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無能と呼ばれた俺、4つの力を得る  作者: 松村道彦
第4章:闇へと堕ちる病
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第114話:竜

 

 燃えるような紅く長い髪を靡かせ、全身を真紅の装備に身を包んだその男は、金色に輝く強大な魔力を全身からほとばしらせていた。


「ド、ドラグニス様……!」


 "逆鱗の王"ドラグニス。

 世界に10人しかいないSSSランク冒険者の1人。

 勇者ロイやバーンとともに、しばしば民衆の最強談義に名を連ねる猛者である。


「……なんでお前がここにいやがる」


 フェイクは事前の調査でアルメニアの戦力を全て把握している。

 本来ならドラグニスはここにいない筈だった。

 事実、マリアナとニールはなんとかドラグニスと連絡を取ろうとしていたのだが、冒険者ギルドに問い合わせても、探し屋に依頼を出しても何をしても結局見つけることが出来なかったのである。


「俺様は俺様の魂に従い動く……それだけだ」


「言うねぇ……アルメニアが誇る英雄様のお言葉は痺れるよホント。でもちょっと遅かったかな。お前の国はもう……」


「知らん」


「……あ?」


「こんなクソ国がどうなろうが俺様には関係ない。俺様はただ……戦いを求めに来ただけだ……!」


 それが本音かどうかはドラグニスにしか分からない。

 ただ、マリアナは彼から怒りを感じていた。

 それに、そうでなければ「調子に乗るな」という言葉は出てこないだろうと。


 瞬間ドラグニスは大地を蹴った。

 3階建ての屋上まで一瞬で跳躍したドラグニスはその右腕に魔力を込める。


「へぇ、それが噂の……」


「死ね」


 膨張し形を変えたそれは巨腕竜種(ヴァルビード)の豪腕そのものとなり、余裕の笑みを浮かべるフェイクごと建物を叩き潰した。

 その衝撃は凄まじく、砂岩で造られた建物は粉々に砕け散り、一瞬で瓦礫の山へと姿を変える。


 ドラグニスの力……"竜化魔法"。

 それは身体の一部、あるいは全身をドラゴンへと変化させ、7種類のドラゴンが持つ能力を自由自在に操ることが出来るというもの。

 さらに能力を掛け合わせることで、本物のドラゴン以上の力を扱うことすら可能という強力な魔法である。

 その力を使い見事フェイクを叩き潰したドラグニスであったが、フェイクの表情と手応えの無さから既にそれを察していた。


「……傀儡か」


『ご明察だ』


 ドラグニスが声のする方を見ると、大通りの先に巨大な3匹の異形がいることに気付く。

 燃え盛る炎に照らされたそれは、巨体を揺らしながら彼に向かってゆっくりと近付いていた。


『真っ正面からやる必要もない。お前はこれと遊んでなよ』


「クク……怯えているのか? クソ野郎」


『ははっ! 挑発には乗らないぜ? そら、精々あんたの好きな戦いを続け……』


 異形が代弁するフェイクの言葉を遮るように、ドラグニスの口から放たれたそれは凄まじい衝撃とともに異形をこの世から消し去った。

 ドラグニスの口から放たれたのは"破壊の息吹ブレス"。

 体内で数種類の属性を混ぜ合わせたその一撃は、異形もろとも町を大きく破壊した。

 巨大な火柱と粉塵が舞い上がる中、ドラグニスは目を見開き口角を釣り上げる。


「クク……で? 怯えているんだろ?」


 再び言われてしまったその言葉に、身を潜めていたフェイクの頬を汗が伝う。

 バーンの力を間近で見た時に理解した筈だったが、それでも尚自分の認識が甘かったのだと悟る。

 SSSランクの冒険者とは、自分達と同じ神クラスの力を持つ者なのだと。


「マリアナ!」


「ニール!?」


 その時、数人の兵士を連れたニールがマリアナ達の背後から現れる。

 ニールはマリアナに肩を貸し、彼女はなんとか立ち上がった。


「巨大な火柱を見てここに来たんだが……お前が無事でなによりだ」


「……お前もな。私が生きているのはドラグニス様のおかげだ……」


「ドラグニス様……ありがとうございます」


 ニールはドラグニスに深々と頭を下げる。

 それを背中で受けたドラグニスは無言で周りを睨みつけていた。

 彼にとってはマリアナ達など眼中にない。

 ニールとマリアナもそれを理解しており、周囲を警戒しつつ話を続ける。


「……状況は?」


「ああ、生き残った竜狩り騎士団と防衛隊は民衆を連れて王都を脱出、ギリシア軍が保護してくれている。残った冒険者達も既に町を離れた。俺達は町に残る魔物を駆逐しつつ、逃げ遅れた者がいないか捜索しているところだったんだ」


