第129話:神獣
「……俺は寝る。そいつのことはほっとけ」
「え、ちょ、ジークさん!?」
ジークさんは踵を返し家へと戻っていく。
ど、どうしたんだ?
「ま、待てッ!」
その怒声にジークさんの足が止まる。
兜を被っていたから分からなかったが……この騎士さん女の人だったのか。
「何故ここに来たかは知らんし興味もない。さっさと失せろ小娘」
「貴様……!」
兜を被っているのになんで小娘って……。
それに、最初からジークさんの様子はおかしかった。
ひょっとして知り合いなのか?
「私だって……私だって来たくなかったさ! だがな、陛下のご命令は絶対だ! これを読め! 陛下からだ!」
そう言って、彼女は腰に下げてあったポーチから手紙を取り出した。
しかし、ジークさんは動かない。
騎士さんも手紙を出したまま動かず、深夜のアルバ村に静寂が戻る。
俺はその空気に耐えられなくなり、代わりにそれを受け取ってジークさんに差し出した。
ジークさんは黙ってそれを受け取ると、封を開けて手紙を読み始める。
「ふーっ……ふーっ……!」
騎士さんは身体をワナワナと震わせている。
この人……ジークさんとの間に何が……。
アロンダイトは空気を察したのか既に剣を納め、タスラム達は俺の背中に隠れて静かに状況を見守っていた。
「断る」
ジークさんは手紙を読み終えると一言そう言った。
「なっ……こ、断るだと!? 貴様陛下の……!」
「言った筈だ……もう辞めたと。それに俺じゃなくても別に構わんだろう。さっさとSSSランクを呼ぶんだな」
SSSランクを……。
つまり、それだけの異常が起きているってことか?
「それが出来れば苦労はない……! 当然すぐに届けを出したさ! だが、連絡の取れない者が大半……後は他の依頼中で動けんのだ!」
「だったらSSランクを数人集めるなり、ギリシア軍総出で対処するなりすればいいだろう。そいつの強さにもよるが、過去にはそれでなんとかなった例もあった筈だ」
「だから……それすら出来ないからここに来ているッ!!」
騎士さんの声が更に語気を強める。
凄まじい怒り……これは……。
「はぁ……なんだってんだまったく。いったい何がどうなってやがんだ?」
「……陛下の手紙に書いてあるだろう」
「大体はな。だが、詳しい状況までは書かれちゃいねぇ。書かれてんのは起きていることと……まぁ、力を貸してくれってことだけだ」
「なんだと……?」
騎士さんは少し考えた後、項垂れながらポツリと呟いた。
「くっ……陛下……そういうことですか……」
「……とりあえず中に入れ。でけぇ声でこれ以上騒がれると村の連中に迷惑が掛かる。まぁ……もう遅いがな」
「……いいだろう」
「小僧も嬢ちゃんも来い」
「は、はいっ……」
アロンダイトとタスラムはそのまま警戒に当たらせ、俺達4人は家へと入る。
騎士さんはジークさんが無言で指差す椅子に座り、俺達もそれぞれ腰を下ろした。
「で、いつまでそれを被ってやがるつもりだ?」
「っ! 今脱ぐところだ!」
「いちいち叫ぶな」
「ぐぬっ………………ふぅー…………」
拳を握り締め、なんとか怒鳴るのを堪えた騎士さんは兜に手をかける。
そうしてゆっくりと兜を脱ぐと、鋭い目でジークさんを睨みつけた。
キリッとした眉に切れ長の目。
その黒い瞳は力強く、兜に収めていた長く黒い髪には特徴的なクセがついている。
騎士さんはすごく綺麗な人だった。
あれ……でもなんだろう……なんか……。
「……ところでこの者達は?」
騎士さんはジークさんから俺達に視線を移す。
「あ、俺はロードと言います。こっちはレヴィ。ジークさんに色々教わっているところで……」
「ったく……てめぇから名乗れよ」
「ぐっ……わ、私はギリシア第3騎士団の団長を務めているジル……という。挨拶が遅れて済まない」
「あ、いえ……こっちこそすいません。なんかお邪魔みたいで……」
