第147話:栄光
レヴィは極限まで集中していた。
先程もう一度鑑定魔法を使ってみたのだが、やはりフェンリルの能力は全く見えない。
だからレヴィは"鑑定"することをやめ、フェンリルを"観察"し、その力を"推察"することにしたのだ。
先程見せた人間の姿の時もそうだったように、狼の姿にも必ず弱点がある筈だとレヴィは考えていた。
今レヴィがフェンリルについて分かっていることは、何らかの方法で魔法や魔術を打ち消していることと、あの体毛には物理的な攻撃が通用しないということ。
後者は能力を無効化する鎖があれば何とかなるかもしれないが、前者が謎な以上、切り札は迂闊に晒せない。
先程通常の鎖を引きちぎられたのも、物理的になのか能力によるものなのかは分からなかった。
だが、グラウディの奥の手を噛み砕いたのは、間違いなく前者の能力であろうとレヴィは推察する。
「フェンリルは"全てを喰らう"と言った……そして、消費している筈の魔力が……やはり……」
そうしてレヴィは、フェンリルの能力について1つの結論に達する。
そして、弱点とまでは言えないが、恐らくそうかもしれないというあるものにも気付いた。
しかし、それはあまりに希望的観測であり、生き死にがかかったこの状況でそれに身を委ねるのはリスクが高い。
だが、最早それに懸けるしか選択肢はなかった。
だからレヴィは迷いを捨て、全身に魔力を滾らせる。
「ロード様……あなたの勇気を……私に……!」
対するフェンリルは、どうにも嫌な雰囲気を感じていた。
レヴィは投げかけた問いに一切答えず、透き通るような赤い瞳でじっと自分を見つめている。
フェンリルはその目が気に入らなかった。
自身のことを見切れないのは分かっているが、それでも尚纏わりつくその視線に身体と魂が拒絶反応を示す。
それに、これだけの力量差を見せつけたにも拘らず、一切臆することなく自分の目の前に立っていることも不快だった。
『……お主の目では我を知れぬ。それに、知ったところで同じことよ……!』
だから彼は圧倒的な力によって終わらせることにした。
フェンリルが大きく開いた口に膨大な魔力が集中していく。
それは先程人間体の時に放ったものより遥かに大きく、凝縮された魔力量も桁違いだった。
一切の紛れなく全力を持って叩き潰す。
これがフェンリルの出した結論だった。
「ふぅー……」
フェンリルの魔力弾がどんどんと大きさを増していく。
これはレヴィにとって逆にチャンスだった。
ジークとの特訓で得た新たな技は鎖だけではない。
手に込めた魔力を球体にして放出し、その性質を別のものへと変えていく。
そうして白い魔力の塊は、青く美しい水晶のように輝きを放ち出した。
レヴィは静かに息を吐き、さらに集中力を高めていく。
ロードは絶対に来る。
だから、今この場で成すべきことを為さねばならないと。
彼女は息を大きく吸った。
「全力で来い……フェンリル!」
レヴィの口調が変わる。
さらに、普段なら決してしないであろうレヴィの挑発を受け、フェンリルの不快感は限界を超えた。
『……消えよッ!』
そうして放たれたフェンリル渾身の魔力弾が空気を引き裂き、大地を抉りながらレヴィへと迫る。
高音の不協和音を奏でながら突き進むそれに目をやりながら、レヴィはジークに言われたことを思い出していた。
"拳と魔力弾が通じなければそれで終わり"。
確かにその通りであった。
だがそれと同時に、ジークはそれを克服するヒントをレヴィに与える。
そして彼女の魔術は、それに応える力を持っていた。
「"自分の力が足りないなら、相手の力を使えばいい"……! はぁッ!!」
レヴィは渾身の魔力を込めて水晶弾を解き放つ。
そうしてフェンリルが吐き出した黒く濁った魔力の塊と、レヴィの放った青く輝く水晶弾が両者の中央で激突した。
『ば、馬鹿なッ……受け止めた!?』
凄まじい衝撃波を放ちながら、2つの塊が空中でせめぎ合う。
もちろん質、量ともに、フェンリルの魔力弾の方が遥かに上であることは間違いない。
だがレヴィのそれは、その理を打ち破る力を持っていた。
フェンリルの魔力弾が放つ黒い光を、レヴィの水晶弾から発せられる青い光が徐々に飲み込んでいく。
「ぐぅッ……!」
『あ、あり得ぬッ!』
フェンリルには理解出来なかった。
自身が放ったそれは間違いなく本気の一撃。
今までの戦闘からして、レヴィにそれを防ぐ力など無い筈だった。
「私がお前を知らないように……お前も私を知らないだろうッ!」
『ッ!』