「よかった……で、陛下は?」


「それが……」


 瞬間ドラグニスの魔力が全身に漲り、2人はそれに反応し身構えた。

 彼らの前方には未だ燃え盛る火柱が上がっている。

 ドラグニスはその先に何かを感じたのだ。

 フェイクではない別の強大な魔力を。


「なっ……!?」


 その時、突如火柱が左右に分かれるように開かれ、そこから1人の男が姿を現した。


「貴様らの王は……もうこの世にいない」


 ドラグニスの業火を斬り裂いて現れたその男……ジェイドは静かにそう告げた。

 そのまま彼はゆっくりと近付き、ドラグニスの数メートル手前で歩みを止める。


「き、貴様……まさか陛下を!?」


 ニールが剣を構えてそう叫ぶが、ジェイドはそれを無視して再び口を開く。


「フェイク……事は成した。もういいぞ」


 すると建物の影から鳥型の魔物であるバディードが現れ、ジェイドの頭上を旋回しながら言葉を発した。


『……了解。じゃあなドラグニス……また会おうぜ』


「次は逃げるなよ? クソ野郎」


 それには応えず、フェイクが操るバディードは彼らの前から飛び去った。

 ジェイドはそれを見送ると、眼前に佇むドラグニスに視線を向ける。


「さて、本来ならここにもう用はないんだが……事情が変わった」


「だろうな。でなければ貴様がここに来る理由がない」


「話が早くて助かる。俺の名はジェイド。あんたと手合わせがしたい」


 ドラグニスはジェイドを値踏みするように睨みつける。

 黒髪に黒い服。

 武器は何1つ身につけておらず、その佇まいは自信に満ち溢れていた。


「クク……舐められたもんだ」


「そう言うな。あんたの力はよく知ってる。だが、直接相対さなければ……その真髄には触れられまい」


「果たして貴様如きに触れられるかな? よしんば触れたところで……その身が焼かれるだけだが」


 その背後でマリアナやニール、兵士はそれぞれ武器を構える。

 自分達の王を殺した男を眼前にして、その仇を討つべく魔力を練り上げていた。


「貴様ら……」


「ドラグニス様……我らが邪魔なのは重々承知!」


「しかし、我らとて引き下がれませぬ!」


「我らの王をよくもッ!」


「……哀れな」


「な、なんだと……!」


「貴様らも知っていたのだろう? 狂った王の凶行を」


 ジェイドの言葉に誰も何も言えなかった。

 アルメニア国民は知らなかったが、王に近しい者はそのことを知っている。

 無能をいたぶり悦に浸っていると。

 それでも、彼らにとって王は王なのだ。


「だ、だが王のしたことは……!」


「無能だから仕方ないか? まったく……無知とは罪なことよ」


「それ以上ほざくなッ! 陛下のかたき!」


 1人の兵士が飛び出したのを合図に、残りの兵士達も後に続く。

 片手に剣を構え、もう片方で魔法を放たんと手を振り上げた。


「己の無知を呪え」


 そんな彼らに線を引くようにジェイドの手刀が虚空を斬ると、5人の兵士の身体が上下に分かれ、血を撒き散らしながら地面に嫌な音を奏でる。

 まさに一瞬だった。


「なっ……!」


 マリアナとニールは動けなかった。

 ジェイドの言葉が彼らをその場に縛り付ける。

 以前から思っていた"無能だから仕方ない"という思考を"無知"だと断じたその言葉によって。


「ほう、貴様らはあれが命を懸けるに値しないと理解できているようだな。それが正解だ」


「くっ……だ、黙れ! 城には多くの兵がいた筈……それはどうした!」


 当然ニールは王を守る為に城の防衛も固めており、防衛隊の中でも精鋭を城に配置していた。

 だが、そんな彼らでもジェイド達の前には無意味であった。


「逃げてもいいと言ったのだがな。やはり兵士は死に急ぐ生き物らしい。まぁ、仕える王すらまともに選べないのだから……死んで当然か」


「おのれ……!」


「貴様ぁッ!」


 マリアナとニールは同時に駆け出す。

 残る魔力を振り絞り、全力でジェイドに斬り掛かった。

 しかし、その槍もつるぎも、そして怒りすらもジェイドには届かない。

 2人の斬撃をいとも簡単に躱し、ジェイドの手刀が虚空を斬る。

 

「気付いていたのならば……貴様らも同罪だ」


「避けろマリっ……」


 マリアナを庇ったニールの身体が斜めに分かれ、上半身が地面に落ちる。

 残された下半身から噴き出した血が、呆然とするマリアナの顔を伝う。


「ニー……ル……? きさ……!」


「ぬるい」


「があっ!?」


 マリアナの両腕が肩から切断され、ジェイドは何も出来なくなったマリアナの首を掴む。


「これが貴様らが無能だと罵った我らの力だ」


「ど……う…………い……」


「俺はかつて無能と呼ばれていた。無能は魔法が使えない人間などではない。神の力を持った選ばれし人間……貴様らはそれを知らない。だから無知。だから哀れ」


「そん……な……馬鹿……」


「貴様らの王は罪なき神の子を罰した。だから裁いたのだ。理解したか?」


 ジェイドはマリアナをニールの上半身に向けて放り投げた。

 何も出来なくなったマリアナを睨みつけ、ジェイドは憎しみを込めて言い放つ。


「貴様らの罪を数えながら……死ね」


 マリアナの目の前には、目を開けたまま口から血を流すニールが転がっていた。

 両腕を切断され大量の血を失ったマリアナは、最早それをぼやけた視界で眺めることしか出来ない。


「私……達は……な…………ぜ……」


 マリアナはそう呟くと静かに目を閉じる。

 ドラグニスは腕を組んだまま、その様子を静かに見つめていた。


「1つ聞くが……何故助けなかった?」


「愚問だな。そいつらは己の魂に従った。それを止める権利は俺様にもない」


「なるほど……確かに愚問だった。ではそろそろ……」


「ああ……始めよう」


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30.3.25より、書籍第2巻が発売中です。 宜しくお願い致しますm(_ _)m
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