第161話:同胞
「アスナはどう思う?」
ティアが私の背中を流しながらそう言ってきた。
きっとシェリルのことだろう。
「んー……何か隠してる感じはするかな」
シェリルの受け答えには微妙な間があった。
なんか言葉を選んでるような……迷っている感じ。
「やっぱり? でも、悪い子じゃないよね」
「そうだね。悪い感じはしない」
まぁ警戒しているだけかもしれないし、頭がぼーっとしてるっていうのもあるのかな。
ただ、あの場所に1人でいたことが気になっていた。
シェリルが目覚める前にティアと話したけど、あそこは女の子が1人で歩くような場所じゃない。
フォッケンを少しでも知っているなら間違いなく。
つまり、彼女はこの町を全く知らないんだ。
首都ニーベルグに次ぐ第ニの都市って聞こえはいいけど、実際は首都からあぶれたならず者が多い町なんだよね。
首都より衛兵の数は少ないし規制も緩い。
特に中心街は光と闇が入り混じる場所。
華やかな大通りから道を1本外れただけで、そこには全く別の世界が広がっている。
それは結構有名な話で、それを知らずに観光ってのも引っかかるなぁ。他にいくらでも見るべき場所があるのに。
仲間とはぐれたとも言わなかったし、彼女はあそこでなにを……って……!
「ちょ、ティア! ま、前は自分でやるっ……ひゃっ!?」
「むむっ……アスナ……ちょっと大きく……」
「こ、こらっ!」
「ほうほう……」
「やめ……もっ……やんっ!」
「ふっふっふっ……今日はこの辺にしといてやろう」
「ティー……アー……!」
「あ、やりすぎちゃった……?」
自分の方が大きいくせに……。
「お返しだぁー!」
「わぁっ!? ご、ごめっ……ひあっ!?」
あと気になるのは服装かな。
この時期のフォッケンはまぁまぁ暑い。
彼女の服は黒と紫色を基調としたもので、胸元は結構大胆に開けてたけど……それ以外は皮膚を隠すように全部覆われていた。
かなり厚手の生地だし、上着からスカートみたいなものが足首あたりまで伸びてる。
もしかしたら寒い地域から……。
「ア、アスナぁ! もう許して……」
「あっ! ごめんごめん……考え事してて……」
「た、助かった……」
んー……これ以上は考えても仕方ないか。
それにあんまり詮索しても悪いし、とりあえず明日仲間の人を探すことにしよう。
それにしても……。
「やっぱりティアずるい」
「えぇっ!?」
細いくせに……。
――――――――――――――――――――――
「し、知らねぇんだッ! ほんとだ! ほんとなんだよぉッ!!」
「ほー……じゃ、あんたで10人目だな」
「やだ……やだぁぁぁぁぁぁッ……あっ」
フェイクが指を鳴らすと、魔物に拘束されていた女は叫ぶのをやめる。いや、正確にはやめさせられたが正しい。
無造作に引きちぎられ上半身と下半身に分かれたそれは、そのまま魔物の口へと消えていった。
「やれやれ……さぁ、お次は誰にしようかな?」
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時は少し遡り、フォッケンの町が夕暮れに染まる頃、フェイクは町の中央にある巨大な噴水の前で1人ベンチに腰かけていた。
昼間ならキラキラと水色に輝いていたであろうその飛沫は、沈みゆく太陽の光に照らされて黄金色に染まっている。
ふと周りを見ると、仲睦まじい子供連れの夫婦や寄り添う恋人達、楽しそうに談笑しながら歩く自分と同年代の一行などが目に入った。
『はぁ……』
フェイクは正直町そのものがあまり好きではない。
それは普段決して口には出さないが、こういう"あって当たり前の日常"という光景を見ると、否が応でも感傷に浸る自分に気付いていたからであった。
彼にとって、それが苦痛でたまらない。
無能じゃなければどうなっていたか。
無能じゃなければ今頃恋人がいただろうか。
無能じゃなければ冒険者になっていただろうか。
無能じゃなければ両親ともうまくやれただろうか。
そんな問答が頭の隅でちらつく度に反吐が出そうだった。
無能と呼ばれた彼の日常は15歳で壊れている。
彼はその日を境にロードと同じように、いや、あるいはそれ以上の地獄を生きてきた。
だから捨てた。過去も日常も。
そうならなかったことなど考えても意味はないし、そんなことを考える自分の弱さが気に入らなかった。
故に、彼が今望むのは復讐のみ。
因みに個人的な復讐なら既に終えている。彼をいたぶった人間は、既に誰1人としてこの世にはいない。
だから、今彼が行っているのは元凶へ向けた復讐。
そうならなかったことに対する憎悪が彼を突き動かしていた。
そしてもちろん、今尚苦しんでいるであろう同胞を救う為の復讐でもある。
