第137話:ミスティルテイン
「走れ走れ走れ! いくらやってもキリがねぇ!」
マグナ遺跡に入ってから4日。
俺達は何層もの様々なダンジョンを突破し、もう少しで下層の真ん中という所まで来ていたのだが、そこで厄介な魔物と……いや、魔物達と遭遇してしまった。
「リッヒヴェークどっちだ!?」
「あら……全方位から反応多数……残念ながら逃げ場はございません。狭い場所では躱しきれませんね……ふふっ」
なんで笑ってんの!?
クソッ……こうなったら……!
「ケニシュヴェルト!」
手帳から現れた黒い柄を引き抜き、すぐさま分厚い銀色の剣に生命を与えた。
「やれるのかロード!?」
「大丈夫です!」
出会ってしまったのは"増殖トカゲ"というBランクの魔物。
単体なら弱いのだが、迂闊に斬ると無限に増えてしまう厄介な奴だった。
もちろんそれを知っていた俺達は、グラウディさんの重力魔法で足止めしている間に逃げようとしたのだが、現れた内の1匹が罠を踏み、床から突き出た剣山に貫かれたことで大惨事へと発展。
結果、迫り来る大量のプロリオンから逃げる羽目になったのだった。
「ほう……これはこれは……」
「ケニシュヴェルト頼む!」
現れたケニシュヴェルトはニヤリと笑った後、すぐさま自身である剣を引き抜き天にかざす。
大量のプロリオンが押し寄せる中、王者の剣は一切怯むことなくその切っ先を振り下ろした。
「ひれ伏せい……!」
「「「「「「ギッ!?」」」」」」
ケニシュヴェルトの剣が輝きを放った途端、床や壁、そして天井にまでいたプロリオン達は押し潰されるように動きを封じられていた。
「不遜が過ぎたな。己の矮小さを噛み締めよ」
大量のプロリオン達はなんとか逃れようと必死にもがくが、精々が微かに動く程度だった。
「おお……すげぇな……」
「クク……我が名はケニシュヴェルト。全てを跪かせる王者の剣なり。我が威風は万物を圧倒し、我が力は森羅を薙ぎ倒す……故に、我が魂の前には誰しもがひれ伏すと知るがよい」
さすがは王者の剣……頼もしい。
「ふぅ……助かったよケニシュヴェルト」
「ああ。で、余がここにいる限りこ奴らは動けぬが……どうする?」
「斬らずに処理するしかねぇな……もしくは閉じ込めるかだが……」
「主よ……前からも迫っております……お早く……」
「分かった。リッヒヴェークは一旦戻ってくれ」
「かしこまりました……ではまた……」
彼女を手帳に戻し、俺はすぐに目当てのページを開いた。
「頼む……ミスティルテイン!」
俺の呼び掛けに応え現れたのは、蔓が幾重にも重なったような緑色の槍。
その力はどんな場所であろうと植物を生やし、それを自由自在に操ることが出来るというものだ。
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ミスティルテイン 宿り木の槍
神が育てた伝説の木槍。
突き刺すだけでその場に植物を生やすことが出来る。
生み出す植物は好きに選ぶことができ、それを自由自在に操ることが可能。
ただし、とにかく火が苦手。
武器ランク:【SSS】
能力ランク:【SS】
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ミスティルテインに生命を与えると、緑色の光と共に葉っぱのような服を着た女性が姿を現した。
緑色の髪は綺麗に編まれた三つ編みで、黄緑色の瞳が開かれると彼女は優しく微笑む。
それにしても……ちょっと露出が……。
「おー! こりゃいーや! あ、どもども! よろしくねロードくん!」
ミスティルテインはぴょんぴょん跳ねながら俺に近付いてくる。
目のやり場に困るのと……レヴィの視線が痛い……。
「よ、よろしくなミスティルテイン。任せていいかな?」
「ふっふーん! 我が名はミスティルテイン! 神が育てた宿木の槍なり! どんな場所……あ、溶岩とかは無理ね? ごほん……えーっと……どんな場所であれ大地に根付き! 共に戦う眷属を呼び出すのが我が力! さぁさぁとくと見よー!」
