第107話:国境
「首尾は?」
『上々。問題ない』
薄暗い室内に2人の男の声が静かに響く。
部屋にいるのは1人。
その男を照らすように、机に置かれた通信魔石が淡い光を放っていた。
「数は?」
『15。本体は拘束し捕獲。一応それらしい理由も置いてきた』
「分かった。それだけいれば問題ないだろう。それと……フェイクには気にするなと。いずれ俺が会いに行く」
『分かった』
「期待している。ジェイド……武運を」
『ああ』
会話が終わると同時に魔石の光が消え、部屋はより暗さを増した。
その闇の中で男はほくそ笑む。
世界は今、まさに彼の思い通りに動いていた。
「全ては瑣末なこと……我らが受けた屈辱に比べれば……そして、止める権利は誰にもない。これは神の意志なのだから」
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ケルト付近の森を抜け、俺達はギリシアに向けて北西へと進んでいた。
エポリィが操縦する馬車に乗るのもなんだか久しぶりな気がする。
相変わらず動いているのか分からないくらい揺れが少なく、小気味よい音を奏でながら草原を貫く一本道を馬車は進んでいた。
天気は快晴。吹き抜ける風が心地いい。
そんな陽気のせいか、レヴィは俺の隣で寝息を立てている。
時折ハッと起きてはキョロキョロとした後、俺の顔を見て照れ臭そうに笑ってはまたうとうととしていた。
俺はリッヒヴェークで辺りを警戒しながら、余った手で生命魔法のレベル上げをする。
羽根ペンに生命を与えては抜くという単調な作業。
地味ではあるが、それがやがて新しい力になる。
少しでも時間を有効に使うことは大事だろう。
「ロード、このままで道なりでいいし?」
エポリィの問い掛けに、俺は馬車の壁に貼ってある地図を見る。
現在地はケルトから見て南西。ギリシアに向かう途中にはいくつかの町があり、このペースなら今日の夜には近くにある町に着けるだろう。
「ああ、道なりで大丈夫だ」
「分かったし」
「そういや……エポリィは以前どんな人と一緒にいたんだ?」
ふと気になっていたことを聞いてみる。
超が付くほどの有名な武具はその所持者も有名だが、中には聞かないと分からない場合もあった。
「んー? 私の前の所持者ってこと?」
「そうそう。聞いたことなかったからさ」
「ギリシアの英雄でドワーフのダーインって知ってる? その人が私の所持者だったし」
「聞いたことがあるような無いような……」
「まぁ、あんまり英雄って感じの人じゃなかったからね。ギリシアを救ったのは間違いないけど、ちょっと血の気が多い人だったから。その人が使ってた剣も手帳の中にいるし。ただ……」
「ただ?」
「ちょーっと血の気がね。元所持者にそっくりだし。気をつけたほうがいいかも」
「名前は?」
「ダーインスレイヴ。意味は〝ダーインの遺産〟。所謂魔剣だし。強さは保証するけどね」
ダーインスレイヴか……よく知らないってことはまだページが光ってないな。
それにしても……。
「魔剣か……」
「そう、魔剣とか魔槍とか〝魔〟が付く武具は気を付けた方がいいし。強いけどリスクもあったりするから。まぁ、単純に気性が荒いだけの場合もあるけど……ああ、魔弾は別ね。あれは神の魔力の〝魔〟だから。伝説の武具にも色々いるし」
「分かった。気を付けるし」
「ちょっとー! 真似すんなし!」
そんな話をしている間にも、ヴァンデミオンが引く馬車は順調に進んでいく。
因みにイストを出る前にいくつか情報誌を買っておいたが、無能に関する報道は今のところなかった。
もし俺の考え通りティタノマキアが元無能の集団ならば、俺にしたように無能を探して仲間に引き入れている可能性は高い。
ティタノマキアの活動が始まったのは数年前。
ひょっとすると、奴らは以前から元無能を勧誘していたのかもしれない。
それにしても、今の俺だからフェイクの誘いを断ることが出来たが、もし仮にレヴィに出会う前だったら……果たして俺は断ることが出来ただろうか。
その時でないと分からないが、絶望のどん底に差し伸べられた救いの手に……正直抗うことは出来なかったかもしれない。
たとえその手が血塗られていると知ってたとしても、全てを憎む無能にとってそれは唯一の光。
もちろん今奴らがやっていることは間違っていると俺は思う。
