第141話:役目
「出たな……」
他のモンスター達とは一線を画す強大な魔力。
その存在感と威圧感は、大量のモンスターがいる中でも薄れることなくロードに伝わっていた。
『ロード様、3匹いるのはグリフォン……SSランク。そしてその後ろにいるのはケルベロス……SSSランクです』
「ああ……俺でも知ってる。レヴィ、突入の準備を……」
「「「ウォォォォォォン!!」」」
「ぐっ!?」
まるで2人の会話を引き裂くように、ケルベロスの凄まじい雄叫びが古の都市に響いた。
大きく開いた口元からは涎が滴り落ち、真っ赤な舌はだらしなく垂れている。
そこから見える太く鋭い牙は、血によって赤黒く変色していた。
20メートルはあるであろう青い毛並みの巨体を揺らしながら、三首の魔物は悠然と大地を踏みしめていく。
「あ、あわわわっ……い、い、い……犬ぅ!?」
「あ、ゲイボルグまさか……!」
先程まで元気に暴れまわっていたゲイボルグだったが、ケルベロスの姿を見た途端に足が止まってしまう。
ゲイボルグは犬が苦手。
それは、かつての所持者であるクーフーリンの影響であった。
魂を持つ伝説の武具が所持者の影響を受けることは少なからずあり、ゲイボルグの犬嫌いもクーフーリンのそれに引っ張られた結果である。
するとケルベロスはガタガタと震えるゲイボルグに気付き、矛先をロードから彼女へと変えて大地を蹴った。
「「「ガルァッ!」」」
巨体からは想像もつかない程の圧倒的な速さで迫るケルベロスに対し、ゲイボルグは槍を抱きしめ、声すら上げられずにただただ震えていた。
「ちっ……!」
ロードは瞬時にゲイボルグから生命を抜き、彼女を槍に戻して手元へと引き寄せる。
目標を失ったケルベロスは立ち止まり、だらしなく垂れた舌をヒクつかせながら、濁った瞳でロードをじっと見つめた。
ロードはケルベロスに注意を払いながら、ゲイボルグを手帳へと戻し、空から戦況を確認する。
リジルはドラゴン達を相手に戦い続けていたが、ゲイボルグが引き連れていた魔物は城付近へと戻り始めてしまう。
さらに3匹のグリフォンがロード目掛けて飛び立とうとしていた。
「ヘラクレス!」
ブリューナクとバルムンクも手帳に戻し、ロードは引き抜いた棍棒と大弓にすぐさま生命を与える。
空中で人型へと姿を変えたヘラクレスは、広場に敷き詰められていた石版を叩き割りながら地面へと降り立った。
「ふんっ……と! ふぅ、やれやれ……まさか空中で呼ばれるとは思わなかったわ。さて、なるほど……理解した」
着地した衝撃により粉塵が上がる中、彼女はぐるりと辺りを見回す。
最初に比べればその数は減っていたものの、それでも尚200を超えるモンスターが辺りを埋め尽くしていた。
だが、魔物達を引きずり出したことで、現在城の内部はほとんどもぬけの殻となっており中へ突入するには今が絶好の機会だと言える。
問題はケルベロスと邪魔なもう1匹。
それらを排除しなければレヴィ達の道は作れない。
「所持者よ! こちらは任せい!」
「任せた!」
言わずとも伝わったロードの思考により、ヘラクレスは自分が成すべきことを瞬時に理解する。
さらにロードはリジルにも指示を出し、迫り来るグリフォン達を迎え撃つ為に手帳を開いた。
――――――――――――――――――――――
レヴィ達はもう間も無く訪れるであろうその時に備え、モンスターの死骸に隠れながら城の入り口へと近付いていく。
ヘラクレスの登場により、侵入の妨げとなっていた魔物達は再び城から離れ始めていた。
ケルベロスもヘラクレスに引き寄せられ、既にレヴィ達から入り口までの直線上からは外れている。
本来ならばこの隙に突入することが出来る筈だった。
だが、1つしかないその入り口に、ケルベロスとは別の厄介な存在がいたのだった。
「ちっ……あのデカブツが邪魔だな……」
