第109話:霊峰
「お食事の邪魔をして申し訳ありませんでした……好きなだけ食べてください」
「いただきまーす!」
ルッカルルカさんはお礼とお詫びに食事を奢らせて欲しいと言ってきた。
何度か断ったのだが、彼女の目つきが鋭さを増したところで諦め、その好意に甘えることにしたのだ。
正直怖かった。
店の様子はすっかり元に戻り、さっきのことなど無かったかのように再び騒がしくなっている。
とはいえSSSランク冒険者のルカさんが気になるのか、食事をしながらみんなこちらをちらちらと見ていた。
因みにザザーンは目を覚ます前にダニーさんが宿へと運んだ。
起きたらまた面倒だったろうし、とりあえずは一安心だろう。
「うまーい! こっちもうまーいし!」
「うん……おいしい。食事が出来るって最高ね」
エポリィとグラムは嬉しそうに料理を食べている。
ありつくまでちょっとあったが……まぁ、2人が喜んでくれてよかった。
「ん、おいひいれふね……んぐっ……ところでルッカルルカ様は顔を隠してまで何故ここに?」
「あ、ルカでいいですよ。えっと……顔を隠していたのは一応有名人だからというのもありますが、絡まれることを避ける為だったんですけどね……あはは……」
悲しそうな目でルカさんは遠くを見つめる。
この人もこの人なりに色々と苦労しているみたいだな……。
「それと私がここにいる理由ですが、単純にある依頼を受けたからです」
「え? SSSランクのルカさんが受ける程の依頼がここに……?」
それってかなりまずいことが起きてるってことじゃ……。
「あ、いやいや。実はここ……私の故郷なんです。ここの領主様には小さい頃からお世話になってまして、個人的に力を貸して欲しいとお願いされたんですよ。依頼内容がSSSランクにあたるかは分かりませんが、まぁ領主様の為に来た……という感じでしょうか」
「なるほど。そういうことですか」
「あの……因みにお名前を伺っても?」
「あ、すいません! まだ言ってませんでした……俺はロード=アーヴァインといいます。こっちはレヴィで、そっちはエポリィとグラムです」
俺が名乗ると、ルカさんは顎に手を当てて首を傾げた。
「ロードさん……ですか? どっかで聞いたような……」
「へぇ、あんたがロードかい! オーランド様が世話になったねぇ。ありがとよ!」
おかみさんはそう言いながら机に料理を並べていく。
「あ、いえいえ……たまたまです」
「おかみさん……それどういうこと?」
「ルカあんた知らないのかい……? オーランド様は魔法病だったんだけど、ロードがそれを治してくれたんだよ。国の大恩人さね」
「え!? し、知らなかった……」
「たまには情報誌を読みな! いつまでもガキじゃないんだから」
「わ、分かってるよ……」
因みに情報誌にアスナの名前は出ていないが、ケルトで無能と呼ばれる人が処刑されたことにはなっている。
それ以外で報じられたのはケルト王が病気だったことのみ。
とはいえ、箝口令が敷いてあっても恐らく完璧ではないだろう。
なんせフェイクがあれを知っていたのも、あの場にいたからなのか、それとも誰かから聞いたのかどっちかは分からないからな。
あれ……待てよ。
じゃあ、なんで奴らは俺だけを狙ったんだ?
あのケルトでの出来事を知っているのなら、アスナの存在だって知っている筈……。
仮に奴らもアスナ……つまり無能と呼ばれる人を助ける為にあそこにいたが、なんらかの方法でアスナに魔法がないことを知り手を出すのをやめた……とか?
