第144話:局面
ロードはミスティルテインに最低限の魔力しか渡していない。
元々城の入り口を塞ぐ為だけに呼び出したのだが、思いの外ミスティルテインとの連携が上手くいったのでそのまま戦っていたのだった。
「分かってる! 壁は!?」
「うんっ! 私が消えても大丈夫! お姉様に焼いてもらって!」
「はぁッ! ……お、お姉様?」
「レーヴァテインお姉様! たぁっ! 名前が似てるから仲良くなったの!」
「なるほどなっ!」
「ごめんこれで……ラストッ!」
ミスティルテインが放った槍が地面に突き刺さり、そこから新緑が溢れ出す。
爆発的に成長したそれは、その場にいたをモンスターを巻き込み一気に巨木へと姿を変えた。
「後は……よろしく……!」
「ああ! ありがとう!」
槍へと吸い込まれるように消えた彼女に礼を言い、ロードは雷神の槍に魔力を込めた。
「はぁぁぁッ! 灼熱の槍ッ!」
雷速で放たれた槍は灼熱を纏い、ミスティルテインが残した巨木に突き刺さる。
その瞬間巨木は業火に包まれるが、それでも尚捉えたモンスターを離しはしなかった。
「「「ギァァァァァァァッ!」」」
断末魔の叫びを聞きながら、回収したミスティルテインと戻ってきたブリューナクを手帳へと戻す。
さらにバルムンクを手帳にしまい、近くに落ちていたリジルも手帳に納め、ロードは目当てのページを開いた。
「モラルタ! ベガルタ!」
魔物殺しの双剣を手帳から引き抜き、未だ激しくぶつかり合うヘラクレスとケルベロスに向け、ロードは空間を飛び越えた。
「「「!」」」
ケルベロスはいきなり現れた匂いに反応し、背後からの斬撃をすんでのどころで躱していた。
「ぬぅえいッ!」
振り下ろされたヘラクレスの棍棒が地面を砕く。
ギリギリでそれも回避したケルベロスは、戦いが始まって以来初めてヘラクレスから距離を取った。
「「「グルルッ……」」」
ケルベロスはそこでようやく自分以外のモンスターがほとんどいないことに気付く。
戦いは遂に最終局面を迎えていた。
「ありがとうヘラクレス……よく堪えたな」
ヘラクレスには奥の手があった。
それはケルベロスを倒すことも出来たであろう力。
しかし、ケルベロスを確実に抑える為、また、万が一それが上手くいかなかった場合を考えあえて使わなかったのだった。
「ああ……使ってもよかったのだがな。奴を抑えることに専念しておいた。まぁ、周りの雑魚も同時に相手しておったし……ちと骨が折れたぞ」
「ああ、おかげでここまでこれた」
「うむ、では戻るとしよう。後は任せたぞ……所持者よ」
「ああ、またなヘラクレス。そこで見ていてくれ」
ヘラクレスはロードの思考を読み取り、自ら魔力をロードに返し武器へと戻った。
「「「ガルァァァァァッ!!!」」」
棍棒と弓が地面に転がったその刹那、ケルベロスは一気にロードへと飛び掛かかる。
ケルベロスは厄介なヘラクレスがいなくなったことで、欲望の赴くまま目の前のご馳走へ向け牙を剥いたのだ。
それが罠だとも知らずに。
「俺もそうだったよ」
瞬間ケルベロスに凄まじい悪寒が走る。
だが、もう遅かった。
「"天すら眩む太陽の兜"!」
かつてブリューナクを操った英雄ルー。
彼が被っていたというその兜は、太陽の如き閃光を周囲に放つ力を持っていた。
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カフヴァール 太陽の兜
神が生み出した伝説の兜。
太陽の光を集めて創ったというそれは、所持者に仇なす敵の目をことごとく潰したという。
太陽の出ている時間帯でなければ力を発動出来ないという制約があり、また、防具としての防御力は皆無である。
武具ランク:【S】
能力ランク:【S】
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「「「ギァァァァァッ!?」」」
空に輝く偽物の太陽。
その光をかき消す程の凄まじい閃光が、ケルベロスの6つある網膜全てを焼き尽くした。
