第155話:本音
「む……!」
「……見つけた?」
「うん……近いよ」
私達は依頼を受け、イストから少し離れた山の中に来ていた。
といってもそんなに難しい依頼じゃなくて、Cランクの魔物が山菜採りの邪魔になっているのを排除するというもの。
ティアはさっきから耳に手を当てて風の声を聞いている。
私は背中から弓を抜き、身を屈めてその時を待つ。
「アスナこっち……2匹いる。1匹は任せるよ」
「分かった」
私は未だに魔法を使えない。
けど、どうしても何かの役に立ちたかった私は、少しでも戦えるようにと弓の練習を始めた。
剣や槍も試してみたけど上手く使いこなせなかったし、元々私が使っていた魔法は遠距離系で、遠くのものに当てることが得意だったのも弓を選んだ理由。
そんな私にガガンさんがわざわざいい弓をプレゼントしてくれたのは本当に嬉しかった。
ティアも練習に付き合ってくれたし、お母さんやフィンティさん、支えてくれた町の人達には感謝しかない。
今イストにいる重装騎士団の人達まで私の練習に付き合ってくれたし、今じゃすっかり町の仲間になっていた。
ガガンさんとファーゾルトさんなんかは、毎晩のようにお酒を飲んでるってエリーさんがボヤいてたしね。
おかげで弓の腕もだいぶ上がってきた。
あとはレヴィが教えてくれた私のスキル"魔力耐性"。
この2つがあればきっと役に立てる。
いつかロードの為にも……。
「いた……」
「ん……」
私達の視線の先に2匹の魔物が姿を現わす。
目撃情報通り……Cランクの爆炎猪だ。
こいつらは体に炎を纏って突進してくるのが厄介で、特にこういった山の中で暴れられると、山火事を引き起こされてしまうのが一番の問題だった。
なんとか気付かれる前に仕留めないと。
ティアに合図され、私は大きく息を吐く。
そして息を吸いながら弓を引きしぼり、呼吸を止めて狙いを定めた。
雑音は消え、聞こえるのは自分の鼓動のみ。
距離は約20メートル……狙うは足の付け根にある心臓……!
そうして放った矢は空気を切り裂きながら一直線に飛び、手前にいる爆炎猪の急所を貫いた。
「プギィィィッ……!」
「よしっ……!」
断末魔の叫びを上げながら1匹が倒れた直後、もう1匹がこちらに気付いた。
前脚で地面を何度も削り、体から炎を上げて突進しようとする爆炎猪。
だが、既に放たれていたティアの風が、炎ごとその身を切り裂いたのだった。
「やったー!」
「やったねティア!」
「1匹だけなら集中出来るからね! アスナのおかげだよっ! もう百発百中じゃん!」
「えへへ……みんなのおかげだよぉ」
「ふふっ! じゃ、討伐の証拠を持って帰ろー!」
「だね!」
私達は毎日のように依頼を受け、こうやって2人でそれをこなしていた。
その甲斐もあってティアはもう少しでAランクに、私もBランクの真ん中くらいにいる。
2人でこなす依頼は危ない時もあったけど、やっぱり楽しかったし、誰かの役に立てるのが嬉しかった。
魔法は使えないけど、それより大事なものを見つけた気がする。
だから、今はこれでいい。
――――――――――――――――――――――
「ガガンさんたっだいまー!」
「お、もう片付いたのかぁ? さすがはうちの稼ぎ頭達だな! なっはっはっ!」
ギルドに戻るとガガンさんがカウンターで1人お酒を飲んでいた。
昼間っから……。
「ただいまガガンさん。エリーさんは?」
「ああ、買い出しに行ったよ」
「もー……エリーさんがいないからってあんまり飲みすぎちゃダメですよ?」
「アレには内緒でたの……」
「……誰に何を内緒にするんですか?」
「ぶふッ!」
「あ、エリーさん……」
いつの間にか私達の後ろにいたエリーさんから、凄まじい怒気が放たれていた。
エリーさんも大変だね……。
「いや、これは……水だ」
「へぇ……近頃のお水はお酒みたいな匂いがするんですねぇ……なるほどぉ……」
エリーさんの笑顔が怖い……。
「……ごめんなさい。働いてきます」
「そうしてください……どうせ夜も飲むんだから」
「じゃ、じゃあまたな! ティア、アスナ!」
風のように自室へと消えていくガガンさん。
エリーさん曰く、やらなければならない書類が山盛りらしい。
「やれやれ……あ、ごめんね2人とも! 今処理しちゃうから!」
「ううん、大丈夫ですよ。ティア、ごはんなんにしよっか?」
「うーん……今日は肉……いや魚……ダメ……私には決められないっ……!」
「毎日食べてるのによくそれだけ悩めるね……じゃあパズさんとこにしよっか。あそこならなんでもあるでしょ?」
「お、さんせーい! 2人で別々のもの頼んでー、分けっこしよ!」
「はいはい。そうしようね」
「ふふっ……2人はほんと仲が良くて羨ましくなっちゃうよ。はい、お待たせ。またよろしくねー!」
