第122話:気配
「ダメみたいだな」
「はい……鎖以外創れません」
あれから3日。
結局私は鎖以外のものを生み出せなかった。
つまり、私の魔術は何かを生み出す力という訳ではなさそうだ。
「で、もう1つは?」
「そっちもダメですね。何回やってもなりません」
もう1つというのは透明にする力のこと。
魔力弾を透明にして撃ってみるように言われたのだが、何度やってもそうなる気配すらない。
今まで試したことがなかったのは、無意識に出来ないと知っていたからなのだろうか。
「魔術のことはよく分からんが……こういうもんなのか?」
「いえ……大体は魔法のように得意なものを極める感じなのですが、私は早い段階でインヘルムを出たのでその辺りが曖昧なんです」
「なるほどな。クラウンがいたのも大きいかもしれん。そこまで強くなる必要がなかったってのも影響はあるだろう」
「クラウン様の所為ではないと思いますが……私の慢心というか何というか……」
「まぁそれはいいとして、生み出す力でも透明にする力でもないとすれば……やはり鎖が鍵だな」
「そうなりますね。なんで……鎖なんでしょう」
「いやこっちが聞きてぇよ……んー、鎖を使う時何かコツとか考えていることとかあるか?」
「そう言われると……」
「なんか心当たりがあんのか?」
自分の魔術のことをよく考え出した時、もしかしたら……というのはあった。
「ひどく抽象的なのですが、何かを抑えるというか……封じ込めるというか……そんなイメージが」
「封じ込める……か。確かに鎖は身体の自由を奪うのにうってつけではあるな……よし、その線でいってみよう」
「というと……鎖以外で抑えつける何かをイメージすればいいでしょうか?」
「それもあるが、鎖に透明以外の能力を付ける……とかな」
なるほど……そうか。
「相手の力を封じ込めるような……」
「そんな感じだ。よし、実験台になってやるよ」
「ありがとうございます。では……!」
僅かに光明が見えた気がした。
後は特訓あるのみ……!
「……首は締めるな」
「あっ! 申し訳ございません!」
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あれから6日。
何度も魔物に襲われたが、2人と協力することで無事にここまでこれた。
因みに今は狩りの真っ最中。
といっても、ほとんどモクさんがやってくれるんだが。
「……来た」
気付かれないように頭の上から小声でモクさんに指示を出す。
獲物はゆっくりとこちらに近付いてきていた。
数匹の群れだ。恐らく水を飲みにきたのだろう。
クソ……ちょっと遠いな。
でも、あの方向にはイワさんがいる。
すると俺の考えを察したのか、イワさんはいきなり立ち上がり暴れ始めた。
それに驚いた鹿達はバラバラになって逃げ、そのうちの1匹がこっちに向かってくる。
「モ……!」
俺が言葉を発するより先、モクさんの蔓が鹿を縛り上げていた。
必死に抵抗しているが、モクさんの力は半端じゃない。
やがて鹿は動かなくなった。
「ありがとうモクさん。よく分かったね」
モクさんは幹をドンと叩いた。
――――――――――――――――――――――
黒曜石で作ったナイフを使い、鹿を解体し終わる頃には陽が傾き始めていた。
因みに黒曜石はイワさんが見つけてくれたものだ。
刃物が欲しいと思っただけで、特に何も言ってないのにイワさんはこれを持ってきてくれた。
それを石で叩いて加工し、なんとか使えるようにしたのだ。
ん、そういえば……初日にモクさんが木の実をくれた時もそうだ。
腹が減ったと思っていたら木の実をくれたな……。
思い返せば今日までにも、そういうことがちょくちょくあったかもしれない。
さっきのことといい……言わなくても伝わっているのか?
俺はすっかり慣れた火起こしをしながら、2人に向けてやって欲しいことを念じてみる。
するとイワさんは枯れ木を集め出し、モクさんは綿を持ってきてくれた。
「ありがとうモクさん。あのさ、ひょっとして……言わなくても伝わってる?」
モクさんはこくんと頷く。
そうか……2人は話せないから俺も自然と口数が減っていた。
言わずに心の中で思っていたことが2人に伝わり、それで俺の為に動いてくれていた訳か。
これ……ひょっとして伝説の武具達とも出来るんじゃないか?
今までも無意識にやっていたのかもしれないが、意識的にやればもっとスムーズに……。
「1つ……手に入れたかもしれない。ありがとう2人とも」
2人はいつものように小躍りを始める。
その踊りは何度見ても飽きなかった。
「よし……肉を焼くか」
初日にあれ程かかった火を起こしだったが、今じゃ数分でつけられるようになっていた。
肉を木の枝に刺して火で炙る。
余った分は明日持って帰るとしよう。
それにしても……。
「なんだかんだ……慣れるもんだな」
1人じゃなかったからというのもあるだろう。
おかげで夜なんかは焚き火を見つめながら色々考えることも出来た。
生命魔法について、そして俺の中にいる"何か"についても。
「結局教えてくれなかったな……」
"何か"は巻き込んでしまったと言っていた。
無能という存在……神の力……生命魔法……。
いったい俺は何に巻き込まれているんだろう。
また話す機会があればいいのだが……。
「まぁ、とりあえずは明日……」
収穫はあった。
この力にはもっともっといろんな可能性があると。
そんなことを考えながら、俺は最後の夜を過ごしたのだった。
――――――――――――――――――――――
翌朝、俺はモクさんとイワさんを連れてジークさんと別れた地点へと向かっていた。
1週間という期限が終わり、嬉しい反面もうすぐ2人ともお別れだと思うと少し寂しい。
その所為か2人の足取りは心なしか重かった。
あ、そうだ……ジークさんに頼んで家の近くまで連れて行かせてもらおう。
そうすればジークさんの家でまた会える。
すると、モクさんとイワさんはそんな俺の気持ちに気付いたのか、急に元気になってどんどん前に進みだした。
「2人とも……これからもよろしくな」
2人はいつものように小躍りしながら俺の周りを歩く。
喜んでくれてよかった。
「あ、ここだねモクさん」
地面にぽっかりと空いた穴。
モクさんに生命を与えた場所だ。
俺は登ってきたから……こっちだな。
ここから俺が目覚めた場所まではそんなに離れていなかった筈だ。
俺達は山道を下り、目的の場所へと近付いていく。
「……待った」
その場所まであと少しというところで、俺は何かの気配を感じ息を潜めた。
魔王との戦い以降、俺は近くにいる生命を探ることが出来るようになっていたのだが、ここに来てからよりそれが強くなった気がする。
多分これも生命魔法の力なのだろうが、ここに来て力が上がったのは常に襲われる可能性がある場所だからかもしれない。
「クソ……近いな……」
深い森の中。
まだ視界には捉えていないが確実にいる。
右前方から強大な生命が……いやこれは……。
「下だ!」
土の中から突然魔物が現れ、いきなりモクさんに掴みかかった。
こいつは……!
