第113話:邪魔
アルメニア城地下牢獄にある拷問部屋。
地上の騒ぎもここには届かず、王は今日も変わらずそこにいた。
そしてもちろん彼女も。
「いぎっ……!」
「いいぞ! その調子だ! さぁもっと鳴けっ!」
「ぎゃっ! いやぁ……もうやだぁ……うっうっ! なんでこんなことするのおっ!? もういやぁぁぁぁぁぁあ!!」
「貴様が無能だからだ。無能は生きているだけで罪! だから余が清めてやっているのだよ。うはは……さぁさぁ夜はまだ始まったばかり! 今宵も楽しもうではないか!」
もう何をされたか覚えていない。
どれだけ経ったかも分からない。
ただただ……私はもう死にたい。
「そぉらぁっ!」
「ぎぁぁ!」
「いいぞ! もっと暴れろ! もっと喚け! 堪らんなぁ……! うははぁっ!」
「あぎぁぁぁぁあ!」
……憎い。
こいつが憎い。
こんな世界が憎い。
なくなってしまえばいいのに……。
こんな最低な世界……もういらない……!
「…………ね……」
「ん? どうした? もっと……」
「死ねぇぇぇぇ! 気持ち悪いんだよクソやろぉぉぉ!」
「ほう? まだまだ元気じゃないか。ならもっといけるなぁ!」
「うがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
私は精一杯身体を動かす。
首を足を手を……私を縛る鎖を引き千切ろうと必死に。
もう耐えられない……!
もう無理だ……!
鎖が千切れないなら、このまま首でも足でも千切って死んで……!
「おっとっと! ほれ」
「がっ!?」
身体がっ……痺れ……。
「余の魔法は雷魔法だと忘れたか? お、では今日はこっちで楽しむか。そら」
「ぎっ!? あっ!」
私は……なんな……の……。
どうして……なんで……。
誰でもいい……。
誰か……助けてよ……。
「おーこれはいいな! それにしても……神はなんとよいものを余にくださったのか!」
ふざけんな……。
「やはり神は余のような人間に力を……そして無能という喜びをお与えくださるのだ!」
神なんか……いるもんか……。
「神に感謝を! 神は尊き我がこの手に……」
いるなら私を……助けてよ……。
「貴様が神を語るな」
「えっ!? あ、えっ……ぎっ……ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」
え……?
な、何が…………何が……?
「もう大丈夫だよー。酷いことするよねー……まったくさ……」
「え…………え……?」
な、何が……この人は……?
「ジェイドー、鎖を切るにゃ」
「ああ。そら、切ったぞ」
く、鎖が……。
手も足も自由……に……。
助かったの……? 私は……助……。
「うっ……ううっ……うわぁぁぁぁぁぁあ!」
「よーしよし……大丈夫大丈夫……もう大丈夫だよー」
「さ、身体を拭いて服を着るにゃ」
「うっうっ……あ、あなた達は……」
「あなたと同じ……人間じゃなかった人間だよ」
――――――――――――――――――――――
「ぐぅぅぅ! はぁっ……はぁっ……あぁぁぁぁぁぁあ……!」
アルメニア王は右手を抑えて呻き声を上げ続ける。
必死に押さえている右手首から先は、彼の目の前でただの肉塊と化していた。
生まれてから今までで最大の痛み。
国に、兵に、そしてその血によって常に守られてきた彼にとって、それは耐えようのない激痛だった。
「痛いか?」
「はぁっ……うぐぐ……な、なんなんだ貴様らはぁぁぁぁあ! 余を……余を誰だと……」
「アルメニア国王、ザンディ=ウォンド=アルメニア。貴様の罪……神に代わって俺が裁く」
「ひっ……だ、誰ぞ! 誰ぞおらんのかぁぁぁぁあ! 余を……はぁはぁっ……余を守らぬかぁぁぁ!」
「やかましい」
ジェイドが指で切る真似をすると、アルメニア王の耳が顔から離れて地面に落ちる。
「あがぁぁぁぁぁあ!」
「おっと、余計うるさくなったな」
「な、なんなんだ貴様らはぁぁぁぁぁぁ! はぁっ……はぁっ……ぐぅぅ! あっあっあぁぁぁ……余が……余が何をしたぁぁぁ!」
「あー、その問答は飽きた。今までの奴らも皆そう言ったよ。だからこう言うことにしている。"分からないから貴様は死ぬんだ"……となぁ!」
「うぼぇっ! あっがっ! や、やめ……いぎあぁぁぁ!」
「彼女も! そう! 言っただろう! だが貴様はやめなかった! 何故だ!? そう……それがやめない理由だ!」
ジェイドはアルメニア王を何度も蹴り上げ、肉を抉り、髪を掴んで顔面を殴りつける。
簡単には殺さぬよう念入りに。同胞が受けた痛みを思い知らせるように精一杯の憎しみを込めて。
ジェイドは彼女が吊るされていた鎖を掴み、血塗れになったアルメニア王の首と左手を縛り上げる。
さらに首に巻きつけた鎖の輪の中に右手首を挟み、思い切り締め上げた。
「ぎっ! あっ……や、やべで……! やべでぐだざいっ……ぐっげっ!?」
