第152話:恥
ギリシア王との謁見後、俺達はジルさんに案内され貴賓室へと向っていた。
その途中でジルさんが突然立ち止まる。
「なぁロード。先程の……ロイの話は本当なんだな?」
「……恐らくは」
「そうか……ジーク……いや、父と話したことや、ダンジョン内でグラウディと話してなんとなくは気付き始めていたんだ。何か……訳があったんじゃないかとな。教えてくれて……ありがとう」
「いえ……ジークさんには止められていたんですけどね。でも……」
「だろうな。まったく……さっさと言えばいいものを……だが、今だからこそ信じられたのかもしれん。なんにせよ1発ぶん殴ってやらねば」
「ジ、ジルさん……!」
「フッ……冗談だ。少ししたら……グラウディと一緒に父の所へ行くことにしたよ。話は聞いていないことにしておくから安心しろ」
「はは……助かります」
バレたら殺されるな俺。
グラウディさんも別の意味で殺されなきゃいいけど……。
「あ、それと話は変わるんだが……ロードに1つ頼みたいことがあるんだ」
「はい、なんですか?」
「私の友人で、アルメニアの竜狩り騎士団の団長を務めていた者がいるのだが、先の襲撃で最後まで抵抗したみたいでな……かなり酷い怪我をしているんだ。出来れば治してやってはくれまいか?」
「アルメニアの……?」
「ああ……アルメニアが滅んだ夜、ギリシア城の正門前に血だらけのそいつが転がっていたんだ。理由があってまだ話を聞けていないから、何故そこにいたかなどは分からないんだが……あいつの性格上まず逃げない。だから、多分誰かに助けられたんだろう。命は助かったが、回復魔法では治しきれない怪我でな……」
「分かりました。ではすぐに」
「すまんな……恩にきる」
最後まで抵抗したってことは、ティタノマキアと戦った可能性が高い。
ひょっとしたら、奴らがアルメニアを滅ぼした理由を何か知っているかも……。
そうしてジルさんに連れられた俺達は、その人がいるという部屋に入る。
そこにはベッドの上で身体を起こし、窓の外を眺めている……両腕の無い女性がいた。
青く短い髪に白い肌をした綺麗な人だったが、よく見るとあちこちに火傷の跡がある。
俺達に気付いた彼女は、こちらを向いて軽く頭を下げた。
「マリアナ。具合はどうだ?」
マリアナと呼ばれたその女性は、口をぱくぱくと動かしている。
どうやら"大丈夫だ"と言っているようだが……ひょっとして声が出せないのだろうか?
「そうか……この2人はロードとレヴィ。私の友人で、優秀な冒険者だ」
すると彼女は再び頭を下げる。
俺達も同じように頭を下げた。
「マリアナは両腕を斬られ、炎の熱に焼かれた所為で声を失ってしまってな……頼むロード」
「分かりました……エクスカリバー」
俺は聖剣を呼び出し生命を与える。
現れたエクスカリバーは既に鞘を抜いていた。
「エクスカリバー頼む」
「心得た」
彼女は戸惑うマリアナさんに近付き、その力を発動する。
瞬間マリアナさんの身体が光に包まれ、失われた腕が元に戻っていった。
「え……あ、ああっ!? こ、声がっ! 腕……私のっ……!」
元通りになった腕を見つめる彼女の目から、涙がポロポロと溢れ出した。
ジルさんはそんな彼女を優しく抱きしめる。
「マリアナ……よかったな」
「ジ、ジル……すまないっ……ありがとう……!」
「フッ……礼を言う相手が違うぞ」
「あ、ああっ! ありがとう……ありがとう……!」
「いえいえ、治ってよかったです」
「まさかこんなことが……き、君達はいったい……?」
「ただの冒険者ですよ」
「フッ、よく言うわ……で、マリアナよ。治ってそうそう悪いんだが、何があったか話してくれないか? 我らギリシアはもちろん、ロード達もそれを聞きたいのだ」
「もちろん……ぐすっ……全てを……」
マリアナさんは手で目をこする。
その動作が出来ることすら嬉しいらしく、拭っても拭っても涙が溢れていた。
「ジルさん、後にしましょうか。別に急いではないですし……」
「あ、いやっ! すまない大丈夫だ……さて、どこから話そうか……そうだな……最初は小さな異常から始まったんだ……」
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「フェイクだ……間違いない」
町を襲ったという異形……恐らくイストに現れたアレだろう。
それに、それを操っていたという奴の容姿もフェイクと一致する。
「ああ、確かそう呼ばれていた。そいつが操る魔物によって団員達は殺され、私だけが……その私も数に押され魔力も尽きかけていてな。もうダメかと思った時、突然ドラグニス様が来てくださったんだ」
ドラグニス……確かSSSランク冒険者の……。
