第111話:影
「す、凄い……」
「私だけじゃねっ……こほん……ないですよ」
そう言われて周りを見ると、その意味がよく分かった。
レヴィは次々にドラゴンの間をすり抜けながら魔力で創った鎖を巻き付けていく。
ドラゴン達は次々に身動きが取れなくなり、互いが互いに動くことで鎖はより締め上げられていた。
そうして動けなくなったドラゴン達の首をグラムは次々と刎ねていく。
更にそこから漏れたドラゴンをレーバテインの炎の剣が撃ち落とし、放たれる息吹を炎の障壁で弾き飛ばしていた。
3人とも今日初めて一緒に戦うのにこの連携は……。
「いい動きですね。自分がどう動くべきが分かっている。私なんかより場数が多そうです」
いつの間にかルカさんの口調が元に戻っている。
彼女の中ではもう終わったってことか。
「はい……」
「ふふ……そう落ち込まなくてもいいですよ。チラチラ見ていましたが、あとは経験の問題かと。まぁそれと……」
「っ! ……アスカロン!」
上空から飛び掛かってきた翼爪竜種を、俺は銀と金のまだらな剣で十字に切り裂いた。
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アスカロン 聖竜剣
聖なる力を持った伝説の剣。
竜を仕留める度に力が溜まり、溜まった力を解放することで倒した竜の息吹をその剣身に宿すことが出来る。
竜を斬る際は必ず十字に斬らなければならないという制約があり、それを破った場合剣身が折れてしまう。
武器ランク:【SS】
能力ランク:【SS】
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「うん、いい反応ですね。今のように広い視野を持つことが大切です。経験を積めばやがて迷いは消え、身体がそれを勝手に理解していくでしょう」
「は、はい!」
「さて、あれで終わりのようですね」
グラムの白刃が最後に残った息吹竜種の雷の息吹を引き裂く。
その背後で、レーヴァテインの剣が紅く輝いていた。
「これで終わりだねぇ……!」
レーヴァテインが勢いよく突き出した紅き剣の切っ先から、まるで閃光のような炎が放たれると、息吹竜種を一瞬で貫き背後の大地が燃え上がった。
断末魔の叫びもなく息吹竜種は地に伏せ、ようやく霊峰クフーは静寂を取り戻す。
開けた空間にはドラゴンの死骸が幾重にも重なり、少なくとも20匹以上はいたことが分かる。
「ロード様お身体は!?」
戦いを終えたレヴィが俺の下へと駆け寄ってくる。
「大丈夫だ。心配掛けてごめんな」
「いえ、ロード様がご無事でよかった……」
「レーヴァテイン、グラムもありがとう」
「フフ……また呼んでおくれよ」
「いつでも呼んでね」
「ありがとう。じゃ、またな」
2人から魔力を抜き手帳に戻す。
ん?
あれ、手帳の表紙に……傷?
こんなの前からあったかな……。
「ロード様、残念ですがドラゴンの中には……」
「え? あ、ああ……ダメか……」
以前のように喰われてすぐなら助けられたのだが、恐らくそうなってから日が経っている。
「残念ながら結果は良くありませんでしたが……冒険者である以上、これも1つの運命。仇は討ちました。だから、彼らの魂はきっと……」
ルカさんは悲しい目で空を見上げる。
曇天から、彼女の代わりに雫が落ち始めていた。
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ティエレンでガリアの入り口へと戻ると、こっちでも雨が降り始めていた。
町の入り口にある門の中に避難し、俺とレヴィは身体についた雫を手で払う。
「さて、協力していただきありがとうございました。私はこのまま領主様に報告を。あなた方は?」
「こちらこそありがとうございました。少しは自分に何が足りないのか分かった気がします。俺達はこのままギリシアへ。おかみさんによろしくお伝えください」
「そうですか。魔石もリンクしましたし、また何かあればご連絡ください。最後に1つ……視野を広く持つというのは戦場に限った話ではありません。それを忘れないように。では、また……」
「え、いや雨が……」
いつの間にか土砂降りになった雨の中にルカさんが出るが、彼女の身体は一切雨に濡れていない。
「ふふふ……上を」
「あ……」
ルカさんが指差す方向を見ると、彼女の少し上で白い煙が上がっていた。
魔法で雨を蒸発させているのか……。
そういえばさっきもルカさんだけ濡れてなかった。
「こういうところもってことですね……」
「そうです。まぁ、私が偉そうに言えた性格ではないのは分かっていますが……普段から考える力を養うことは重要です。やがて考えずとも身体が動くようになれば……きっとあなたなら大丈夫」