「……邪魔なのはどっちなんだか」
「こ、このっ……!」
「ま、まぁまぁ! それよりいったい何があったんですか? ジークさんさっき"SSSランクを呼べ"って言ってましたよね?」
とにかくこのままだと話が進まない。
SSSランクの人達を呼ばなきゃならないほどの事態とはいったい……。
「ああ……ジル、詳しく話せ。こいつらなら大丈夫だ」
「……分かった。単刀直入に言おう。ギリシア領に"神獣"が現れた」
「えっ……」
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"神獣"
神獣とは魔物でも竜でもない、強大な力を持ったモンスターのことを指す。
魔物でも竜でもないというのは、神獣がそのどちらも平気で喰らい殺すから。故にそのどちらにも属さないとされている。
突如として現れるそれは、どこから来て、また何の為に存在するのかは全くの不明。
非常に好戦的で、まるで破壊衝動の塊のようなその存在はまさに厄災そのものである。
大体が巨大な獣の姿をしており、そして神の如き力を持っていることから、いつしかそれらは神獣と呼ばれるようになった。
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「気付けたのは全くの偶然だ。あるSSランク冒険者が依頼を受けてダンジョンに向かったんだが……その中でそいつを見つけたらしい」
ダンジョンか……入ったことはないが、興味があって昔調べたことがある。
確か大体が1万年前に造られた……所謂遺跡のことだったな。
地下深く続くそれは何層にも分かれており、まるで巨大な迷路のように入り組んでいるらしい。
何故そんなものが造られたかは諸説あり、その当時地上が大災害に見舞われていてそれから身を隠すために造ったという説や、造ったのは魔族で人間から身を隠すためだったという説、何かを守る為に誰かが造ったという説もある。
どれが本当かは分からないが、ダンジョンからは数多くの魔道具や希少な鉱石、中には魔石が埋め込まれた強力な武器なんかも見つかっている。あるダンジョンの最深部からは大量の金塊が見つかったこともあった。
だが、それを見つけるのは簡単なことではない。
何故ならダンジョンには侵攻を妨げるように様々な罠や仕掛けが張り巡らされており、さらに厄介なのがそこにモンスターが住み着いているということだった。
それ故か、冒険者にとってはいい仕事場になっている場合が多い。
内部の調査依頼だったり、新たなダンジョンを発見した際の護衛、冒険者の中にはダンジョンで見つけたものを換金して生活する者もいる。
ひょっとすると……伝説の武具の中にはダンジョンで見つけたものもあったのかもしれないな。
まぁレヴィは集めるのを手伝ってないって言ってたし、クラウンさんがいない以上確かめる方法はないけど……。
「マグナ遺跡って聞いたことはあるか? ヴァルハラ大陸最西端にあるダンジョンだ。ギリシアが国で管理しているダンジョンで、これまで国に多くの恩恵をもたらしてくれている」
「ええ、知ってます」
確か……かなり巨大なダンジョンだった筈。
その中にいるとなるとかなり厄介だな……。
「まさかその中に神獣が現れるなどとは思いもよらなかった。まったく……タイミングが悪すぎるわ」
「あの、因みにその神獣を発見したというSSランクの冒険者様はご無事だったんですか?」
「ああ、そいつは優秀な冒険者だからな。奴が言うには、ダンジョンの最深部近くで魔物とドラゴンを喰らうその姿を発見したらしい。1人では勝てないと悟った奴はすぐにダンジョンを脱出し、犠牲者を出さないようにと国へ知らせてくれたのだ。おかげで今のところ被害は出ていない。だが……いつそいつがダンジョンから出てくるとも分からんし、そもそも出て来た時にはもう遅い……だから、なんとしても今のうちに仕留めたいのだ」




