外を眺めていると、コンッと何かが窓にぶつかった。


「えっ……?」


 驚きながら下を見ると、リセルが飛び跳ねながら大きく手を振っている。

 その隣にはフードを被り、手をポケットに突っ込んでいるフェイクがいた。


「リセルっ……フェイクも……!」


 私は2人に頷くと、窓から離れ準備を始める。

 それが終わると、静かに眠る2人に向けて手紙を書き、その上に少し多めにお金を置いた。


「これでよし……」


 私はもう一度2人を見る。

 ティアとアスナはやはり幸せそうに寝息を立てていた。


「ごめんね……ありがとう」


 私は私の世界に帰らなきゃ……だから多分もう会えない。

 短い時間だったけど楽しかったよ。


「……さようなら」


 私は2人を起こさないようにそう声を掛け、静かに部屋を後にした。


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30.3.25より、書籍第2巻が発売中です。 宜しくお願い致しますm(_ _)m
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