突如視界を奪われたケルベロスは、見えないまま必死に攻撃するが、ロードは冷静に距離を取り、手にしていたモラルタとベガルタに生命を込める。
2本の剣が宙に浮かび、黒く短いモラルタは幼い少女へと姿を変え、白く長いベガルタは長身の女性となって大地に降り立った。
どちらも色違いの同じような軽装の鎧を着ており、モラルタは短い黒髪、ベガルタは白く長い長髪をなびかせている。
モラルタは幼い容姿そのままに、ぴょんぴょん飛び跳ねながら嬉しさを爆発させていた。
「わーい! ロードありがとねー!」
「真面目にやんなモラルタ! すまないねロード……」
ベガルタはそんなモラルタを嗜める。
もちろん彼女も飛び跳ねたい程嬉しいのだが、未だ戦闘中であるが故にそれを抑えて剣を構えた。
「ぶぅ……いーじゃんか別にぃ! もう終わったよーなもんじゃん?」
「あんた……引っ叩くよ?」
ギロリと睨みつけるベガルタに、モラルタは口を膨らませて対抗する。
「ま、まぁまぁ……よろしくな2人とも。目は潰したがまだ鼻は効く……油断は禁物だ」
いきなり視界を奪われたことで混乱したケルベロスだったが、やはり匂いを頼りにロードを見つけると、一直線に彼らへ向けて駆け出した。
「ほれみな! まだまだ元気じゃないか! 合わせなよモラルタ!」
「分かったよぉ! 真剣にやればいいんでしょベガルタ!」
「いくぞ2人とも! グングニル!」
ロードは手帳から白銀の槍を引き抜き魔力を込める。
瞬間ケルベロスの周りに竜巻が発生し、ケルベロスの周囲から匂いを吹き飛ばした。
それによりケルベロスは再び混乱してしまう。
その隙を彼女達は見逃さない。
「我が名はモラルタ!」
「「「ガルァッ!?」」」
懐に潜り込んだモラルタの黒刃が、ケルベロスの腹に突き刺さる。
それは微かな傷であったが、ケルベロスはまるで大剣をねじ込まれたかのような痛みを感じていた。
「我が名はベガルタ!」
続け様にベガルタの白刃がケルベロスの脇腹を斬りつける。
やはりそれも微かな傷。
だが、斬られたケルベロスは自身の体から力が抜けるのを感じていた。
「「「グルァッッ!?」」」
「「我らは魔を払い邪を滅す……魔壊の剣なり!」」
2人はロードの意思を受け、ケルベロスの強靭な体を脆弱なものへと変えていた。
今やヘラクレスの攻撃に耐えていた頑強さは失われ、ケルベロスはただの犬へと成り下がってしまう。
「嵐の神の放浪槍!」
そうして放たれた風槍が唸りを上げて突き進む。
視界を奪われ、嗅覚を奪われ、そして絶対の自信があった頑強さを奪われたケルベロスには、最早その運命に抗うことが出来なかった。
そして、中央の頭をグングニルが吹き飛ばすのと同時、フラガラッハとタスラムがケルベロスの左右の頭をも貫いたのだった。
「魔物である以上……」
「あたし達には勝てないのだぁ!」
頭部を失ったケルベロスが倒れるのを見届けると、ロードは1つ息を吐いた。
だが、すぐに気を引き締める。
「ごめんな2人とも……時間がないからまたゆっくり呼ぶよ」
「あいよー! そん時は願いを聞いてね!」
「またねロード。頑張って」
「ああ、ありがとな」
ロードは魔力消費を抑える為、ソロモンとウィガール以外の武具を手帳にしまった。
「ふぅ……それにしても……」
ロードは辺りを見渡す。
数百の魔物やドラゴンの死骸に埋め尽くされた広場を見て、よく無事だったなと改めてロードは思った。
ロードやヘラクレス達は気付いていないが、実は全てのモンスターを倒した訳ではない。
フェンリルはある力を使いモンスター達を操っていたのだが、戦闘が始まった段階でそれをやめている。
その為、ロード達の知らないところで逃げ出した魔物やドラゴンも相当数いたのだった。
「魔力はまだ半分くらいあるか……それに、ウィガールを残せたのは大きい。よし、急がないと……ブリューナク! レーヴァテイン!」
ロードは雷槍と炎の剣を握り、レヴィ達が待つ最深部に向け駆け出した。




