第143話:理
「なっ……!?」
『何を驚く? ああ……我が言葉を発したからか?』
過去、現れた神獣が言葉を話したという記録はない。
しかし、目の前にいるそれは、まるで人間のように笑みを浮かべながら低い男の声で言葉を続けた。
『フハハ……竜どもの中にも話す奴はおるのだ。別にそう驚くことでもないであろう? で、来ていることは分かっていたが……この我になんのご用かな?』
3人は思考が追い付かない。
気付かれていたことは分かっていた。
だが、まさか話し掛けてくるなどとは思っていない。
しかも、その言葉には棘が無かった。
「お、お前は……神獣……なのか?」
『ん? ああ、お主達は我らのことをそう呼んでいたのだったな。いやはや……確かに言いえて妙ではある。だが、1つ言っておこう。我はお主達が今まで出会ってきたそれとは違う。まぁ完全に違うという訳ではないが……んん、何と言えばよいかな……』
そう言うと黒い狼は黙って考え込んでしまう。
戦闘態勢を保ってはいたものの、3人はすっかり毒気を抜かれてしまっていた。
『まぁよいか。些末なことであるし、それをお主らに説明する必要もあるまい』
「神獣よ……お前は何故ここにいる?」
それでもジルはスピアの切っ先を神獣に向け、鋭い目で睨みつける。
何を考えているか分からない以上、完全に警戒を解くことまではしなかった。
神獣はそんな敵意を軽く受け流し、少し考えた後に言葉を返す。
『ふむ、そう呼ばれるのも悪くはないが、我にも名前があるでな。我が名はフェンリルという。そう呼ぶがよい』
「フェンリル……」
『で、我がここにいる理由だが……ふぅむ……まぁ構わんか。どちらにしろ同じことだしな。帰れと言って素直に帰る訳もなし……それに……』
「どういう意味だ……?」
『返してもらいに来たのだ』
「返す……何をですか……?」
『ああ。ちと……理をな』
瞬間フェンリルが消え、3人は同時に大地を蹴った。
直前まで3人がいた場所はフェンリルの一撃によって粉々に破壊され、部屋の入り口が瓦礫に埋もれていく。
フェンリルはバラバラに散った3人全てを視界に捉え、少し嬉しそうに口を開いた。
『……よい反応だ。1人くらいは死ぬかと思っていたのだが……ここまで辿り着いただけはある』
「レヴィ……奴の能力は?」
「ダメです……"視え"ません……!」
「レヴィの鑑定魔法が……通じない?」
『ほう……万物を見極める目を持っているのか。だが、"神眼"には遠いらしい。その目では我を見抜けぬよ』
「あなたはいったい……!?」
『フハハ……今一度名乗ろう。我が名はフェンリル。全てを喰らう……神の使いなり』
「神の……使い……?」
『間も無くここでやるべきことも終わる。退屈凌ぎには丁度よい。さぁ、我を楽しませよ。それがお主達に与えらた最後の役目……天命である』
フェンリルがそう言い終えた途端、その巨躯から膨大な魔力が溢れ出した。
レヴィは思わず唾を飲み込んでしまう。
何故ならそれは、先に見たケルベロスも、過去に見た神獣も、そして……魔王すらも超えていたのだから。
「こ、こんな……!」
「飲まれるなッ!!」
「グ、グラウディ……!」
『よいぞグラウディとやら……そうでなくては面白くない』
フェンリルの言葉に棘が無かったのは、別に3人に対し友好的だったからではない。
ただ単純に、取るに足らない存在だったからだ。
フェンリルにとって、3人はその程度の相手。
グラウディはそれに気付いたが、それを表には出さずに鼓舞したのだった。
自分も含めて。
『そうさな……この姿のままでもよいが、せっかくだしお主らに合わせようか』
「なん……っ!?」
瞬間凄まじい衝撃波が空間に放たれ、グラウディ達は吹き飛ばされまいと足に力を込めた。
「ぐっ……!」
巨大な狼の姿は、まるで広げた紙を丸めていくようにどんどんと小さくなり、あっという間に黒い球体へと形を変える。
そして、その中から黒い両腕が飛び出し、球体を引き裂いて若い人間の男となったフェンリルが姿を現した。
黒い髪は長く伸び、胸元以外は黒い体毛で覆われている。
金色の瞳をギラつかせ、フェンリルは尻尾を軽く振りながらニヤリと笑う。
「き、貴様……!?」
『ふぅ……この方がより楽しめよう。ではそろそろ……』
その時、パンッという破裂音が鳴り響いた。
「レヴィ!?」
「情けない……私は……!」
レヴィは自分の頬を叩き、今までのことを思い出していた。
これまでの旅で見た、必死に戦うロードの姿を。
どんな時も諦めないその強い意思を。
今この時もそうであろうロードの想いを。
そして、彼ならきっと、臆することなく挑むであろうということを。
「あなたがなんなのかは知らない……何をしようとしているのかも分からない。ですが……!」
レヴィは全身に魔力を滾らせる。
もちろんそれは、フェンリルに比べれば小さな力に過ぎない。
『……ほう』
だが、小さいながらも力強いその魔力に、フェンリルは思わず声を漏らした。
「あなたがこの世界に仇なす存在ならば……私達はあなたを倒すッ!」
『やってみよ。そして知るがよい……身の程をな』
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「ひぃっ! 火はだめぇー!!」
「はぁっ!」
ロードは息吹竜種から吐き出された炎の息吹をバルムンクで引き裂き、さらにブリューナクの一撃で頭を撃ち抜く。
息吹竜種の巨体が倒れるが、すぐに次の敵がそれを乗り越えてロード達に襲い掛かってくる。
「あ、ありがと! ロードくん!」
「ああ!」
窮地を脱したミスティルテインの蔓が周囲にいたモンスター達を縛り上げ、ロードはブリューナクを使い次々にそれを貫いていく。
そうやってロード達は城の入り口を背に、押し寄せるモンスター達を次々に撃退していった。
「だいぶ減ってき……きゃっ!?」
「そうだなっ! っと……油断するなミスティルテイン! ここが踏ん張りどころだ!」
「う、うんっ!」
確かにミスティルテインの言うように、モンスターの数は目に見えて減ってきていた。
元々最初の一撃でかなり数を減らしていたことに加え、リジルとゲイボルグがそれぞれ魔物とドラゴンを相当数倒していたのも大きい。
また、それとは別に数が減っている要因もあったのだが、ロード達はそれに気付いていなかった。
そのロード達がいる城から少し離れた場所では、2つの大きな魔力がぶつかり合っていた。
ヘラクレスとケルベロスの戦いは未だに続いており、周囲にいるモンスターを巻き込みながらさらに激しさを増していく。
三首の犬獣の武器はその巨躯から放たれる強力な打撃と、3つの強靭な顎、そして何よりヘラクレスの攻撃すらものともしないその頑強さであった。
「ぬぅっ!」
距離があれば弓を使うことも出来るのだが、ケルベロスは見た目に反して異常に素早く、ヘラクレスが距離を取ろうとしても一瞬で間合いを詰められてしまう。
ロードも加勢したいのだが、未だ周りにいるモンスターがそれを許さなかった。
それでもヘラクレスがケルベロスを抑えてくれているおかげで、ロード達が城の入り口を守ることに集中出来たのも事実である。
「ロ、ロードくんっ! そろそろ魔力がっ!」