彼らの前に立ちはだかる文字通り巨大な壁。
体長50メートルを超える巨大な大竜種は、城を守るようにその場から動こうとしない。
「今はロード様の指示を待ちましょう。必ずなんとかしてくださいます」
「今下手に動くとロード達の邪魔になるからな……」
彼女達が見上げるその先では、既にロードとグリフォン達の戦いが始まっていた。
鷲獅子はその名が示す通り、体の前半分が鷲、胴体と後ろ足が獅子の姿をした魔物である。
中型の魔物に属し、体長はおよそ5メートル、翼を広げれば約10メートル程。
飛行能力と生命力が極めて高く、また、翼から生み出される風の刃は鉄すら軽々と引き裂いてしまう。
上空から襲い掛かってくる為に対処が難しく、冒険者の間では非常に厄介な存在として恐れられていた。
ましてやそんなグリフォンが3匹同時にともなれば、世の冒険者のほとんどが泣いて逃げ出してもおかしくはない。
だが――――
「こ、ここまでとは……」
ジルがそう呟くのも無理はない。
空はグリフォンの領域。
如何に飛ぶ手段を持っていたとしても、生まれた頃から飛んでいるグリフォンには敵う筈もない。
しかし、3匹のグリフォンはロードに触れることすら出来なかった。
「グィィィ!」
グリフォンの鉤爪がロードの顔面を掠める。
続け様に別のグリフォンが背後から迫るが、まるで見えているかのように放った聖剣の一撃により、グリフォンの右前脚が軽く吹き飛んだ。
「ギァァッ!?」
鮮血が飛び散る中、ロードはさらに集中力を研ぎ澄ませる。
力に任せた直線的な攻撃では、如何に速かろうが今のロードには届かない。
さらにタスラムやフラガラッハを使ってグリフォン達の道を限定し、攻撃を誘ってはカウンターを叩き込んでいく。
無限に見えた空の道は、いつの間にか彼らを縛る枷へと変わっていた。
それはまるで決められていたことのように、グリフォン達はロードの思考を超えられない。
それ程までの力の差がそこにはあった。
「グリフォンは……決してぬるい相手じゃねぇ。それを軽々と……これは武具の力だけじゃなく、ロード自身の……」
業を煮やしたグリフォン達はロードを取り囲み、風の刃を放たんと翼を大きく広げる。
そうして3匹が同時に放った見えない刃が迫る中、ロードは聖剣の鞘を静かに抜いた。
「"原点に帰す聖剣の導き"」
風の刃は魔法の鞘から放たれた光に触れ、グリフォン達は自らの刃で翼をもがれた。
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「ぬぅぅっはぁぁぁぁあ!」
グリフォンが翼を失いその首を刎ねられた丁度その頃、ヘラクレスの棍棒がケルベロスの牙と衝突し、辺りに凄まじい衝撃波を生み出していた。
「ちぃッ! 折れぬかッ……!」
ヘラクレスは両手で巨大な棍棒を握りしめ、自身を噛み砕かんと牙を剥く三首を次々に殴りつける。
しかし、ケルベロスは一切怯むことなく、むしろどんどんとヘラクレスを押し返していく。
ヘラクレスの力を持ってしても尚、ケルベロスの強靭な肉体はそれを耐える力を持っていた。
さらに周囲にいた別の魔物からの攻撃もあり、ヘラクレスは徐々に後退していく。
「くっ……リジル! 準備はよいか!?」
だが、最初からヘラクレスの役目はケルベロスと魔物を引き寄せることであり、それはほぼ成し遂げつつある。
あとはリジルの道を作るだけであった。
「はぁっ……はぁっ……待ちくたびれておったところッ! 某の剣は既に竜の魂で満たされており申す!」
最初から今まで戦い続けていたリジルが握る大剣は、その身を黄金から真紅へと変えている。
数十もの心臓を貫いた竜魂の大剣は力を蓄え、既に必殺の一撃を放つ準備が出来ていた。
「ならば行けッ! 全てはこのヘラクレスが引き受けるッ!!」