アルメニア王の言うことなど聞く耳は持たず、ジェイドはそのまま鎖を引いて天井にぶら下がるフックに彼を吊るし上げた。
「ぐぼっ!? ぎっぎっ……!」
「精々最期の時まであがくがいい……それが貴様の贖罪だ」
アルメニア王は誰かが助けに来ると信じて必死に抗う。
だが、もうこの城の中に彼の味方は誰もいなかった。
「シェリル」
その様子を呆然と見ていたシェリルだったが、突然ジェイドに名を呼ばれた彼女はびくっと反応した。
「は、はい……」
「俺達は君と同じ無能だった」
「え……? そ、それって……どういう……」
「私達もあなたみたいに酷いことをされたんだよー」
「リセルもそうにゃ。いっぱいいっぱい……酷いことをされたにゃ……」
「だが今は違う。いや、最初から違ったんだ。無能は選ばれし人間。神の力を持った……この世界を救う存在」
「神の……わ、私にもそれが……?」
「そう、だから俺達はここにいる。君はもう……1人じゃない」
その言葉にシェリルは涙を抑えきれない。
ずっと彼女は助けを求めていた。
誰にも届かない悲痛な叫び声を。
そして、彼女は今ようやく救われたのだ。
「君を縛り付ける鎖は砕かれた。そして、君の魂を苦しめた呪いは……」
ジェイドの手が開かれ、それがアルメニア王へと向けられる。
「た、たずけで! 殺ざないでぐ……ぐぎぁぁぃぃぇぅぃぃぁ!?」
「今、俺が浄化した」
ジェイドの手が閉じた瞬間、シェリルの地獄は赤い花へと変わった。
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「はぁっ……はぁっ……」
「さすがは団長殿。粘る粘る」
「貴様にッ……この槍を叩き込むまでは……!」
「その気概は結構。だが、お仲間はついてこれなかったみたいだな」
彼女の周囲には大量の魔物の死骸と、国と彼女を守る為に命を懸けた団員達の骸が転がっていた。
魔物の強さ自体は決して高くなく、精々がC〜Bランク程度。
だが、無尽蔵に湧き出てくる数におされ、マリアナ以外の団員は彼女の盾となり散っていった。
魔物達は1人になったマリアナを一定の数で包囲し、それ以外は彼女を無視して町中へと広がっていった。
それらは容赦なく町を破壊し、未だ暴れ回る数匹の異形と共に他の兵士や冒険者達を飲み込んでいく。
アルメニアは海岸沿いで竜族を迎え討つ準備はしていたが、町の中からの侵略など想定していなかった。
というより、そんな余裕などなかったと言った方が正しい。
竜族という脅威はあまりにも大きく、それ以外のことに力を割けなかったのだ。
町の防衛機能も全て竜族に向けて作られており、海岸沿いに兵士が集中していることなども合わせ、フェイク達ティタノマキアはそれらを全て知っていた。
フェイクの魔法は"複製魔法"。
触れた対象の複製を生み出し、それを自在に操ることが出来るというもの。
複製出来るのは生物のみで、オリジナルに比べると能力は数段劣る。
ただし、フェイクが直接操った複製に限り、それらは本来の力を扱うことが可能。
他にも様々な制限があるが、仲間との連携により、フェイクの力は町1つ破壊する力を得るに至る。
彼らは今日の為に陸地側の防衛隊を少しずつフェイクの複製へと入れ替え、どのような防衛体制が敷かれているかを全て把握していた。
そうして作戦決行とともに複製を解除し、もぬけの殻となった壁や門をフェイク達は悠々と突破したのである。
「我らは1つ……死して尚……魂は共にある!」
「国を失ってもか? 語るねぇ。ん……おーよかったな。民衆は全員脱出することが出来たみたいだぜ? ま、最初っから興味ないけど」
フェイクの頭には複製から様々な情報が入ってきていた。
通信魔石など使わずとも、アルメニアの現状は全て分かっている。
因みに民衆を襲わなかったのは、殺す必要がないことに加え、アルメニアの戦力を分散させる為であった。
事実、アルメニア軍は民衆の避難を優先し、戦闘に参加出来たのは約半数。
全ては彼らの思い通りに進んでいた。
「ぐ……貴様はなんなのだ! アルメニアになんの恨みが……!」
「恨みならあるよ。お前らの王様が悪い。だからこの国は滅ぶのさ。まぁ後は……邪魔なんだよこの国が」
「な、なに……!?」
「後はあの世で考えなよ。じゃあな竜狩り団長。最後の相手が竜でなくて……残念だったな」
フェイクの合図とともに、マリアナを囲んでいた魔物達が一斉に襲い掛かる。
だが――――
「……え?」
マリアナが最後の力を振り絞ろうとしたその時、上空から現れた何かが全ての魔物を焼き払った。
凄まじい衝撃とともに大地に降り立った男は、その燃えるように鋭い眼光をフェイクに向ける。
フェイクはその男を知っていた。
アルメニアが誇る、その最強の英雄を。
「お前は……!」
「……調子に乗ってんじゃねぇぞ。クソが」