「グルォッ!」
「トープディガー! こんな時に……!」
土の中にいたせいもあるが、前にいる奴の生命がデカ過ぎて気付くのが遅れた。
すぐにイワさんが殴りつけるが、岩の拳を受けてもビクともしない。
トープディガーは普段地中深くにいる魔物……その圧力に耐える為に鋼のような体毛で体を覆っている。
武器は大きな爪と、モクさんとそう変わらない巨体を生かした格闘。
そして目はなく、鼻先にある感覚器官で獲物を探す。
だから弱点は……!
「いいぞモクさん!」
俺の思考通りに、モクさんは捕まりながらも鼻を殴りつける。
さらに蔓で体を縛り上げ、自分の身体とトープディガーをがっちり固定した。
「イワさん!」
既に構えたイワさんの手に乗り、俺は石斧を構えて飛び上がる。
そのままトープディガーの鼻先に狙いを定めた。
「おらぁっ!」
「バウッ!?」
石斧が鼻先を砕いて眉間にまで到達し、トープディガーはモクさんの蔓の中で動かなくなった。
が、その時――――
「やばっ……!」
森の樹々を焼き払いながら爆炎が俺に迫る。
空中で身動きが取れな……!
「くっ……!」
瞬間、俺を庇うように……モクさんが爆炎を受けとめた。
「モクさんッ!!」
まずいまずいまずい!
モクさんが燃えて……!
「くそぉぉぉっ!」
地面に足がついた瞬間、俺は爆炎をかいくぐってその主の下へと駆け出した。
イワさんも既に走っている。
その前方に、そいつはいた。
「息吹竜種……!」
小さめの翼に控えめな腕、そして何より口が大きい。
間違いなく息吹竜種だ。
しかしこのサイズは……!
「このぉっ!」
俺は思いっきり石を投げつける。
「グォォォォッ!?」
正確に目に命中したことで息吹竜種は怯み、息吹を吐くのをやめて頭を激しく振っている。
かなりでかい……二つ名クラスか!?
イワさんは巨体に怯むことなく拳を打ち込むが、硬い鱗に阻まれてダメージが通っていない。
瞬間、息吹竜種の尻尾がイワさんの身体を捉え、身体中に亀裂を走らせながら宙を舞った。
「イワさん!!」
石斧でどうにかなる相手じゃないことは分かってる。
だが逃げられない。
背中を見せれば焼かれるだけだし、2人を置いては……!
「はぁっ!」
石斧を全力で足に叩き込む。
が、石斧は衝撃に耐え切れず根元から折れてしまった。
「グォォオ!」
「くっ……!」
すぐに2本目の石斧を掴み、迫る尻尾をギリギリ躱した。
足には微かに傷がついた程度。
やはりダメか……せめて頭を狙わないと!
息吹竜種が体を仰け反らせる。
息吹を吐くつもりか……なら腹に潜り込んで……!
その時、俺の横を炎に包まれたモクさんが通った。
「モクさ……!」
身体中を炎に包まれながら、モクさんは息吹竜種を縛り付ける。
そうしてモクさんは俺をチラッと見た。
まさか……嫌だ……!
逃げろって……もう自分はダメだからって……やだよモクさん!
「はっ!?」
何かを叩く音が聞こえ、振り返るとイワさんが自分の身体を叩いていた。
その手にはモクさんの蔓が握られ、俺が気付いたのを確認するとそれを木に結びだした。
「イワさん……!」
俺は急いでイワさんへと駆け寄り、蔓をもう1本の木にくくりつける。
イワさんの身体はボロボロで、今にも崩れてしまいそうだった。
しかしイワさんは自分の身体をドンと叩く。
信じろと。そう強がって。
俺は蔓を思いっきり引く。
イワさんはその真ん中に立ち、ぐいぐいと蔓に背中をつけて下がっていった。
蔓が軋み、もう動かなくなったところでイワさんは俺を見る。
「……行くよイワさん!」
俺が手を離した瞬間、イワさんは岩の砲弾となって息吹竜種の頭へと突き進む。
モクさんは暴れる息吹竜種の体を押さえつけ、当たる直前スッと身体を屈めた。
そうして炸裂したイワさん渾身の一撃は息吹竜種の頭蓋を叩き割り、イワさんの身体もまた……粉々に……砕け散った。