『こんだけやって収穫なしか……こりゃ長引きそうだなぁ……』
自身の複製を何体か生み出し、文字通り手分けして無能の行方を捜したのだが、結局有益な情報は一切得られなかった。
これを何日か行い、完全に町にいないことを確認してからでないとその先に進めない。
『ったく……気が滅入るぜ……』
他の2人からの連絡もなく、どうやら初日は空振りに終わったのだと知りフェイクはうなだれた。
そろそろ今日の捜索はお開きにして、2人に連絡を入れようかと思った矢先、彼の持つ通信魔石が光を放ち出す。
『お、なんかあったか? ……どしたー?』
『あ、フェイク?』
『おうリセル。なんか分かったか?』
『お腹空いたにゃ』
『……あ、そうですか。まぁいいや……今日はもうお開きにするつもりだったからよ』
『ナイスにゃ! シェリルは?』
『まだ連絡はねーな。とりあえずお前は最初に別れた場所に向かっとけ。シェリルには俺から連絡する』
『りょーかいにゃ!』
通信が切れ、彼は1つため息をついた後、シェリルの魔石に連絡を入れた。
『テメェ……あの女の仲間か?』
繋がったのを確認し、口を開こうとしたフェイクだったが、聞こえてきたのは知らない男の声だった。
少し思案した後、フェイクは魔石に口を近づける。
『……誰だ』
『昼間テメェの仲間に店をぶっ壊されたモンだ』
当然フェイクにはなんのことだか分からない。
だが、シェリルに何かあったことだけは分かった。
『女はどうした?』
一瞬間が空き、男は「ククク」と笑う。
『預かってる。テメェ今どこにいんだ?』
『……フォッケンだ』
『だったら話は早え……メインストリートにある魔石屋近くの路地の先にバーがある。1人で来い。じゃなきゃ女を殺す』
直後通信は切れ、魔石が光を失っていく。
『ちっ……あのバカ……』
フェイクは腰を上げ、メインストリートに向けて歩き出した。
――――――――――――――――――――――
そして現在。
店の中は血と獣の匂いで満ち、既に床からは赤くない場所がなくなっていた。
生きている人間はフェイクを含めて残り5名。
既に10人がこの世界から消えていた。
残る4名はフェイクの生み出した魔物に拘束され、体を震わせ涙を浮かべている。
フェイクは特に怯えていた男の前に立つと、その指先を彼の顔に向けた。
「次はあんただ」
「あ……ああっ…………やめてくれぇ……俺らが悪かった! い、命だけは……お願いします助けて……!」
「そりゃあんた次第だよ」
バーにいた彼らは目を覚ました後、逃げた3人を必死に探し回った。
しかし見つからず、再びバーに集まったところでシェリルから奪った魔石が光る。
それに出たフェイクの反応から、まだ逃げた3人と合流していないと踏んだ彼らは、嘘をついて彼をおびき出したのだった。
それが地獄の始まりだとも知らずに。
バーの前に着いたフェイクは魔物を生み出し、一瞬で中にいた彼らを制圧。
その時点では殺さずにいた。
だが、ある話が彼の逆鱗に触れてしまう。
フェイクは同じ質問を繰り返し続けていた。
「正直によく考えて答えな……最初からいこう。まず、赤い髪の女がここに来たんだな?」
「は、はい……!」
「そいつは何を聞いた?」
「こ、ここ最近から……数年前の間でいなくなったガキを探してるって……」
「で、あんたらはなんて答えたんだっけ?」
「ひ……ひぃ……お願い許して……」
「おい……答えろよ」
フェイクの指示に従い、魔物の拘束がどんどん強まっていく。
身体を締め上げられた男は、助かりたい一心で必死に声を絞り出した。
「あ……が……む、無能のガキがいたって! 何年か前に消えたって言いましたっ!」
「で、そいつに……その無能に何をしたって?」
「あ、あがぁぁぁぁっぁぁッ! 無能だから奴隷みたいにっ! さ、最後はぁぁぁぁぁ! ぜ、全員でボコりましたぁっぁぁぁあああッ!」
その聞く度に、フェイクは頭の血管がブチブチと切れていく感覚に襲われる。
彼はうんざりしていた。
こういった話を聞く度に過去を思い出し、感情が身体を置き去りにしてしまう。
「……女はどうした」
「い、いぎなりっ! いぎなり2人組の冒険者がぎでぇぇっぇええぇえ! 連れ去られましたぁぁっぁああ!」
「どこに行った?」
「わがりまぜんッ……ぼんどにじらなッい……! ぼんどでずぅ! だずげッ……!」
「ああ……そうかい……さようなら」
「あがががががああああががががががが」
足から飲み込まれる男を見て、残りの3人は悲鳴すら上げられずにそれを眺めることしか出来ない。
フェイクはギリッと歯を鳴らし、目を見開き前を向く。
視線の先にいた3人は、最早恐怖の虜以外の何物でもなかった。
「さぁ……お次は誰かな?」




