第119話:権利
「俺はガキの頃から戦うことが好きだった。まぁそれに……こんな力を貰っちまった以上、誰かを守る為に戦わねぇとっていう使命感みたいなもんがあった。で、冒険者になってからは受付嬢を無視してひたすら高ランクの依頼ばっかり受けてなぁ……気付いたらいつの間にか勇者だと呼ばれていたよ。ま 、正直そんなことはどうでもよかったがな。誰かの為に戦えればそれで」
俺は注いでもらった酒を飲む。
……やっぱり苦手だ。苦い。
「フッ……でな、ある日俺は1人の女を助けた。そいつも冒険者でな。どうやら身の丈に合わない依頼を受けちまったみたいで、たまたま通りかかった俺がそれを助けたんだ。そしたら"一生かけてお礼しますー!"とか言い出してよ。俺は断ったんだが……結局ずっとつきまとわれちまった。ま、後はお決まりの"そんな2人は惹かれあい〜"ってやつよ。数年後にはガキも生まれて、そいつは冒険者を辞めて家庭に入った」
ジークさん結婚してたのか。
じゃあ今……その人は……?
「だが俺は変わらなかった。難しい依頼を受け続け、ただただ誰かを守る為に戦い続ける……家に帰るのは半年に一回なんてこともザラにあったよ。それでも……そいつはそんな俺を一切責めなかった。それどころか、俺がやりたいようにやればいいとそう言ってくれた。今思えば……俺はそんな言葉に甘えてたんだろうな。だからバチが当たったのさ。3年前にな」
そう、3年前……俺が無能になった年だ。
そういえばティアも3年前だったな。
「なぁロード、勇者ってのは人間世界にとってどんな存在だ?」
「え? えっと……人間世界の希望で、冒険者の頂点……つまり最強の存在だと思いますけど」
「まぁそうだな。じゃ、そいつの出身国はどんな扱いになると思う?」
「そりゃもちろん……一目置かれますね。現に今の……まさか」
「そう……オリンポスはそれが気に食わなかった。いや、正確に言えば……あのアホ王にとっては……だな」
「それって……」
「俺の出身国はここ、ギリシアだ。現存する国家の中で最も長い歴史を持つ最古の国。無論当時から最強の国はオリンポスだった。それは誰もが認める事実。世界の盟主オリンポス様って訳だ。しかし、そんなオリンポスでも唯一対等に相手をしなきゃならない国……それがギリシアだった」
何故なら勇者がいるから……か。
勇者の存在は、一国の王に勝るとも言われている。
「当時のギリシアはオリンポスと対等に扱われていた。そもそも何故オリンポスが世界の盟主足り得たかといえば、先代オリンポス王が先導して人間世界の内戦を終わらせ、世界を平和にした偉大な王だったからだ。それに協力した国の中でも、ギリシアはその中核としてオリンポスを支えた。つまりギリシアは世界最古の国であり、勇者を排出した国であり、さらにはオリンポスと轡を並べ世界を平和に導いた国……だからこそオリンポスと対等な存在。それでよかった。無知なる王が生まれるまでは」
ジークさんは煙を吐き、ボトルを傾け酒を飲む。
まるで……話すことを躊躇うように。
「……あの日、俺はアホ王に呼ばれてオリンポスへと向かった。到着するや否や、何も聞かされぬまま謁見の間へと連れていかれ、そこにはアホ王とロイがいてな。俺の面を見るなりアホ王は歪んだ笑みを浮かべてこう言った……"この痴れ者が!"とな。当然俺は意味が分からない。するとロイがこう言った。"あなたは民衆を殺した大罪人です"とな」
「えっ!? な、なんで……」
「ああ、俺にもさっぱり訳が分からなかった。ロイが言うにはこうだ。"町の中で周りを鑑みず暴れた結果、1人の身寄りのない少女があなたの破壊した家に押し潰され亡くなりました。これはあなたの責任です"ってな。確かにやむ終えず町の中で戦ったことは何度かあった。そして、その日の少し前にも高ランクの魔物を町の中で討伐していたのは事実だ。だが、終わった後に"怪我人こそいたが死者はいなかった"という報告を俺は受けている。しかし……実はいたらしい」
「そんな……」