ミスティルテインは大きく跳ねると、両手に持った宿り木の槍を地面に突き刺す。
刺した直後、辺りから一斉に蔓が伸びていき、それが樹木の壁となってプロリオン達と俺達を遮断した。
「おっけーい! もういいよケニシュヴェルト様!」
「うむ……よくやった」
樹木の壁の向こうからはプロリオンの鳴き声が聞こえてくるが、どうやらこちらにはこれないようだ。
とりあえず一安心といったところか。
「ありがとな2人とも。さて、次は前から来る奴らをなんとかしないと」
「今日の目的地はすぐそこだ。後は任せな……ロードにばっかり頼ってちゃSSランクの名が廃るぜ」
「ああ……ギリシアの四騎将もな。一気に突き抜けるぞ!」
「私もロード様のお役に立たせて頂きます!」
「わーお! みんな熱いねー! 焼けちゃいそー!」
「よし、行こう!」
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ダンジョンに入ってから10日。
いくつもの階層を突破し、何度もモンスターに襲われたが、なんとか無事に最深部手前まで辿り着くことが出来た。
現在俺達がいるのは下層にある都市型ダンジョンと呼ばれる場所。
その名の通り町の形をしたダンジョンで、大きな町がそのままここにあるかのようだった。
かなり荒廃しているものの、その雰囲気はどこかギリシアを彷彿とさせる。
さらには地下でありながら空があり、太陽のようなものすら存在する不思議な空間で、時間が来れば夜にもなるという、まさに外の世界を再現したかのような場所だった。
もちろん人はおらず、聞こえてくるのはモンスターの雄叫びだけだ。
ここさえ突破すれば最深部へと入れるのだが、俺達の体力から考えてもすぐに抜けるのは危険と判断したグラウディさんの提案で、一旦進むのをやめて休息をとることになった。
建ち並ぶ2階建ての民家から1つを選び中へと入る。
中はかなり汚れてはいたが、食器や家具などが普通にあり、ここで誰かが住んでいたような形跡があった。
「ここにも誰かが住んでいたんですかね?」
「そう言われているな。だが、証拠は見つかっていない。絶対にある筈のものがな」
「絶対にある筈のもの?」
「死体だ。このダンジョンからは、人間の骨も魔族の骨も一切見つかっていない。モンスターが喰ったのか、それともなにかしらの方法で処理したのかは分からないが……1つもな」
「だから誰がいたかが分からない……という訳なのですね」
「そうだ。ま、今はやめておこう。グラウディのように太古のロマンに浸るのもいいが、考えるのは神獣を倒してからでも遅くはない」
「そうですね。ではお掃除を」
「は?」
俺は知っていた。
入った瞬間からウズウズしていたレヴィを。
そして1時間後。
太古の民家はもうここで普通に暮らせるんじゃないかと思うほど綺麗になっていた。
相変わらず凄いなレヴィは……。
「……大したものだ」
「お食事も出来ております」
「……いただこう」
机の上にはどうやって作ったのか分からない美味そうな料理が並んでいた。
材料はどこから……?
「まさかダンジョンでまともな食事がとれるとは……」
「干し肉とかばっかだったからな……美味そう」
「今までは調理する場所がありませんでしたから。ですが、今回は本気を出しました」
レヴィの本気か……みんな耐えられるだろうか。
「リッヒヴェークも食べなよ」
リッヒヴェークには周囲の警戒をしてもらっていた。
彼女がいなければここまで辿り着くのにもっと時間が掛かっていただろう。
「ありがとうございます主よ。ですがわたくしは……」
「リッヒヴェーク様、沢山ありますから召し上がってください」
「……分かりました。では、いただきます」
「いただこう」
「いただくぜ」
3人が同時に料理を口に運ぶ。
「「「う、うまぁッ!」」」
レヴィの本気は、あっさりと彼らを天に昇らせた。