「はい……!」
「では今度こそ……またお会いしましょう」
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『そうか……やはり……』
「ええ、竜族は間近に迫っているかと」
土砂降りの雨の中、エポリィが手綱を握る馬車はそんな中でも山道を軽々と登っていく。
俺はケルト王へと連絡を取り、霊峰での出来事を報告した。
『報告ありがとうロード。アルメニアとギリシアにはケルトから連絡を入れよう。それにしても……今竜族に攻められるのは避けたいな』
「陛下、北の戦況は?」
『相変わらず膠着状態が続いているが……何を切っ掛けに始まるか予想できん。やはりウィンダムが言ったように、レアは楽しんでいるのやもしれぬ』
「陛下もそうお感じに?」
『うむ、動きを見ているとな……前線を上げたかと思えばすぐに下げ、たまに仕掛けてくる夜襲もイタズラ程度。その度にこちらは冷や汗をかいておる。まったく……まるで子供が遊ぶクリークティクスのようだ』
クリークティクス……ケルト発祥の戦術遊戯か。
立体的なボード上に山や川、森や草原などが描かれ、互いが王となって兵士や騎士、魔法を駆使して相手の城を落とした方が勝ちというもの。
今では世界中で楽しまれているが……この戦術遊戯は意外と奥が深く、各国の軍師もこぞってクリークティクスに勤しんでいるという。
「子供のクリークティクスですか……」
『ああ。綺麗な陣形を崩すのが嫌で動かさなかったり、相手の陣形を崩す方法が分からず相手が動くのを待ったり……わざとやっているのかもしれんがあまりに稚拙だ。まぁ、実際の戦場でやられると、それはそれで何を考えているか分からず恐ろしいのだがな。こちらとしては時間を稼げるのならば構わぬが……毎回寿命が縮むわ』
「よく分かりませんね……」
『何か他の目的があるのかもしれぬが……とにかく今はバーン達が上手くやってくれるのを信じるしかないな。おっと……そろそろ会議の時間だ。ではなロード。また何かあれば知らせてくれ』
「分かりました。失礼します」
子供……か。
その単語に、フェイクの言った"神の子"という言葉が浮かぶ。
「うーん……」
「情報が少な過ぎるうえに状況が複雑過ぎますね。レア、ティタノマキア、竜族……対処が追い付かなくなってきてます」
「こう立て続けだとな……まぁ、俺が今やることは変わらない。ギリシアに行ってジークさんに会う。まずはそこからだ」
「そうですね。ジーク様がいる場所はアルメニアに近いですし、何かあれば対応出来るかもしれません」
「その為にも強くならないとな」
そういえばケルトでアスナを助けた後バーンさんと通信魔石で話した時、確かアルメニア寄りのギリシアにいるってバーンさん言ってたな。
ひょっとしたらその時ジークさんに会っていたのかもしれない。
バーンさんの師匠……元勇者のジークさんはどんな人なんだろう。
俺が知ってる情報と言えば、ただただ強かったということぐらいだ。
俺も強く……。
「ロード様」
「ん?」
「焦らず、視野を広く……ですよ?」
そう言ってレヴィはニコッと笑う。
敵わないな。
「ああ……そうだったな」
「ええ……そうです」
馬車はギリシア領に向けてひた走る。
大粒の雨を越えて。
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ロード達がドラゴンを討伐してから数日。
その報告をケルトから受けた王都アルメニアは、以前にも増した厳戒態勢が敷かれていた。
その影響からか夜になると屋台が立ち並び、多くの人で賑わっていたコーカサス広場も今では以前程の活気はない。
国民の中には竜族の襲撃を恐れ、他国へと移住する者も現れだしていた。
だが、大多数の国民は不安を抱えながらもアルメニアにとどまることを選択する。
国民がそれに至った理由は様々であったが、そのなによりも、愛する祖国を捨てることなど出来ないというのが一番の理由だった。
そんな国民達の想いに報いる為、ミリアナとニール達は国の防衛に全力を注いだ。
有事の際の避難経路の確保や、以前から作成していた新機軸の対空兵器を配備。
また、宰相と協力してギリシアやケルトとの交渉を行い、王都以外の防衛を協力してもらう確約も得た。
更に少なくない金額で冒険者達を雇い、アルメニアに常駐させるなど出来うる限りの対策を講じ、なんとか国を守ろうと必死に奔走する。
国民達も竜狩り団長ミリアナと防衛隊長ニールの国を守ろうとする努力を理解しており、アルメニアに残った人々の心は今一丸となっていた。
ただ1人、そんなことには興味のないアルメニア王を除いて。
彼は今日も彼女をいたぶっていた。
だから彼は気付かない。
静かに忍び寄る黒い影に。




