第128話:アロンダイト
ジークさんと出会ってから1ヶ月。
俺は今日もジークさんと剣を交わしていた。
手にしたエクスカリバーとレーヴァテインの切っ先が空を斬るが、焦燥や驚嘆が口から漏れることはもうない。
そんな吐息や瞬きすらも戦いにとっては邪魔でしかないと知った。
以前はこんなことを考えもしなかったが、俺の戦いに対する向き合い方が変わったのだろう。
すぐに返される大剣の一撃を髪が触れる距離で躱し、ジークさんの側から離れず時を待つ。
全ては流れの中にあった。
躱され、防がれ、反撃され……それを読み、工夫し、追撃を放つ。
緩慢な攻撃には意味がなく、全ての一振りは仕留める為の礎なのだと理解した。
互いの剣がぶつかり、剣戟に一瞬の間が出来た時、ジークさんは薄っすらと笑みを浮かべる。
「……まぁ、いいだろう」
ジークさんは剣を引き、俺も2本の剣を手帳に納めた。
「俺が教えられるのはここまでだ」
「え……」
それって……。
「こっから先は小僧次第……俺が教えられるのは戦いの基本まで。そして……それは終わった」
「ジークさん……」
「元々お前には力がある。まぁ、経験の無いお前には手に余る力だったが……土台は出来た。後は小僧が自分の手で積み上げるしかねぇ」
「はい……!」
嬉しかった。
ジークさんに少しは認められたような気がして。
でも、それと同じくらい……なんだか寂しかった。
「フッ……そんなツラすんじゃねぇよ。こっからはもっと大変だぞ? 武具達の相性や使い方を考え……必殺の戦術を作らなきゃなんねぇんだからな」
「必殺の……」
「そうだ。誰しもが奥の手を持っている。当然俺もな。それを出せば戦況がひっくり返る……所謂切り札ってやつよ。そいつは1つ持っとくと便利なもんでな。力だけじゃなく心も強くしてくれる」
絶体絶命の状況からでもひっくり返せる力……。
つまり、それがあれば心に余裕が出来るってことか。
「もちろん慢心はするな。お前も既に理解しているだろうが、絶対に当たる攻撃なんざねぇ。切り札をどう使うか……」
「"漫然と放つのではなく、狙いすました一撃で穿つ"……でしたよね」
「ま、そういうことだ。多少は相談に乗ってやるよ。じゃ、晩飯にすっか」
「はいっ!」
「出来てます」
「うん……やっと慣れてきたわ」
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「ゲイボルグとグングニルの組み合わせはやばそうだな。単体でも強力だが……相手からすりゃたまったもんじゃねぇ」
「戦況はひっくり返りますね。魔力消費も大きいですけど」
「魔物相手ならベガルタ様とモラルタ様、竜ならバルムンク様とグラム様ですかね?」
「リジルとアスカロンも捨て難いがな。後はエクスカリバーとアロンダイトも組み合わせ的にはいいだろう。エクスカリバーは存在感が半端ねぇからな」
食事中から始まったこの話は、食べ終わった後もそのまま続いていた。
考えるだけでワクワクしてしまう。
「後は呼び出した武具達も加えて戦術を練らないとなんねぇな。そうすりゃ4発同時も可能だし」
「ただあまり連発は出来ませんね。戦況にもよりますけど……」
「小僧の魔力量はかなりのもんだが、いかんせん一発一発がデカすぎるからな。発動まで時間が掛かるのもよくねぇ」
「そこは私が前に出ます。お任せ下さい」
レヴィもこの1ヶ月で新たな力を得ていた。
まぁ、前から頼もしかったけど……今のレヴィはさらに強そうだ。
「話は変わるが、お前らこの後はどうすんだ?」
あ、そういや決めてなかったな……。
「そうですね……とりあえずギリシアに行ってみます。そこでまた情報を集めて……って感じですかね」
「ふむ、なんかいい依頼でもありゃ受けてみるのもいいかもな。経験は積んどいた方がいい」
「そうで……ん」
これは……大きくて強い……。
「……誰か来るな。村のもんじゃねぇ」
ジークさんも俺とは違う方法でそれに気付いたようだ。
「ええ、4人も既に気付いたみたいです」
夜は常に生命を与えた武具達が周りを警戒している。
彼らの動きからも何かに反応しているのは明白だった。
外から感じていた力強い生命力が徐々に近付いてくる。
2つ感じるな……重ねっているし……馬に乗った騎士か?
こちらに近付く速さ的にも間違いないだろう。
しかし単騎で何故ここに……。
「やれやれ仕方ねぇ……客人を出迎えるとするか」
――――――――――――――――――――――
灯りの消えた深夜のアルバ村。
馬に乗ったその騎士は、村人に気を遣っているのか、それとも気付かれないように忍び寄っているのか、どちらにせよ馬を静かに歩かせていた。
騎馬が歩く度に土を蹴り上げる音と、黒と黄を基調とした鎧がこすれる金属音が、深夜の静かな村ではやけに大きく響いてしまう。
普段なら気にも留めないその音に注意を払いながら、騎士は真っすぐジークの家を目指していた。
やがて辿り着いた小さな家。
騎士はフルフェイスの兜の中でため息をつく。
ゆっくりと馬から降り、相棒を近くの柵に繋げて辺りの様子を窺う。
庭には馬車が停まっており、立派な黒い馬が立ったまま眠りについていた。
今度は家に目をやる。
この小さな家の中に元勇者がいるのだと思うと、騎士は少し悲しくなった。
しかし、彼のしたことを思い出した騎士は、その感情をかき消すかのように兜を被ったままぶんぶんと頭を振る。
そうして何故ここに来たかをもう一度自分に問い掛け、騎士は私情を捨てて足を踏み出した。
「「「動いたらダメー」」」
「へっ……!?」
視界の端。騎士の肩にいつの間にか蒼い剣が置かれている。
この騎士自身もかなりの手練れであったが、それでも全く気配が感じられなかった。
更に3人の子供が騎士の周りをぐるぐると回り始め、騎士には何が起きているのかがさっぱり理解できない。
「な……な……!?」
3人の子供は全員同じ顔をしており、着ている服も同じだった。
違うのは髪型だけ。
ブロンドの髪は、3人それぞれ異なった長さで風に揺られていた。
「そのまま動かないでくれるとありがたいな。直に我が主人がいらっしゃるからね」
「バカな……気配が全く……!」
「我が名はアロンダイト。湖の精霊が宿りし静寂の剣なり。我が存在は一切の抵抗を受けず、その想いすらも凪へと変える……僕に気付けるのは我が主人だけだよ。因みに飛んでるのはタスラム達さ。髪が一番短いのがター。中くらいがスラ。長いのがムーだよ」
「「「3人合わせてタスラムだよー!」」」
「アロンダイトにタスラムだと? 伝説の武器の名前……いったい貴様らは……!」
タスラム達は回るのをやめない。
騎士は混乱の極みにあったが、なんとか思考を整えて口を開いた。
「貴様ジークに仕えているものか……?」
「いや、僕の主人は……」
「「「あ、ロードだー!」」」
タスラム達の声に反応して前を見ると、そこには騎士の知らない青年と少女、そして……元勇者が立っていた。