「ありがとうエリーさん! またねー!」
「エリーさんまた」
笑顔で手を振るエリーさんと別れ、私達は町の商店通りにあるパズさんの食堂へと向かう。
今日は天気も良く、身体を吹き抜ける風が気持ちいい。
何気ないこんな毎日が本当に幸せで溢れている。
全部ロードのおかげだ。
早く恩返ししたいな……。
「ふっふっふ……だいぶお金貯まってきたね……!」
ティアが報酬を数えながらそう話しかけてきた。
私達は最初に装備を整えた以外ほとんどお金を使っていない。
ティアは以前白いワンピース型のローブを着ていたけど、魔族の大陸で痛んだこともあって新しい服に変えていた。
色は一緒だけど、より動き易くする為にと全身を覆うタイプではなく上下に別れたローブにしたらしい。
下は短いズボン、上は前開きのコートのようになっていて、背中には腰までのマントを羽織り、ニーソックスにブーツを履いていた。
可愛いし、栗色の髪によく似合う。
私は弓を使うにあたり、一応軽装の鎧を着ていた。
ティアが私の金色の髪に似合うやつにしようって選んでくれたもので、橙色を基調としたシンプルなものだ。
それ以外特に欲しいものもなく、ティアと私で稼いだお金は共通の財産として貯めていた。
「ニヤニヤしないの……そういえば、ティアは欲しいものないの? たまには何か買ったら?」
「あるけど……まだ足りないかな。あ、でも安いのなら買えるかも……」
「え……だってもう100万以上は……」
すると、ティアが急に真剣な表情で私を見た。
なんだろうこの感じ……。
「……今日の夜うちにきて」
「え……? いいけど……話なら今でも……」
「いや、2人だけで話したいの。お願い……」
「う、うん……分かった……」
誰かに聞かれたらまずいことって……。
ティアは何をしようとしてるんだろう。
……変なことじゃないといいけど。
「さ、ごはんっごはんっ!」
「もー……」
ティアはいつもの調子に戻っていた。
まぁティアのことだから心配いらないかな。
その後私達は昼食をとり、暫く話した後に家へと帰った。
――――――――――――――――――――――
夜になり私が玄関から出ると、既にティアは外にいた。
満月の光に照らされた彼女は、なんだか切ない表情で夜空を見上げている。
声を掛けていいものか迷ったが、意を決して名前を呼んだ。
「ティア……?」
「ん、ああ……じゃ、行こっか」
「う、うん……」
私達は黙ったまま林の中を歩き、ロードのご両親が眠るお墓へと辿り着いた。
私達はロードがいない間、毎朝ここに来ては手を合わせている。
ロードの為に出来ることは……それくらいしかないから。
いつものように2人でお墓に手を合わせ、それが終わると……ティアは真剣な表情で私を見つめた。
「ティア……どうしたの?」
「うん……私ね……色々考えてた。自分がどうするべきか、何をしたいのか……ずっと……」
ああ……そっか……。
「この町でお母さんやアスナ……みんなと過ごす日々は本当に楽しい。ずっとこのままでもいいと思ってた。でもね……やっぱり……どうしても考えちゃうんだ」
私も……そうかもしれない。
「イストには重装騎士団のみんながいるし、ガガンさんや他の冒険者さんもいる……ずっと自分を誤魔化してきたけど……もう……」
「ティア……」
「ロードさんに……会いたい……」
ズキンと心臓が痛くなる。
私はあえて考えないようにしていた。
でも、ティアは……きっと私より……。
「だから馬車を買ってね……ロードさんのとこへ行きたいなって! ぐすっ……アスナと一緒に……うっうっ……危ないのは分かってるんだけどね! 邪魔かもしれないけどね? でもね……会いたいのっ……」
そんなティアを私はぎゅっと抱きしめた。
ティアは肩を震わせ、涙を流し続けている。
「ティアは本当に……ロードが好きなんだね」
私もそうだけど……そんな資格がないと思って諦めていた。
それに、ロードにはレヴィがいる。
彼を救ったのはレヴィ。
私は何も……いや、逆に彼を苦しめた。
だから私は……。
「アスナは……会いたくないの?」
そう言われ、頭の中にロードの姿が浮かんだ瞬間、私の目からも涙が溢れてしまう。
私は……私だって……!
「……会いたいよ。それだけでいい……それ以上は望まない。ロードの力に……私もなりたいっ……!」
もう……嘘はつけなかった。
諦めたくない……側にいるだけでも……許して欲しい……!
「アスナっ……! じゃあ行こ? きっとロードさんは許してくれる……でしょ?」
「……うんっ! ふふっ」
「えへへ……涙でぐちゃぐちゃだよぉ?」
「あはは……ティアもね?」
こうして私達はロードに会うべく、旅に出ることを決意したのだった。