「あの方のおかげでその場は助かったんだが、その後にジェイドと名乗る男が現れてな……そいつは城の衛兵を殺し、そして陛下も殺したと言った。だから我らは仇を討つ為に奴に挑み、そして敗れた……一瞬でな。目の前で部下を殺され、親友を殺され、私は両腕を失った……そのまま死ぬのだと思っていたが、恐らくドラグニス様が助けてくださったのだろう。感謝はしているが……私は恥ずかしい。私だけおめおめと生き残ってしまったのが……どうしてもな……」
マリアナさんはうつむき、そして拳を握り締める。
悔しいのだろうな……きっと。
「馬鹿者……恥ずかしい命などない。お前は今生きている。ならば、死んでいった者達から顔を背けるな」
「ジル……」
「生き残った者は語らねばならん。死んでいった者達の勇姿を……その想いを……でなければ報われないだろう? 胸を張れ。戦えマリアナ。それは生きているお前にしか出来ない」
「ああ……そうだな……そうだった……よし、続きを……あ、その前に聞いておきたいのだが、君達は無能という存在について……どう思う?」
「え?」
その質問をされたのは初めてだったので驚いてしまう。
いつもは俺が聞く側だったから……。
「あ、いきなり変なことを聞いてすまない……だが、これから話すことに関係しているんだ」
「あ、いえ、実は……俺はかつて無能と呼ばれた存在でした。信じられないかもしれませんが……」
「なっ!? そ、そうだったのか……やはり奴の言っていたことは……」
「それは……どういう意味ですか?」
「あ、ああ、ジェイドと名乗る男がな……"無能とは魔法の使えない者ではなく、神に選ばれた神の力を持つ人間だ"と……そう言ったんだ。その時は信じられなかったが、君の力を見る限り……嘘ではなかったようだな」
「神に選ばれたかどうかは分かりませんが……無能と呼ばれる人は魔法を使えないのではなく、使えないようにされている人間……そしてその魔法は、自分で言うのもなんですけど、確かに神のそれに近い力を持っていると思います。俺の魔法は生命魔法。物質に生命を与える力です。マリアナさんを治した彼女の名はエクスカリバー。俺の魔法で身体を得た伝説の聖剣です」
「で、伝説の聖剣……生命魔法……? あ、頭が追いつかんが……しかし奴の言った通り……我らが無知で愚かだった訳だ……情けない」
やはりティタノマキアのメンバーは元無能で間違いないようだ。
そうなると……。
「あの、1つ聞きたいんですが、アルメニアに無能と呼ばれる人はいましたか?」
俺がそう言うと、マリアナさんは急に黙ってしまう。
そして少し考えた後、意を決したかのように俺の目を見た。
「……ああ、いた。陛下は犯罪を犯した無能と呼ばれた人間を……嬲っていたんだ。特に女をな」
「そう……でしたか……」
やはりそれが理由か……。
「すまない……今更ながらに悔やんでいる。何故陛下の凶行を止められなかったのかとな……言い訳に聞こえるだろうが、当時からおかしいとは思っていた。だが、"無能"だからと……それで……」
「それが……この世界にかけられた呪いなんです」
俺はマリアナさんに無能についてのことを話した。
彼女はかなり驚いていたが、もう呪縛から解けていたのだろう。
途中からはどこか納得した表情でそれを聞いていた。
「そういうことか……いや、だとしても情けないがな……後悔してもしきれん……」
「……完全にそうだと決まった訳ではないですが、情報をまとめるとそう考えるのが自然です。誰がなんの為にどうやって……というのはまだ分かっていませんが……それで、アルメニアの無能と呼ばれていた人はどうなったんですか?」
「確か……ジェイドが"事は成した"と言っていた。恐らく奴らが連れていったのではないかと思う。あの少女にとっては……その方がよかったのかもしれないな……」
「そうですか……」
前にも考えたが、地獄のような苦しみの中にいたら、差し出された手を掴んでしまうのも無理はない。
その子にとっては救世主に違いないだろうから。
「一応名前を伝えておく。シェリルという18歳の少女だ」
「シェリル……俺と同い年か」
「それともう1つ……恐らく奴らの目的はそれだけではない。フェイクは"この国が邪魔なんだ"と言っていた。つまり、少女の救出の為にアルメニアを破壊したのではなく、滅ぼすこと自体にも意味があったのではないだろうか? もちろん理由は分からないがな……」
アルメニアが邪魔……か。
それだけじゃ分からないな。
だが、なんとしても突き止めないと。
「私が話せるのはこれくらいだ。役に立てばよいのだが……」
「いえ、十分です。ありがとうございました」
「礼を言うのはこちらのほうだ。この恩は必ず返す。本当に……ありがとう」
マリアナさんはそう言って、初めて笑ってくれた。