しかし、無能だった人の苦しみは俺にも分かる。
だから……俺は奴らの全てを否定出来ないでいた。
けど、俺は俺のやり方で……。
あと気になるのはどうやって本当の魔法を知ることが出来るのかというところか。
レヴィの鑑定魔法みたいな力を持った奴がいるのかもしれないし、ひょっとしたら別の見分け方でもあるのかもしれない。
まぁ、今はいくら考えても分からないが……。
そうして1人ティタノマキアのことを考えながらレヴィの寝顔を眺めていると、気付けば夕陽は沈みかけ、辺りは暗くなり始めていた。
そろそろ町が見えてきてもおかしくないとそう思った矢先、小高い丘を越えた先に町の灯りが見える。
「お、見えたし」
「ああ、あれがケルト領最西端の町……ガリアだな」
「へぇ、こっちから見ると山に守られてるみたいだし」
薄っすら残る夕陽の光に照らされた巨大な山脈は、彼女の言う通り町を守るようにそびえ立っていた。
というより、国を守るようにと言った方が正しいかな。
「あれが〝ケルトの盾〟と言われるガラティア山脈だな。あれをこのまま真っ直ぐ越えるとアルメニア、北西に越えればギリシア領に入る」
「町に行っていいんでしょ?」
「もちろん。今日はあそこに泊まろう。そうだ、エポリィも一緒に飯を食べないか?」
「いいの? やったー! 楽しみだし!」
「う……ううん……ありぇ……ロードしゃま……もう朝でしか?」
「いや、もう夜だよレヴィ……」
――――――――――――――――――――――
町の近くまで辿り着くと、意外と大きい町なのだと分かる。
町の入り口には大きな門があり、町は高い壁で囲まれていた。どうやらここは城下町らしい。
「ガリアは国境の防衛拠点だからか……結構大きい町だったんだな」
「山がデカ過ぎて分かんなかったし」
「うぅ……私は寝過ぎです……恥ずかしい……」
「もう気にするなよレヴィ……」
「こんなに気の抜けたメイドが他にいるでしょうか……情け無い情け無い……うぅ……!」
「大丈夫大丈夫……エポリィ、厩へ向かってくれ」
落ち込むレヴィの頭を撫でながらエポリィに指示を出し、俺達は馬車を預けた後、門番に冒険者ギルドカードを見せてガリアへと入った。
石レンガで造られた町並みからは重厚な雰囲気を感じ、門から入ったその正面に大きくはないが城があった。
門から真っ直ぐ伸びた大通りの先にあるその城も石レンガで出来ており、小さいながらも頑丈そうに見える。
大通りには松明の灯りに照らされた店屋が多く建ち並び、夕飯時であることも相まってかなり賑やかだった。
「結構人がいるし。なかなかいい町じゃん」
「そうだな。さて、まずは宿を探すか」
「私聞いてきますっ!」
「あ、ちょっ……はやっ!」
「相当気にしてるね。挽回しようと必死だし」
「レヴィはメイドっていう職業に誇りを持ってるからな……あ、戻ってきた」
レヴィに案内され、俺達は大通り沿いにある一件の宿に入った。
部屋を借りて荷物を置いた後、再び大通りへと繰り出して今度は飯屋を探す。
「いい匂い……」
「エポリィ選んでいいぞ」
「マジ!? そー言われると悩むしー!」
「ふふ……可愛いですねエポリィ様は」
ようやくレヴィにも笑顔が戻った。
エポリィがいてくれてよかったな。彼女は場の雰囲気を明るくしてくれる。
「うー……こっちもいいしー……あっちも捨てがたいしー!」
「ゆっくり選んでいいよ。あ、せっかくだしもう1人呼ぼうかな。まだ会ってない人にしよう」
「あ、いいですね。ご挨拶しておきましょう」
「誰にしようかな……」
「あ、じゃあこの子にして欲しいし」
そう言ってエポリィが手帳をペラペラと捲り、そのページを指差した。
この人は……。
「知り合いなのか?」
「手帳の中でね。いい子だし」
いい子ってことは女性かな。
エポリィがそう言うならこの人にしてみよう。
俺達は路地裏に移動し、彼女を呼び出すことにした。
「出てきてくれ……グラム」
手帳からゆっくりと白い柄を握り、手帳から引き抜くと白い大剣が現れた。
「あれ? これって……」
「まぁまぁ……生命を与えれば分かるし」
エポリィにそう促され、疑問を持ちつつも俺はグラムに生命を与える。
大剣は瞬時に姿を変え、白い光とともに見覚えのある女性がその場に現れた。
「やっぱり……バルムンクにそっくりだ」