やっぱり奴らにもレヴィみたいな力があるのかもしれない。
魔法がないというより、純粋な無能にしか興味が無い可能性もあるな……うーん……。
「そうか……思い出しました。バーンさんが言ってたルーキーってあなたのことですね。なるほど……」
「え、バーンさんが?」
「ええ。オリンポス会談の時にSSSランクが全員集まったんですよ。その時にあなたの話が出たんです。今年ルーキーから唯一Sランクまで上がった冒険者がいるって。あなたなら納得ですね」
「あ、ありがとうございます。そんな大したことはしてないんですが……」
「謙遜しなくてもいいですよ。では今度はこちらから。何故あなたはここに?」
「えっと、修行みたいなもので……まだまだ未熟者ですから」
「ふーん……なるほど修行ですか」
「だったらルカの依頼についてったらいいんじゃないかい? こんなんでもSSSランクだ。参考にはなるんじゃない?」
「こ、こんなんでもって……」
ルカさんの依頼か……。
確かにSSSランクの冒険者についていけば何か参考になるかもしれない。
急ぐ旅でもないし……。
「あの、ルカさんはいいんですか?」
「あなた達さえよければ私はもちろん構わないですよ。むしろありがたいくらいです」
若くして冒険者の頂点にまで上り詰めたその力……間近で見てみたい。
きっと色々な経験をしているだろうし、これも1つのチャンスだ。
「じゃあ、是非お願いします」
「分かりました。では明日の早朝に町の入り口に来てください。ちょっと離れた位置に目的の場所がありますから、詳細は移動中にお話ししましょう」
「分かりました」
「じゃ、今日は英気を養わないとね! さぁ食いな食いな!」
――――――――――――――――――――――
翌朝、俺達が町の入り口に着くと、既にルカさんがそこに立っていた。
「おはようございますルカさん」
「ルカ様おはようございます。お待たせ致しました」
「いえ、私も今来たところですから。あれ? 他のお2人は?」
「ああ、あの2人は俺の魔法で……後は歩きながら説明します」
「ほう、分かりました。ではいきましょう」
まだ薄暗い中、俺達はルカさんに続いて移動を開始した。
馬車は邪魔になるとのことだったので、徒歩で目的地へと向かう。
「なるほど……初めて聞きましたよ。なかなか便利な魔法ですね」
今更隠しても仕方がないし、ルカさんは信用出来る人だと思ったので生命魔法のことを隠さず話した。
「ええ、ただ使いこなせていないもので……」
「向上心があるのはいいことですよ。まぁ、私の戦い方が参考になるかは分かりませんけど。あ、因みに私の力はご存知ですか?」
宿に戻った後、レヴィからルカさんの力を聞いておいた。
この小さい身体に凄まじい魔法と魔力が詰まっている……だからこそSSSランクなのだろう。
「はい。知っています」
「なら説明はいりませんね。それでは依頼内容を説明しましょう」
ルカさんの話によるとここ数週間に渡り、ガリアではある異常が起きているらしい。
それは、依頼に出掛けた冒険者達が次々に行方不明になっているというもの。
しかも、いなくなった冒険者は皆Aランク以上の優秀な冒険者ばかりだという。
それを捜索しにいったSSランク冒険者すら帰って来ず、困ったガリア領主は古くから知るルカさんに助けを求めたということだった。
「いなくなった冒険者達は分かっているだけで4組15人。受けた依頼から大体の位置は分かってますし、SSランク冒険者が向かうと言っていた場所も把握済みです」
「15人……多いですね」
「ええ。受けた依頼からして通常ありえないことです。それがなんの仕業なのかを解明し、脅威を取り除き冒険者を救出する……それが今回の依頼内容です。まぁ……いえ、とにかく行ってみましょう」
生きていれば……か。
ルカさんは言葉を濁したが、多分そういうことだろう。
「ルカ様、因みに場所は?」
「今は朝靄で見えませんが、ガラティア山脈の南側にある霊峰クフー……その山に向かった冒険者がことごとく消息を絶ちました。もちろんSSランク冒険者も。だからその山で何かが起きているのは間違いないでしょうね」
「いったいそこで何が……見当はついてるんですか?」
「二つ名持ちの魔物かドラゴンが有力ですね。奴らは人知れず力を蓄えますから。霊峰クフーは隠れるのにうってつけの場所ですし」
「む、それは何故ですか?」
「あそこには滅多に地元の人間は近寄りません。霊峰というだけあって……出るんですよ」
「……あの、出るって?」
「ふふふ……」
笑い方が怖い。
マ、マジで出るのか……。
するとレヴィがぎゅっと俺の手を握る。
彼女を見るとなんだか泣きそうな顔をしていた。
レヴィ……そういうの苦手なんだね。
「まぁ、それは単なる噂話の類です。地元の人間は寄り付きませんが、山の中腹辺りに群生しているクフー固有種の薬草があって、依頼を受けた冒険者がそれを取りに行くことは以前からありました」
「じゃあ今回も?」
「ええ、そうです。なのでまずはそこにいきましょう」
行方不明の冒険者……見つかるといいのだが……。