遂に黒い光は完全に飲み込まれ、空中には青い水晶だけが残った。
キラキラと輝くそれはフェンリルには向かわず、スッとレヴィの手元へと戻っていく。
そして、レヴィはそれを吸収した。
『まさかッ……!』
「はぁぁぁぁッ!」
レヴィの水晶弾は放たれた相手の魔力を封印し、自らの糧とする力。
『我が力と同じ……!?』
フェンリルの能力は単純明快。
相手の魔力を喰らい、それを己が糧とする力。
魔法であれなんであれ、魔力をはらんでさえいれば、それを全て吸収してしまうというものであった。
だが、レヴィのそれは少し違う。
「……やはりそうか。お前は"視え"ずとも、この身に宿れば話は別……!」
自らの糧とした相手の魔力が尽きるまでの間、その封印し吸収した力を使用出来る。
同時にそれは、相手の力を知るということだった。
『喰らったというのかッ!? 人間如きが神の……!』
「ああ……特に訂正する必要は無いッ!」
レヴィは一気に間合いを詰め、手から透明な鎖を生み出した。
フェンリルは咄嗟に魔力弾を放つが、レヴィはそれを左腕で受け止め、そして"喰らう"。
『ちぃッ……!』
フェンリルの魔力がレヴィの内にある限り、魔力を喰らう力はレヴィに在り続ける。
つまり、今のままではレヴィに対し、フェンリルの魔力弾は永遠に届かない。
「はぁッ!」
レヴィの手から見えない鎖が放たれ、フェンリルの体を縛り上げる。
『ぐッ!?』
解かれるまでの一瞬の隙、レヴィはフェンリルの懐に入り込む。
レヴィが見つけた微かな希望。
それはグラウディが突き刺した剣だった。
1本はグラウディの魔法に吸い込まれたが、もう1本はどこにもない。
つまり――――
「あった……!」
フェンリルの首近く、長く伸びた体毛の隙間にそれはあった。
そうしてグラウディの想いが込められた剣をレヴィが――――
『があッ!!』
「うあっ!?」
フェンリルの体から再び凄まじい衝撃波が放たれる。
吹き飛ばされたレヴィの身体が宙を舞い、背中から地面に叩きつけられた。
「うぐッ! く、くそッ……!」
起き上がったレヴィが見たものは、先程と同じ黒い球体と化したフェンリルだった。
「また……!」
身体を変化させる際に生み出される衝撃波。
それはフェンリルの武器の1つだったが、あくまでそれは緊急回避であり、ここまで多用したのは初めてのことであった。
そうして球体から再び現れたフェンリルの目は、今までとは比べ物にならない程の怒りに満ちている。
最初こそ楽しむ為に変化したフェンリルだったが、危機にさらされ、二度も変化に追い込まれたという事実が許せなかったのだろう。
『これか……』
フェンリルは鎖骨付近に突き刺さった剣を引き抜き、それを簡単に握りつぶした。
レヴィは魔力を滾らせ拳を握る。
しかし、彼女は気付いてしまった。
あの変化が何度でも使える限り、フェンリルに攻撃は届かないと。
『理解したか?』
「ッ!」
フェンリルはレヴィの思考を読んでいた。
確かに屈辱ではあったが、それにより分からせたのだ。
魔力を喰らい、物理攻撃を防ぎ、窮地になれば変化し全てを吹き飛ばす。
それはつまり――――
『我に隙はない……!』
ニヤリと笑ったフェンリルが、今まで以上の魔力を放出する。
レヴィは全身から嫌な汗が出ているのを感じていた。
『さて、魔力は喰われてしまうし……なぁッ!』
地面が爆発したかのような踏み込みで一気に間合いが詰められる。
レヴィは必死に攻撃を受け止めたが、防いだ腕が嫌な音を立てていた。
「あぐッ……!」
『ぬらぁッッ!』
「が……はっ……!」
フェンリルの拳がレヴィの腹にねじ込まれ、そのまま吹き飛び入り口付近の壁に叩きつけられる。
「うっあっ……」
そのまま地面に落下し、レヴィは激しく身体を打ち付けた。
「あうっ……! ううっ……」
それでもレヴィは必死に立ち上がろうとしていた。
そして、諦めかけた心を必死に奮い立てる。
「ロード様……は……必ず……!」
絶対に来ると、そう信じているから。
『油断はしない。その頭蓋……砕いて終わりよッッ!』
フェンリルがレヴィに迫る。
レヴィは血を吐きながら、震える膝で必死に立ち上がった。
「私は負けないッ! 負けられないッッ!」
渾身の魔力を込め、レヴィは拳を握りしめる。
『死ねッ!』
「うぁぁぁぁぁッ!」
2人の拳が衝突する刹那、フェンリルは見た。
いきなり目の前に現れたその男を。
レヴィも見る。
いつもそこにあった……信ずる人の後ろ姿を。
「"栄光へ導く聖なる剣"ッッ!」




