第159話:声
開けた瞬間、お酒とタバコの匂いが鼻を刺激する。
中は想像通り薄暗く、カウンターやソファーには10人ほどの客が座っていた。
若い男女……見るからにやばそうな人達ばっかりで、全員が私を見ている。
こわ……聞いたらすぐ出よう……。
「いらっしゃいお嬢ちゃん。見ねぇ顔だが……飲むのかい?」
店主と思われるいかつい男にそう聞かれた。
びびっちゃダメ。
堂々としろ私。
「ええ……いただけるかしら」
「……座んな」
カウンター席を指差され、私は一番端に座った。
「んで、何にする?」
「……任せるわ」
「あいよ」
心臓がバクバクいってる。
顔に出すな……出したら終わりよ私。
魔法は使うなって言われたけど、やばかったら使おう。
逃げるだけなら問題ないし、それに関しては自信がある。
私には誰も追いつけない……絶対に。
「はいよお嬢ちゃん」
少しするとグラスに入れられた赤いお酒を出された。
お酒……飲んだことないんだよね……。
「ありがとう。それと……お嬢ちゃんはやめてくれるかしら? 私これでも25なの。もうそんな歳じゃないわ」
本当は18歳です……。
「おや、そりゃすまねぇなぁ……クックックッ」
なんかバカにされてる感じ……いや、気にしない気にしない。
私は出されたお酒に口をつける。
うっ……甘くて苦い……変な味ぃ……。
これがお酒かぁ……我慢我慢……。
「ちょっといいかしら?」
「ん?」
「私……人を探してるの」
なんとか無表情を維持し、店主の目を見てそう伝える。
「ほう……人ねぇ……」
「ええ。といっても情報が無くてね……この町にいた可能性が高いってだけで、名前も歳も分からないのよ」
「おいおい冗談だろ? そんなんを探すのは無理だぜ。フォッケンはでけぇ町だからなぁ……」
だよね……。
でも、とりあえず聞いてみよう。
「ちょっとしたことでもいいのよ。最近……もしくは数年前にいなくなった15歳くらいの子供とか……なんか知らない?」
「んーそれだけじゃなぁ……おいオメェらは知ってるか?」
「んあ? なんの話だ?」
「最近から数年前にいなくなった15歳くらいのガキを探してんだってよ。なんか知らねぇか?」
「いなくなったガキぃ? あー……」
「最近から数年前っつったら……あのクソアマくらいしか思い浮かばねぇな」
「いたわねぇ……無能のクズが」
無能……!
やった……見つけた!
「ああ、あいつか。無能のことなんざ頭からすっ飛んでたぜ。あのアマ……無能のくせにやたら強かったからなぁ……あん時はムカついたぜマジで。親に捨てられて居場所がねぇっていうから世話してやったってのによぉ……」
「世話ぁ? 2年も奴隷みたいに扱っといてよく言うぜ! あっはっはっ!」
「はぁ? 当たり前だろんなもん。無能は人間じゃねぇんだからよぉ……飯を食わせてもらえるだけありがたいってな話だろ?」
人間じゃ……ない……。
ダメダメ……顔に出すな。
「で、その人は今どこに?」
「さぁな。1年くらい前だったか……何にキレたか知らねぇが、急に暴れ出して消えちまった。ま、最終的に全員でボコったから生きてるかは知らん。仕事もろくに出来なかったし、やっぱり無能はゴミだよ。死んだ方が世の中の為になるってもんさ」
抑えろ……今は暴れても仕方ない。
ムカつくけど……!
「どっかでのたれ死んでるだろうなぁ……ここがフォッケンの最下層。ここで生きられなきゃ町を出るしか道はねぇ」
「ふふふ……顔は良かったけどねあの子。無能じゃなかったら色々お仕事あったのに。確か名前は……カレンだったかな?」
カレン……。
1年前までここにいて、2年間こいつらと一緒にいたなら……もしかすると私と同い年の女の子?
いつ親に捨てられたか分からないから確かじゃないけど……。
とにかくいたことは間違いないし、名前も分かった。
もうここに用はない。
「そう……ありがとう。邪魔したわね。いくらかしら?」
「あいよ。100万でいいぜ」
「……は?」
100万って……なにそれ!?
「なに驚いてんだよ? 情報料だよ情報料……なぁ?」
「そうそう……情報料100万だぁ……クックック……」
いつの間にか扉の前に男が立っていた。
こいつら……。
「最初から……!」
「ああ、因みに酒代だけでも50万だぜ。まぁ、払えねぇなら……その身体でも構わねぇが?」
「ダメダメぇ……美人さんがこんな所に1人で来ちゃさぁ……」
「それとも……最初からそのつもりだったのかなぁ? ひゃっひゃっひゃっ!」
……やっぱりこの世界は腐ってる。
無能に対してだけじゃない。
こんな奴らを生み出した世界が悪い。
変えてやる……一度滅ぼしてでも。
騒ぎは起こすなって言われたけど、こうなったら仕方がない。
それに、やっぱムカつくし!
「上等よ……あんたらまとめ……て……?」
な、なに……?
急にめまいが……。
「やっと効いてきたか。ちょっとしか飲まなかったからなぁ」
お酒……なにか……。
「立ってんのもやっとだろ? ただの睡眠薬だから安心しな。まぁ起きた時には……ベッドの上だがな」
「クソ……野郎……!」
「たっぷり薬を盛って魔法を使えなくしてよぉ……楽しみだなぁ……デケェ乳がたまんねぇ……」
「さわっ……る……なぁ……!」
「おっとっと……こえーこえー……クックックッ!」
近付く手をなんとか払う。
それが限界だった。
やばい……魔石を……。
「あっ……」
しまっ……!
「んん? お、あぶねー! こいつ通信魔石を持ってやがったぜ」
「か、返せっ……!」
「これは没取だ。とりあえずお寝んねしてもらうか……おい」
「はいはい。ごめんねぇ……ちょっと痛いよ?」
「ひっ……」
女が両手を広げると、その中で雷がバチバチと鳴り始める。
嫌だ……それは嫌……!
見たくない……!
「怯えちゃって可愛い。大丈夫よぉ……優しくしてあげる」
「やだ……やだぁ……!」
リセル……フェイク……!
お願い誰か……助けて……!
「じゃ、おやす……」
「ん……? のわぁっ!?」
その時、扉が凄い勢いで開き、その前にいた男が店の奥へと吹き飛ばされた。
「なっ!?」
「なんだぁっ!?」
私が振り返ると、肩ほどに伸びた栗色の髪をなびかせ、白い服を着た女の子が腕を組んで立っていた。
その後ろではフードを被った人が弓を構えている。
こ、この人達は……?
「ありゃ、ごめんなさい。扉の前に人がいたんだ。なかなか開かないから吹き飛ばしちゃった」
「い、いきなりなんなんだコラァッ!」
「声が聞こえたのよ」
「……あ?」
「風が私に伝えてくれたの」
「な、なにを言って……!」
「助けてって!」
あ……。
「な、なんなんだテメェらは!?」
栗色の髪をした女の子が私を見る。
そして、ニコッと笑ってくれた。
「私達は……通りすがりの冒険者だッ!!」




