第134話:迷宮
「な……!?」
まさに一瞬だった。
低ランクだったとは思うが……ドラゴンをこうもあっさりと……。
「やるねぇ……ロードとレヴィがいてよかったぜ。だろ?」
「う、うむ……って、あいつは落ち……!」
「大丈夫ですよ」
するとレヴィの言う通り、ロードは私達に向かって飛んできた……というより空を歩いている……?
「一応周りを見てきましたが、他にはいないみたいですね」
「分かった。ところでそれ魔力を使うんだろ? 俺のは魔力消費が少ないから戻しときな」
「ええ、そうします」
ロードは再びグラウディの肩に掴まり、大剣と靴を手帳にしまう。
こいつ……先程とは雰囲気がまるで……。
「しっかしドラゴンがここにいるなんて初めてだな……神獣の出現によってダンジョン内が荒れているのかもしれねぇ」
「恐らく神獣が現れたことにより、最深部付近の奴らが下層へ、そして下層が中層へ……といった具合に押し出されているのかもしれませんね」
確かに。その可能性は高いな。
モンスターは基本的にリスクを冒さない。
強い奴であればある程に。
「こりゃ今までの考えは捨てた方がいいな」
「ですね。気を付けていかないと」
この男……私より……。
まぁ、あの男が認めただけは……ちっ……結局私は……。
「おいどうしたジル? 急に黙っちまってよ」
「……いや、なんでもない。ロードの言う通り……気を引き締めていくぞ」
別に認めたくない訳じゃない。
ただ、許せないだけだ。
何があの男をそうさせているのかは知らないが、力がある者は戦わなければならないと私は思う。
事実あの男だってそうしてきた筈だ。私達家族を蔑ろにしてまでも。
だが、たった1回の失敗であの男は全てを辞めた。
だったら私の気持ちは……母さんの気持ちはどうなる……?
亡くなる間際まで「お父さんを頼むね。支えてあげてね」と……そう言った母さんの気持ちは……。
あの男が誰かの為に戦っていたから……あの男のことを信じていたから……だから私達は……!
いや……今はやめよう。
とにかく神獣を倒すことが先決だ。
なんとしても……。
――――――――――――――――――――――
私達が縦穴の底に辿り着いたのは1時間程経った頃だった。
あれ以降モンスターの襲撃はなかったし、本来なら1日掛かるものをこれだけの時間で突破出来たのは大きい。
こればかりはグラウディがいてよかったと素直に認めざるを得ないな。
だが……。
「なんだかまだふわふわしてますね……」
そう。レヴィの言う通りまだ妙な感覚が残っている。
落下の最中もそうだったが、正直私にとってはあまり気持ちのいいものではなかった。
あの内臓が浮く感じと言えばいいのだろうか……どうにも好きになれん。
まぁ、そんなことを気にしている場合ではないと分かってはいるのだが。
「じき元に戻るさ。で、ロードどうだ?」
「……分かる範囲にはいませんね」
「よし……じゃあこれを見てくれ」
グラウディは腰のポーチから地図を取り出して床に広げた。
どうやらダンジョンの断面図のようだが……これは……。
「自作の地図か?」
「ああ、そうだ。まぁ、簡易的なもんだが……待機中に暇だったから作製しておいた。説明しやすいしな」
その地図は、地上から最深部までの略図が縦長の紙に記されいた。
分かりやすい……こんな才能もあったんだなこいつ。
「うわぁ……最深部は全然先ですね……」
「まだ10分の1もきてねぇからな。今いるのが柱の絵が描いてあるここ。で、今日目指す中層の入り口がここだ」
ふむ、こうして全体図を見るのは初めてだな。
この地図が正しいのなら、全体を10だとすると上層が2、中層が4、下層が3、最深部が1といった割合か。
つまりあれだけの高さを下りたにも拘らず、地図上ではほんの僅かしか進んでいないことになる。
知ってはいたが、改めてこのダンジョンの広大さが分かるな。
「こっからは暫く歩くぞ。今日中に上層を突破して中層の入り口付近まで進む。一応ここが安全地帯になっていて、モンスターがあんまりいないんだ。まぁ、今はどうなっているか分からんがな」
「確かに……そこも通常とは違っているかもしれませんね。因みにグラウディ様、この先はどうなっているのですか?」
「ダンジョン内の階層はいくつかの種類に分かれていてな。この先は比較的楽な迷宮型だ。向こうの壁にあるあの門見えるか? あれをくぐると迷宮に入る。まぁ、迷宮といってもルートや罠の位置も分かってるし、住み着いてるモンスターも大したことはない。無論通常は……という話だがな。ロードがいれば不意打ちを食らうこともないだろうし、もし仮に中層のモンスターがいても問題ないだろう」