「俺は今まで誰も死なせたことはなかった。確かめようと思って町に行ったが……確かに死んだ少女がいたと言われたよ。そうしてその情報は世界中に広がった。しかも、その記事にはあることないこと色々書かれててな。当時俺は既に50を超えていたんだが、全盛期を過ぎて耄碌しただの、慢心が生んだ自分勝手な悲劇だの……まぁ、ボロクソよ。しかも過去の失敗まで引っ張りだされてなぁ。そんな一方、ロイは次々に高ランクの依頼をこなしていく。奴は当時18歳でその強さは本物だ。民衆はどちらを選ぶか……言わなくても分かるだろ?」
俺は何も言えなかった。
俺だけじゃなく、誰も何も。
「もう要らないと……そう言われたようなもんだ。俺にはもう戦う意味が見出せなくなっちまった。家に帰ろうとも思ったが、どの面下げて会えばいいのか分からねぇ。まぁそれでもちょっと時間を置いてから意を決して家に帰ったよ。そうしたら……嫁さんは既に死んでいた」
「え……」
「病気だったらしい。俺は何も知らなかった。いや、知ろうともしなかった……だな。そうして俺は全てを辞めた。これで終わりだ。な? 情けねぇ話だろ?」
「ジークさん……」
「全部話したのはオーランドとバーン、アリスくらいか。後から思えば裏で何かが動いていたのかもしれねぇが……きっと俺が殺しちまったんだ。どっちにしろな」
ジークさんは分かっていたのかもしれない。
オリンポス王やロイが何かをしたのかもしれないと。
でも自分が引かなければ、また新たな犠牲が生まれると判断した。
そうして帰った家には……もうジークさんを支えるものすらなくなって……あ。
「あ、あの……言いたくなかったらいいんですが……お子さんは?」
「ああ、ギリシアにいるよ。逆に勘当されちまったけどな。今でも元気みたいだから……ま、いいじゃねぇか」
「そう……ですか」
「あ、小僧てめぇ……全然飲んでねぇじゃねぇか! この野郎飲みやがれコラァ!」
「わっ! の、飲みまごあばぁっ!?」
「ロ、ロード様!?」
「わからん男よ……」
「そふれふね……ひっく」
「フェイルノート……お主はもうやめておけ」
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「酷すぎるぅー! あんまりだぁ! ジークさんが可哀想ですッ……なんでだ……なんでだちくしょう……!」
「お、おう……ありがとな……」
「所持者よその辺に……」
「そふれふよ……ひっく」
「お主……」
どうやらロード様は泣上戸らしい。
飲まなかったから知りませんでしたね……。
「ぬ、魔力が……」
「む、ヘラクレス様お時間ですか?」
「そのようだ。帰るぞフェイルノート」
「ひっく」
「はぁ……ではなレヴィ。ジークも美味い肉をありがとう。所持者にはよろしく言っておいてくれ」
「かしこまりました。また……」
「おう、またな」
武器に戻られたヘラクレス様とフェイルノート様をロード様の代わりに手帳へと納めた。
因みにロード様は変わらず泣き続けている。
そういえば……泣き顔を見るのは久しぶりですね。
ロード様には悪いですが……ちょっと可愛い。
「うわぁーん! レヴィィィィ!」
「うわっと! よしよし……」
急に抱き着かれ、ロード様は私の胸に顔を埋めた。
ふふっ……通常ならありえませんね。
暫くそうしていると、彼の身体から力が抜けていく。
どうやら眠ってしまったようですね。
「本日もお疲れ様でした……ロード様……」
「悪いな……俺が飲ませたばっかりに」
「むしろありがたっ……いえ、お気になさらないで下さい」
「フッ……その様子じゃただの旅仲間って訳じゃなさそうだな」
「……まぁ」
「別に責めてねぇよ。俺だってそうだったしな」
そう言って、彼は悲しい目で空を見上げていた。
彼の吐き出す葉巻の煙が私には妙に切なく映る。
「あのっ……! ジーク様は……その……」
「……それを想う権利すら俺にはない。失ったもんは戻らねぇ。それが大切だったもんであればあるほどにな」
私の聞きたいことは見透かされていたようだ。
煙を吐き終えたジーク様はゆっくりと視線を落とした。
「だが……それを防ぐことは出来る。だから小僧とここに来たんだろ?」
「はい……そうですね」
「さ、今日はもう寝るぜ。小僧をゆっくり休ませてやんな。明日は早いからなぁ……ふっふっふ」
ロード様……頑張って……!




