第121話:鎖
もう来ないかと思ったその矢先、川を挟んだ正面の森から魔物が姿を現した。
「ツェクリウォーカーか……!」
ツェクリウォーカーは自分で作った石斧を持つ人型の魔物。
土色の体に筋肉質な体、大きさは俺とそう変わらない。
こいつらは確か……。
「イワさんはそのまま後ろを警戒! モクさん頼む!」
浅い川を駆け抜け、ツェクリウォーカーが石斧を振り上げ突進してくる。
モクさんは俺の前に立ち、ツェクリウォーカーを迎え撃った。
奴はモクさんの巨体にも怯まず、そのまま手にしている石斧を振り下ろす。
モクさんが繰り出した木の拳と石斧が激しくぶつかり、木が砕ける音が辺りに響いた。
「モクさん!」
石と木じゃ相性が悪かったかと思ったが、瞬間モクさんの砕けた腕から蔓が飛び出し、ツェクリウォーカーの身体を縛り上げる。
そのまま持ち上げて地面に叩きつけた。
「ギォッ!?」
や、やるなモクさん……。
「っ! ……イワさん来るぞ!」
今度は背後からツェクリウォーカーが数匹現れ、イワさんに向けて自慢の石斧を振り上げていた。
奴らはグループで狩りをする魔物。
この旅の間も何度か襲われていて、1匹が囮となり、残りが背後から襲うというのが奴らのパターンだった。
「おらぁっ!」
「グャッ!?」
ツェクリウォーカーの目を狙って投げつけた石が正確に命中した。
やはり投げつける時は能力が発動するらしく、投げる力や精度が強化されているようだ。
さらに他の奴らにも投げつけ、ツェクリウォーカーの目を潰していく。
目を押さえて動きが止まっているツェクリウォーカーに、イワさんの拳が唸りを上げて迫る。
「ゲォッ!?」
ミシミシと骨が砕ける音を響かせながら、殴られたツェクリウォーカーが宙を舞う。
どうやらイワさんもかなり強いらしい。
「よし、後は……!」
モクさんが倒した奴の石斧を拾うと、力が強化されたことを感じる。
これなら……!
「モクさんいこう!」
武器さえあれば……!
「こっちのもんだッ!」
「ギォッ!」
俺に気付いた奴の攻撃を躱し、石斧を脳天に叩きつける。
イワさんには奴らの攻撃も効かず、次々と石の拳の餌食となっていった。
そうして数分後には、動かなくなったツェクリウォーカー達が地面に転がり、山の中に静寂が戻る。
「ふぅ……あー……気持ち悪い……」
激しく動いたらまた頭が痛くなってきた……。
もう酒は飲みたくない。
地面に座り込む俺に、2人が心配そうに寄り添ってくれた。
「あ、大丈夫大丈夫……ありがとう2人とも」
安心してくれたのか小躍りを始める2人。
言葉は話せないが、表現の仕方が可愛い。
「さて、このままにはしておけないな。イワさん、大きめの穴を掘ってくれ。モクさんはツェクリウォーカー達を集めてから穴掘りを手伝ってくれるかな?」
2人はドンと身体を叩くと、それぞれすぐに作業を始めた。
奴らの死体を残しておくとそれに惹かれてドラゴンがよってくるかもしれない。
魔物はなんとかなったが、ドラゴンは弱い奴でも鋼のような鱗を持っているから今のままじゃ危険だ。種類によってはモクさんが燃やされちゃうかもしれないしな。
少し休んだあとに俺も手伝い、ツェクリウォーカーを土に埋めた。
石斧を数本拾い、モクさんから貰った蔓で腰にぶら下げておく。
結構弾力がある蔓で、色々と使えそうだ。
「よし、少し移動しよう。上流より下流の方がいいかな……モクさんまたお願い」
モクさんに乗り、俺達は川に沿って移動を開始した。
道中モクさんが俺の為に木の実を見つけてくれたので、それを食べて少し腹を満たす。
1週間くらいなら木の実でもいけるかもしれないが、やっぱり肉を食わなきゃ力が出ないかな。
また襲われることもあるだろうし、なんとか狩りをしないとな……いや、まずは火か……。
「摩擦熱で火を起こす方法もあるけど……やったことないしなぁ。まぁでも……」
なんでもやってみよう。
やらずに諦めるよりはいい。
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「くっ……!」
「それで全力かぁ? 攻撃が軽すぎるぜ」
本当に化け物ですねこの方は……!
