第130話:守
「なるほどな……軍を動かせないのはそいつがダンジョン内にいるからか」
「そうだ。ダンジョンに大人数を率いて入ったところで意味は無い。むしろリスクしかないと言ってもいいだろう。ダンジョンの攻略は少数精鋭が原則。無駄な戦闘を避け、効率よく迅速に進まねばならん。大人数では大量の物資も必要になるし、何より進行するのに時間が掛かり過ぎる。最深部に辿り着く前に兵は疲弊してまうだろう。そもそも辿り着いたところで大人数を生かすだけの広さがない。結局……無駄な犠牲を生むだけだ」
なるほど。
最深部までの長い道のり……数百人規模の軍を率いていては身を隠すことも出来ず、常に戦い続けることになってしまう。
さらにダンジョン内に仕掛けられた数々のトラップ。
人数が多ければ多いほど避けるのは容易じゃなくなるって訳か。
「あの……例えば軍の精鋭を集めて、それにSSランクの冒険者を何人か加えるっていうのはダメなんですか?」
「……当然それも考えたが、軍を動かせないのには別の理由もある」
別の理由?
「……アルメニアだろうな」
「ああ、貴様が考えている通りだ。アルメニアが滅んだ今、仮に竜族が攻め込んできた際に矢面に立つのは我らギリシア軍だ。軍の精鋭とはすなわち我ら騎士団長のこと。頭がいない軍では竜族を抑えることなど到底出来まい」
そうか……竜族が今攻めてきた場合、奴らはアルメニアを素通りしてギリシアに来る可能性が高い。
だから今国を空ける訳にはいかないってことか。
「当然SSランク冒険者にも声を掛けたのだが、こちらも連絡がつかない者が大半……または近くにいなかったり別の依頼中だったりでな。高ランクの冒険者はこうなる傾向が強いが、タイミングの悪いことに今回は特に掴まらん」
冒険者は基本的に自由だからな……そうなるのも無理はない。
「神獣を発見したSSランク冒険者は手を貸してくれることになっているが……現在パーティは陛下から討伐を命ぜられた私とそいつだけだ。数合わせに意味はない。強い者でなければ足手纏いになるだけだからな……とにかく時間が無いんだ! こうしている間にも奴がダンジョンから現れる可能性だって……だから……頼む」
そう言ってジルさんは頭を下げた。
なるほど……だからギリシア王はジークさんに助けを求めたのか。
でもジークさんは多分……。
「状況は分かった。だが、動くつもりはねぇ」
「なっ!? だ、だから貴様ッ! 国の……ギリシアの危機なのだぞ!? 貴様しか……貴様しかいないのだ!! それが何故ッ……!」
ジークさんは腕を組み、目を瞑ったまま俯いている。
やっぱり……。
「世界中にボロクソに言われて……まだ拗ねているのか!? 貴様子供か!! 貴様の力は何の為にある! 誰かを守る為に……その為に戦っていたのではないのかッ!!!」
ジルさんは目を真っ赤にしてジークさんを怒鳴りつける。
これは……多分間違いない。
「何が"全てを辞めた"だ! 私の知る貴様は……そんな腑抜けではないわ! もういい……貴様なんぞに期待した私と陛下が愚かだったのだ! 邪魔をしたな……もう二度と会うことはあるまい……!」
ジルさんはすごい勢いで立ち上がると、そのまま家を出て行こうとした。
この2人はきっと……。
「まぁ待て」
扉に手を掛けたままジルさんの動きがピタッと止まる。
ジークさんはチラッと俺を見た後、ジルさんの背中に向けて言葉を発した。
「俺は動けねぇが……代わりにこの小僧達を連れていけ」
「えっ?」
「……ふざけるな。そんな子供に何が出来る」
「見た目で判断すんな。こいつの名はロード=アーヴァイン。Sランクの冒険者だ」
「……Sランクだと? それにその名……どこかで聞いたような……」
「これを見な」
ジルさんは少し躊躇した後こちらに振り返る。
