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無能と呼ばれた俺、4つの力を得る  作者: 松村道彦
第4章:闇へと堕ちる病
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第112話:軍勢

 

 最初に異変に気付いたのは町を巡回していた兵士達だった。


「おい、あれ……」


「ん? ……こんな真夜中に変だな」


 兵士達はいくつかの班に分かれ、絶えず町の中を巡回して警備にあたっていたのだが、その中のある班が町の中をふらふら歩く黒い人影を発見した。

 以前のアルメニアならいざ知れず、今の状況でこの時間に外を出歩いている者など久しく見ていない。

 竜族とは関係ないと思いつつも、僅かな異変でも見落とさないようにと警戒していた彼らは、魔石で本部に連絡を入れながらその人影を追いかける。


「随分とフラついているな……」


「ただの酔っ払いか?」


「分からん。とにかく声を掛けよう」


 ゆらゆらと揺れながら歩くその人影は、何かに導かれるように町の中心へと向かっていた。

 フラついている割に歩く速度が異常に速く、彼らは自然と早足になり始める。

 言い知れぬ嫌な予感を彼らが感じ始めたその時、本部と繋がっている通信魔石が淡い光を放った。


『本部より全班。多数の不審人物を確認。警戒にあたれ』


 その連絡を聞き、3人の兵士は無言で駆け出した。

 自分達以外にも不審な人影を発見した班がいると分かり、何か異常が起きていると察したのだ。

 そんな彼らに気付いたのか、黒いフードを被った人影の速度がさらに上がった。


「歩いているようにしか見えんが……!」


「気持ち悪い奴だ……明らかにおかしい」


 全力で走っているのにも拘らず、何故だか歩いているようにしか見えないそれに追いつけない。

 そうして追いかけていると、不審な人物は狭い路地を抜け、広い通りに出たところでその動きをピタリと止めた。

 追っていた兵士達もそれに合わせて動きを止める。


「何故止まる……追われていることに気付いていた筈……」


「……誘われているのかもしれん」


「かもな。だが、放ってはおけまい」


 3人の兵士は路地から姿を現し、その人物の背後を囲うように近寄っていく。

 その人物は兵士達に気付いている筈だが、振り返ることなくじっとその場で佇んでいた。


「おいあんた。こんな時間に何をしているんだ?」


 兵士は一応そう声を掛けた。

 だが、やはりというべきか、黒いフードを被った人物は兵士の呼び掛けに答えようとしない。

 フードを被っているので正確には分からないが、後ろから見ていた兵士達には少し離れた位置にあるアルメニア城をじっと見つめているように見えた。

 その不気味さが彼らの語気を強める。


「聞いているのか!? こっちを向け!」


 彼ら3人は剣を抜き、魔法を発動する為に魔力を練り上げ臨戦態勢へと移行した。

 すると、黒いフードを被った人物は突如身体をびくんっと動かし、その場で足踏みをするようにゆっくりと回転する。

 その異様な動きに兵士達の緊張が高まっていく。

 そうして兵士達の方を向いたその人物は、フードの中からじっと彼らを見つめていた。


「……フードを脱いで顔を見せるんだ。ゆっくりとな」


「妙な真似をすれば攻撃する。これは脅しではない!」


 兵士達に言われるがまま、その人物はぎこちない動作でゆっくりとフードを脱ぐ。

 そうしてあらわになったそれに、兵士達は驚きのあまり目を見開いた。


「な……!?」


「お前……なんだっ……そっ、なんなんだお前は!」


 兵士達の持つ松明の光に照らされたその顔は人間のそれではなかった。

 人間と何かが混ざり合ったような異質で不気味なその顔に、兵士達はただただ驚き、そして恐怖からか思わず後ずさる。


「さ…………て……じ……」


 さらに異形の男は奇怪な声を上げながら兵士に迫る。


「な、なんっ……!」


「う、動くな!」


「それ以上近寄るんじゃない!」


「お……でぎ…………ぢ」


 兵士達の言うことなど聞かず、異形の男は奇怪な声を上げ続けながら彼らに近寄っていく。


「な、なんなんだこいつはぁ!?」


「あー……あーあーあー……がぼっ! げほげほっ! あー……あーあーあーあーあー……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 恐らく口だと思われるそれを限界にまで開き、血を撒き散らしながら異形は奇声を上げる。


