第157話:追い風
「あ、やっぱりアスナも?」
翌朝。
まだ薄暗い中、林の中に隠していた馬車を2人で引きずってアスナの家の前へとつける。
もう隠す必要もない。
「うん。でも行きなさいって……あんなことがあったから心配だけど、それでも負けちゃダメだって……お母さんそう言ってくれた」
「そっか……お母さんって強いね。全然敵わないや」
「そうだね……私達もあんな風になれるかなぁ……」
「きっとなれるよ。だって……そんなお母さん達から生まれたんだもん」
「ふふっ……そうだね」
私達は馬車に荷物を積み込みながら笑い合う。
今後の生活費も考え、買った馬車はかなり小さい。
一応屋根はついてるけど、荷物を載せたらパンパンだ。
まぁ、これで全て移動するつもりもないし、小さくても多分大丈夫だろう。
その為にお金を残したからね。
そんなことを考えながら荷物を積み終えたところで、お母さんがアスナのお母さんと一緒に家から出てきた。
「気を付けてね……ティア、アスナちゃん。はい、これお弁当。これくらいしか出来ないけど……無事を祈ってる」
「ありがとうございます!」
「ティアちゃん、アスナを……よろしくね」
「はいっ! それじゃいくよアスナ……せーのっ!」
「んっ!」
2人で馬車を引くと車輪がゆっくりと動き出し、地面に轍を刻んでいく。
私達が振り返ると、お母さん達が笑顔で手を振っていた。
「「いってらっしゃい!」」
「「いってきます!!」」
手を振る2人に手を振り返し、私達は朝靄で覆われた道を前へ前へと進んでいった。
振り返る度に手を振るお母さん達が見える。
やばい……また泣きそう。横を見るとアスナの目も潤んでいた。
でも、泣かないって2人で決めたから。
お母さん達には笑顔でって。
それに、別れはもう済ませたから。
「重いね……!」
「うんっ……!」
「色々……詰まってるもんね!」
「そうだね! ロードにただ会いに行くだけじゃないっ……ロードと一緒に……!」
「うんっ! 世界を変えるんだ! みんなが安心して暮らせるように!」
太陽はいつの間にか世界を照らし始め、朝靄が風に流されていく。降り注ぐ光が道を示し、だんだんと視界が開けていった。
石畳の道まで辿り着くと、さっきより馬車の進みがいい。
お母さん達の姿は見えなくなり、引かれていた後ろ髪から手が離れた気がした。馬車はそれを後押しするようにカラカラと軽快な音を鳴らしている。
「「あ……」」
私達は同時に声を上げた。
照らされた道の先に町の入り口が見え、そこにはガガンさんとエリーさん、ファーゾルトさん率いる重装騎士団の団員さん達……それに、たくさんの町の人達の姿が見える。
アスナと私は顔を見合わせ、馬車を引く手に力を込めた。
「はぁっ……はぁっ……み、みなさん……」
言葉がなかなか出てこなかった私達に、ガガンさんが頭を掻きながら近寄ってくる。
「ごめん……バラしちまった。黙ってられなくてすまんな」
「ううん……ありがとうガガンさん」
「おかげでお母さんと話せたから……黙って行くことにならなくてよかったです。だから……ありがとうございます」
「そうか……ならよかったよ」
「ふふっ! なんだか……あの時を思い出しますね」
「あー……確かにな。ロードとレヴィが旅立った時もこんな感じだった。天気まで似てやがる」
そう言ってガガンさんとエリーさんは笑い合う。
朝靄はすっかり晴れ、綺麗な朝日が地平線から顔を出していた。
「ロードさんの……?」
「ああ。あの時もみんなで見送ったんだ。謝罪と……感謝を込めてな」
周りにいた町の人達も口々にそう言い始める。
そっか……なんか嬉しい。
「ティア殿、アスナ殿……約束の馬だ。受け取られよ」
ファーゾルトさんはそう言って私達の前に馬を連れてきてくれた。
白い毛並みが綺麗で、すっごく立派な馬だけど……。
「こ、この子が予備なんですか?」
「ふふふ……まぁそういうことにしておこう。まだ若いがよい馬だ。名はアトリオンという。大事にしてやって欲しい。イストのことは心配するな。このファーゾルト……命を賭して守ると誓おう」
「……ありがとうございます。大切にします!」
「ありがとうございますファーゾルトさん。よろしくね……アトリオン」
「ブルルッ!」
団員さん達がアトリオンを馬車に繋いでくれている間、町の人達から次々に声を掛けられた。
「気を付けてな2人とも!」
「寂しくなっちゃうなぁ……」
「また飯を食いにきな! サービス……すっからよ」
「また帰ってきな。ここは2人の故郷なんだからよ」
みんなの言葉が嬉しくて、またまた涙が出そうになる。
ここに来る前は不安な気持ちもあったけど、それは町に着いた瞬間どこかへ行ってしまった。
みんながすぐに私達を受け入れてくれたから……だから私とお母さんは……みんなには感謝しかない。
「よし、これでいい。さぁ乗りな。操縦の仕方を軽く教えよう。アトリオンは頭がいいから大丈夫。すぐに慣れるよ」
「はいっ! ありがとうございます!」
やり方を教わり、町の入り口から外へと出る。
朝日に照らされた草原は金色に輝き、それがずっと先まで続いていた。
「綺麗……」
「ほんとだね……このずっと先にロードさんが……」
「うん……」
「「「「「アスナちゃん! ティアちゃん! 気を付けて!!」」」」」
背後から聞こえる激励を受け、私達は馬車から身を乗り出して振り返る。
みんなは笑顔で手を振ってくれていた。
だから、私達も笑顔で手を振り返す。
「みんなありがとー! みんなのおかげで私っ……私達は……生きる楽しさをっ……ぐすっ……お母さんをお願いじまずっ……!」
やっぱりダメだ……。
今日だけは……今だけは……。
「今度はっ……心配させません! だから……うっうっ……また笑顔で帰ってぎまずっ!」
アスナも泣いていた。
振り返る度に涙が込み上げてくる。
でも、悲しいからじゃない。
みんなの気持ちが……嬉しいかったから。
「「「「「いってらっしゃい!」」」」」
「「いってきばす!!」」
私達はぼやける視界を袖で拭い、真っ直ぐ前を向く。
後ろから聞こえる追い風を受け、私達の旅が今……始まったのだった。