ジークさんの手には俺が渡したケルト王の手紙が握られていた。
「その紋章は……!」
「そう、ケルトの国王……オーランド=ガドリック=ケルトからの手紙だ。こいつはオーランドに認められてここにいる。調べりゃ分かるが実績は十分だし、1ヶ月ほど鍛えてやったが……俺の見立てじゃSSSランクにも引けは取らねぇ」
え……。
「本気で言ってるのか……?」
「戦いに関して嘘は言わねぇよ」
ジークさんは真剣な表情でそう言った。
「時間が無いんだろ? まぁ……信じろや」
そう言うとジークさんは葉巻に火をつけ、天井に向かって煙を吐き出した。
なんだか俺にはその煙が……やけに切なく見える。
ジルさんは少し考えた後、ジークさんを真っすぐ見つめた。
「……いいだろう。手ぶらで帰るよりはマシだ」
「ん、まぁそういうことだ小僧。行ってやれ」
「ジークさん……俺は……」
「大体は伝えたつもりだ。それに、さっきも言ったが後はお前次第……まぁ、また暇になったらくりゃいいさ」
「……はいっ」
「先に外で待つ。身支度を済ませたら来てくれ」
そう言ってジルさんは今度こそ家から出ていった。
ジークさんは無言でそれを見送り、ふぅっと煙を吐き出す。
やっぱりなんか……。
「本当のことは……言わないんですか?」
つい聞いてしまっていた。
言う筈がないと分かっているのに。
「……何がだ」
「ジークさん最初は"動くつもりはねぇ"って言ってましたけど、さっきは"動けねぇが"って言ってましたよね?」
ジークさんはそれに答えず煙を吐き出した。
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「つまり、ジルさんを……娘さんを守る為に……」
ちっ……まぁ、バレるか。
「奴らならやりかねなかったからな」
「やっぱり……娘さんなんですね」
「ジルだけじゃねぇ……見ず知らずの何の罪もない人間が俺の所為でまた死ぬかもしれない……そう考えたら身体が動かなくなっちまった。守る為に戦ってんのに……くだらねぇ権力争いで人が死ぬなんざ冗談じゃねぇ。幸いバーンを始め、後進は育っていたからな……だから身を引いたのさ」
まぁ、気力が無くなった一番の理由は……あいつが死んじまってたからだけどな。
言わねぇけど。
「俺が前に出りゃきっとまた何かしてくるだろう。俺に対し直接仕掛けてくれりゃまだいいが、ジルやバーンの評判を下げる為に……とか考えちまうとな。勝手に決めちまって悪かった」
俺がそう言うと、小僧は静かに首を横に振った。
「ジークさんの誰かを守りたいという気持ちは……俺が引き継ぎますから」
「……生意気言いやがって」
フッ……やはりいい目をしやがる。
「準備出来ました」
「ありがとうレヴィ。じゃ、ジークさん……行ってきます」
ったく情けねぇ。
だが、こいつらなら……。
「ああ……またな小僧、お嬢ちゃんも。ギリシアを……ジルを頼む」
「はい!」
家から出て行く2人の背中を見送る。
おっといかん。
忘れるところだった。
「あ、お嬢ちゃんちょっと来い」
「はい?」
小僧を先に行かせ、俺はあの時のことをお嬢ちゃんに伝える。
本人には言えねぇからな。
「そんなことが……」
「旅の話を聞く限り、多分目の前で誰かが死ぬのは初めてだったんだろ? この先何があるかは分からねぇが、もしそうなった時に止められるのはお嬢ちゃんだけだ。あいつを支えてやれ」
「はい……必ず」
「ん、気を付けてな」
「ジーク様もご自愛くださいませ。お酒と葉巻はそこそこに……」
「フッ……考えとく」
「ふふっ……では」
お嬢ちゃんは俺に一礼して家を出て行った。
やれやれ……なんだか急に静かになっちまったな。
ま、元に戻っただけだ。
さて、酒でも……いや……。
「……今日だけはやめてやるか」