「ひっ!? お、おいっ!」


「こいつはっ……人間じゃない!」


「う、撃て!」


 3人の兵士から魔法が放たれ、直撃を受けた異形の男は数メートル吹き飛んで地面に倒れる。

 しかし、まるで何事もなかったかのように立ち上がると、怯える兵士達を見つめながら今度ははっきりと言葉を発した。


『んんっ! さぁ、始めよう』



 ――――――――――――――――――――――



「ニール! 状況は!?」


『町の中にいきなり魔物が現れた! 現在民衆の避難を行いつつ対処しているところだ!』


 マリアナ率いる竜狩り騎士団は、竜族の襲撃に備えて町の中心から離れた海岸沿いに部隊を展開していた。

 いつものように海を見つめていると、突如として町の中心部から巨大な爆発音とともに火の手が上がる。

 異常を察したマリアナは最低限の人数をその場に残し、急いで町の中心部へと戻ってきたのだった。

 彼女はニールと魔石で連絡を取りながら大きな音がする場所へと向かっていく。


「門を守っていた防衛隊は何を……!」


『さっきまで連絡は取れていたんだ……だが、今は一切連絡がつかない』


「クソ……いったい何がどうなっている!」


 竜族の襲撃に備えていたマリアナ達にとって、町の中にいきなり魔物が現れるなど完全に予想外だった。

 巡回していた兵士達に加え、町を守る壁を警護していた防衛隊との連絡もつかない。

 アルメニアは今、混乱の極みにあった。


『始まりは不審な人影だった。それに巡回していた兵士達が声を掛けた途端、いきなり魔物へと姿を変えたらしいんだ』


「どういうことだ……魔族ではないのか?」


『いや、見たこともない異形だが……魔物としかいいようがない』


「数は?」


『3匹倒して残りは12匹だが、一匹一匹が異常に強くてデカい。冒険者達と協力してなんとかおさえちゃいるが……こいつらはただの魔物じゃない」


「訳が分からん……陛下は?」


『恐らく地下だ……城の防衛を固め、既に兵士達を向かわせてある』


「こんな時にまでっ……! ギリシアとケルトには?」


『既に連絡済みだ。民衆の約半数は既にギリシア領に向けて脱出している。だが南側が厳しい……奴らは町の中心部で暴れていて分断されちまっているんだ』


「私達がいる場所から近いな……よし、南側は竜狩り騎士団で民衆を誘導する! 私は残りを連れて魔物を!」


『分かった。死ぬなよ……マリアナ』


「お前もな……ニール」


 マリアナはすぐに団員達に指示を出し、中心部を迂回してギリシア領に続く北門へ民衆を誘導するように告げた。

 そうしている間にも町は火の手に包まれていく。

 マリアナはギリッと歯を鳴らすと、より強く大地を蹴った。



 ――――――――――――――――――――――



 100人程の団員を連れて大通りへ出ると、そこは既に戦場と化し、多くの兵士達が倒れ、美しかった町並みは無残な姿へと変わり果てていた。

 その大通りの中心に、マリアナはその異形を見る。

 町を焼き尽くす炎に照らされた黒い巨体のそれは、2本の足で悠然と立ち、太く長い両腕とは別に背中からも歪な腕を生やしていた。

 顔は醜く爛れ、どれが目でどれが口なのかも分からない。

 マリアナは背中から槍を抜き、怒りを込めて異形と相対した。


「貴様……やってくれたな……!」


『おや、竜狩り騎士団の団長さんかな?』


「な……ひ、人の言葉を!?」


 返答が返ってくるなどとは思いもよらず、マリアナは思わずそう叫んでしまう。

 だが、すぐに気を引き締め異形の魔物を睨みつけた。


『はは、まぁね。お前らには興味ないんだけど……やる?』


 興味がないという言葉に疑問を感じつつも、マリアナは槍の切っ先を異形に向ける。