私の攻撃がまるで通用しない……。
「動きもいいし、勘もいい。場数もかなり踏んでいるようだな。だが……決め手がねぇ。相手を倒し切るだけのな」
「ええ……分かっています」
私はロード様が山に行っている間、ジーク様に自分を鍛えて欲しいとお願いした。
私のこれまでのことを話し、こうやって特訓をしてくれることになったのだが……。
「お嬢ちゃんの話を聞いていると、そのクラウンってのもかなり強かったみたいだな。ロードも魔王を倒したくらいだし……そんな2人の影に隠れていたせいか、お嬢ちゃんの攻撃はあくまでサポートに過ぎなくなってたんじゃないか?」
「仰る通りかと……」
そう、私は自分の力を主人のサポートに使ってきた。
それが最善だったし、それ以上する必要が無かったとも言える。
けど、今のままじゃいけないと感じていた。
ロード様が上を目指す以上、私も強くならなければ。
彼と共に戦うのなら……絶対に。
「お嬢ちゃんは透明な鎖や魔力の塊、魔力弾ってしとくか……それに魔族特有の身体能力の高さや体術、鑑定魔法を合わせて戦うスタイルな訳だ。悪くはないが……必殺の武器がねぇ。拳や魔力弾が通用しない時点で終わりになっちまう」
「はい……」
「お嬢ちゃんの魔力量は魔王候補だっただけあってかなり多いし……自分の魔術をもう一度見直すことから始めた方がいいかもな。お嬢ちゃんにしか出来ない魔術を」
私にしか出来ない魔術……か。
「透明な鎖を生み出す力があるってことは、他にもなんか作れるんじゃないか? そもそもなんで鎖なのかもしらねぇが」
「確かに……鎖については自分でもよく分かりません。何故か最初から使えたんです。それで事足りていたので深くは考えていませんでしたが……」
「因みに透明じゃない鎖も出せるのか?」
「ええ、このように」
私は魔力で作った鎖をジーク様に見せた。
彼は「ふむ」と呟いた後に口を開く。
「他になんか出せるか? 剣とかよ。まずはお嬢ちゃんの能力を確立させようぜ。話はそれからだ」
「分かりました。やってみます」
その後、暫く剣や槍など他のものを生み出してみようとしたのだが、全く出来る気がしない。
鎖なら一瞬で出せるのだが、剣などを創ろうとしても形にすらならなかった。
これは今までやってこなかったからなのか、それとも鎖を生み出す魔術だからなのか……。
「判断するには早過ぎるし、もうちょい続けてみな。俺は狩りに行くわ。ヘラクレスの奴が全部食っちまったしな……備蓄まで」
「は、はい……申し訳ありません……」
「フッ……じゃあ行って来るわ」
「いってらっしゃいませ」
彼を見送った後、私は再び魔力を練り上げる。
私も頑張らないと。
ロード様の為に。
それにしても……。
「やっぱりいないと寂しいですし……心配ですね……」
どうかご無事で……ロード様。
――――――――――――――――――――――
「うぉぉぉ!」
既に陽は落ち、辺りは真っ暗になっていた。
このままだとまずい。
「ぐぅぅぅ!」
手元すらよく見えないが、俺は必死に木の棒を擦り続けた。
イワさんとモクさんが心配そうに見ているのだけは感じる。
「あ、焦げ臭くっ……ぬぅぅっ!」
暗くなる前に石斧の尖った部分で枯れ木の枝を削り、以前見た本に書いてあった火起こしの方法を見よう見まねでやってみた。
当然なかなか火は付かず、結局暗くなっても未だにその作業を繰り返すことに……おっ!
「あ、赤くなってる! モクさん! 綿! 綿!」
微かな赤い光……火種が出来つつあった。
暗闇の中、モクさんが慌てているのが分かる。
蔓で出来た指が伸びてきて、見つけておいた植物の綿をそれに当ててくれた。
「いけるかも……!」
赤く光る火種を綿で包み、思いっ切り息を吹きかける。
すると……。
「あっつ! つ、ついた! 急げ急げ!」
急いで枯れ木の中に火のついた綿を入れ、再び息を吹きかけた。
「ふーっ! 頼む……!」
俺の願いが届いたのか枯れ木に火が燃えうつり、大きな火が上がり始めた。
「や、やった……! ついたぞ! よかったぁ……」
川から少し離れた位置で焚き火を囲う。
俺はゆらゆらと燃えるそれをじっと見つめていた。
たまにモクさんが枯れ木を投げ入れ、火を消さないようにしてくれている。
後は食料だが……モクさんがいればなんとかなるかもしれない。
運さえ良ければだけど。
「とりあえず寝よう……もう疲れた……」
生きるのに必死ってこういうことだよな……。
おかげで考える余裕もなかったけど、2人がいたからなんとかなった。
「イワさんは見張りをしながら枝集めを。モクさんは火を見つつ、何かあったら起こしてくれ」
2人はこくんと頷く。
俺も頷き、モクさんの頭へと乗った。
「おやすみ……レヴィ……って、いないんだった……」
心配してるよなぁ……きっと。
なんとか無事に帰らないとな……。