「よし、では行くぞ」
「んじゃ、さっきのように俺とロードが前衛、ジルとレヴィが後衛だ」
「分かりました」
グラウディとロードが先行し、私とレヴィがその後ろについていく。
巨大な柱を横目に見ながら真っ直ぐ進み、以前何度かくぐった門を通過して狭い通路を抜けると、辺りが急に明るくなった。
そこは床から壁、天井に至るまで全て石レンガで造られた四角い通路。
4人が横に並んでも尚余裕がある広さの通路で、天井も高く5メートル程はある。
久しぶりに来たが……全く変わっていないようだな。
「明るい……まるで昼間の家の中みたいですね」
「研究者の話じゃ、この石レンガ自体が光を放っているらしい。さっきの柱とか壁についてた発光水晶とはまた別物らしいが、その原理は分からねぇんだとよ。さ、行くぜ」
私達4人は周囲を警戒しつつ先を急ぐ。
分かれ道をグラウディの案内通りに進み、ロードが何かを感じた場合は迂回してやり過ごした。
「それにしても……こんなのどうやって造ったんですかね? そもそもなんで造ったのかも謎ですけど」
ロードが歩きながらふとそんなことを言う。
まぁ、私もよく同じことを考えていたな。
さっきの柱だけならまだ分かる。
地上の脅威から身を隠す為にあの柱に住んでいた……というのは話の筋が通るからな。
だが、この迷宮を造る理由が分からない。
「そうだなぁ……俺が何度かダンジョンに入って思ったのは……暇潰しって感じかな」
「暇潰し?」
「ああ。約1万年前……なんらかの理由で地下に住むことにした何か。あの柱の中には畑の跡っぽいもんもあったから、地下で自給自足の生活をしていたと考えられる。つまり地上には出ず、完全に地下だけで暮らしていた可能性が高い。となると当然暇だわな。そこでそいつらはさらに地下へと掘り進む。だが住居はもうあるし、今更新しく造る必要はない」
「じゃあこの迷宮って……」
「このダンジョンに住んでたのが人間だか魔族だかは知らねぇが、どっちにしろ退屈ほど怠いもんはねぇ。その為の暇潰しって訳よ。何年、何十年、何百年……そいつらがどれだけここにいたかは分からねぇが、よっぽど暇だったんじゃねぇかな」
「まぁ、分からなくもないが……その為だけに、というのは少々暴論が過ぎるのではないか?」
「まぁ……確かにな。だが、そう思った理由もある。ここはまだシンプルな構造だが、地下に行くほど装飾も凝ってくるし、ちょいちょい隠し部屋なんかもあってよ。その中にはまるでご褒美とばかりに貴重な魔道具が入ってた宝箱なんかもあったからな。だからこのダンジョンで遊んでたんじゃねぇかなって思っただけさ」
この男……案外ロマンチストなのだな。
「ふふっ……面白い考察ですね。案外当たっているかもしれませんよ?」
「お、味方が増えたぜ」
「この男を甘やかすなレヴィ……」
「遊び心があっていいじゃないですか。あと、私が気になったのは誰が造ったか……という点なんですが、私は魔族が造ったものではないかと思います」
「ほう……根拠は?」
「約1万年前というのが本当なら……その頃人間は神から魔法を授かり、魔族と竜族に勝利した時代ということになりますよね? つまり人間が地下に逃げる必要はない。逃げるとすれば魔族でしょう。もし仮にその前の時代だとしても、人間はその頃まだ魔法を持っていないのでこのダンジョンを造ることは不可能かと」
「なるほどな。だったら逆に人間が魔法を得てから造ったというのは考えられねぇか? きっちり1万年前って訳じゃないし、数百年単位のズレはあるだろうからな。ここで力を蓄え、それから地上へと侵攻したとか」
「それもあるかもな。まぁ、そもそも魔族でも人間でもない可能性もある」
「はぁ? 他に誰がいんだよ?」
「決まっているだろう。それは……」
「……止まって」
ロードの声に反応し、全員が一瞬で身構えた。
これまでもロードが察知することで戦闘を避けることが出来ていたのだが……今回はどうも様子が違う。
「これは……一直線にこっちへ……? 俺達に気付いてる……!」
「ちっ……! 身を隠す場所もねぇし、俺らに気付いてんなら避けられねぇな……迎え撃つぞ」
私は背中に担いでいたスピアを抜く。
魔力を流し込み、ロードが見据える先に切っ先を向けた。
「……来る」
長い通路の先。
ロードの声とともに角から姿を現したそれは……。
「おいおい……!」
エメラルド色の体に金色の爪と牙。
筋骨隆々の四足獣は、私達を見つけると赤い口を大きく開いた。