「……貴様が何を思っているかなど知らん。私はアルメニア竜狩り団長マリアナ……祖国に仇なす貴様を駆逐するのみ!」


『あっそ。じゃ…………死ねば?』


「貴様がな……!」


 瞬間マリアナは大地を蹴り、一瞬で異形の足元へと潜り込む。

 異形が目で追うことも出来ないほどのその速度は、彼女の使う魔法によるもの。

 勢いそのままに、鋼の槍で異形の両足を貫いた。


『おっとぉ!?』


「ノロマが!」


 彼女は普段から巨体のドラゴン達を相手にしている。

 いかに初めて見る異形の魔物であっても、巨体の崩し方は心得ていた。

 大体のモンスターの弱点は頭部か心臓。

 それを貫くためにはまず体制を崩すことからであると理解していた。


『あらよっとぉ!』


 異形は崩れそうになる身体を背中から生えた腕で支えるが、マリアナは既にそれを読んでいた。

 歪な腕が大地についた瞬間、彼女の背中から羽のように何かが噴出される。

 それにより一気に加速した彼女の斬撃が異形の歪な手を引き裂き、そのまま大地を滑るように異形の背後へと駆け抜けた。


『んなあっ!?』


「放てッ!」


 マリアナの掛け声とともに団員達から一斉に魔法が放たれ、異形の身体が次々と削られていく。

 立ち上がることも出来なくなった異形だったが、その身体から突如炎があがる。


『クソ……道連れに全員焼いてやらぁっ!』


「無駄だ!」


 マリアナの全身から大量の水が吹き出し、異形もろとも周囲の建物を燃やしていた炎を鎮火していく。


『み、水魔法か!?』


 マリアナの魔法は"水流魔法"。

 水魔法の中でも上位に位置し、全身から大量の水を放出したり、凝縮して放つことで鉄すらも切り裂く優秀な魔法である。


「終わりだッ!」


 マリアナの水で強化された槍が異形の首を切り裂き、首を刈られたそれは物言わぬ肉塊へと変わった。


「よし、次………!」


「やるねぇ……ま、そいつはただの町破壊担当なんだけどね」


「なっ!?」


 その声は間違いなく今倒した筈の異形の声。

 マリアナがその声のする方を見ると、建物の上から1人の男が彼女達を見下ろしていた。


「貴様は……!?」


「名乗る程のもんじゃないよ。それに……今から死ぬあんたに教えても意味ないだろ」


「ほざけ!」


 マリアナの手から凝縮された水流が放たれるが、それを背後から現れた魔物が代わりに受け止めた。


「なっ!?」


「こいつは知ってるだろ? アクアリス……水が大好きな結晶型の魔物さ」


「貴様……魔族か!」


 魔物を操る様子からマリアナがそう判断するのも当然だった。

 しかし、男はニヤリと笑いながら首を横に振る。


「違うよ。俺はれっきとした人間さ。そう……かつて人間じゃなかった人間」


「訳の分からんことを……目的はなんだ! 何故アルメニアを!」


「二度も同じことを……言わせるなよ」


 その男……フェイクが手をかざした瞬間、大量の魔物が建物を乗り越えて一気に現れる。

 マリアナ率いる竜狩り騎士団はあっという間に囲まれ、周りは全て魔物で埋め尽くされた。


「ば、馬鹿な! 人間が魔物を操るなど……しかもこの数は!?」


「冥土の土産に俺の通り名を教えてやるよ。仲間内じゃこう呼ばれているんだ……"だった1人の大軍勢(レプリックレギオン)"ってな」


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30.3.25より、書籍第2巻が発売中です。 宜しくお願い致しますm(_ _)m
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