第106話:重装
どれくらい経ったんだろう……。
もう何も分からないし考えたくもない……。
死にたい。
ただただ死にたい。
これ以上痛いのも悲しいのも苦しいのも悔しいのも怖いのも嫌……。
お願いだから……。
「誰か………………殺して…………」
「殺さぬよ」
「ひっ……」
暗闇からぬっと顔を出した王はニヤニヤ笑いながら私に近づいてくる。
また……始まるの?
この狂った王に……私は……。
「せっかく捕まえたお前を誰が殺すものか……まだまだたっぷりと可愛がってやろう」
「いやぁ……いやぁぁぁ!」
「あぁぁぁあ……そうだそうだ! その声が……その声だけが余を満たす!」
「うっうっ……やだぁ……もうやめて……」
「安心しろ……お前は大事に大事に壊してやる。あの女みたいに殺してしまっては勿体無い程の上玉だ。その綺麗な赤い髪……美しい青い瞳にこの見事な身体……素晴らしいの一言に尽きる。それにもうお前しかおらんのだ。だから優しく……な」
私がここに来てすぐ、私より先にいた人は殺されてしまった。
いや、既に死んでいたのかもしれない。
あの人は……気が狂ったように笑っていた。
それが王の怒りを買ったのだろう……あの人は首を……。
「うっ……」
「さて今日は……」
吐きそうになっている私のことなどお構い無しに、王はいつものように準備を始めた。
鎖で吊るされた私の側にある机に、見るだけでおぞましい道具が並べられていく。
それだけでもう……。
「あぁ……いやぁ……やだぁ…………!」
「さぁ、始めよう。今日もいい声で鳴いておくれ。余の可愛い可愛い……最高の無能よ」
私は……何の為に生まれてきたの?
ねぇ教えてよ……パパ……ママ……。
――――――――――――――――――――――
「おい、見えたぞロード! って……ありゃあ……マジかよファーゾルト重装騎士団じゃねぇか!」
「え? 重装騎士団って……あの?」
今日イストに護衛が到着するという連絡を受け、俺とガガンさんはそれを出迎える為に町の入り口にいた。
腕利きを寄越すとは聞いていたが、まさか重装騎士団だとは……。
「あの旗印は間違いねぇ。まさかニーベルグの主力騎士団を寄越すとはな……」
「確か別名〝ラピスの化身〟でしたっけ?」
「おう。〝ニーベルグの壁〟と言われるラピス山脈からついたあだ名だ。その名の通り、奴らはまさに壁そのもの。団員の持ってる魔法も防御系で固め、全てを弾きながら突き進む……突破力だけなら世界一と言われてるな。まさかその騎士団を送ってくるとは……ニーベルグ王もなかなか豪気だねぇ」
彼らが近付くにつれ、大地を踏みしめる音がどんどんと大きくなっていく。
正確な数は分からないが恐らく数百人規模の部隊だろう。そこから察するに、重装騎士団全員が来ている訳ではなさそうだ。
そうして彼らが町の目の前まで来ると、重装備に身を包んだ団員達が左右に分かる。
その中から鋼を纏った巨馬が現れ、その背には巨躯の騎士が乗っていた。
その人は俺達の目の前まで来たところで馬を降り、ゆっくりとフルフェイスの兜を外す。
茶色い短髪に彫りの深い顔、全身黒鉄の鎧で身を包むその風貌はまさに歴戦の勇士そのものだ。
「マ、マジかよ……あんたは……」
その顔を見たガガンさんが驚いている。
ということはまさか……。
「お初に。私は重装騎士団の団長を務めているファーゾルト=ベルフォーゲンと申す。ロード殿とお見受けするが……如何に?」
「あ、はい! 俺がロード=アーヴァインです。長旅お疲れ様でした。来て頂きありがとうございます」
や、やっぱり団長さんか。
まさか直々に来てくれるとは……。
「俺はイストのギルドマスターガガンだ。イストを代表してあんたらに敬意を」
「うむ、ありがとうロード殿、ガガン殿。さて、ファーゾルト重装騎士団第1部隊総勢537名。陛下の命を受け只今イストに到着した。町の中に我らは収まるまい。野営の準備をしても構わぬかな?」
「もちろんだ。必要な物資は提供させてもらう。なんでも言ってくれ」
「ありがとう。では指示を出した後に話を」
身長2メートルはありそうなファーゾルトさんがくるっと振り返り、騎士団員達に野営の準備をするように指示を出した。
応じた騎士団員達はすぐさまそれに取り掛かり、イストを守るように部隊を展開していく。
あれだけの重装備で機敏に動いている……すごいな。
「お待たせした。どこか話せる場所はあるかな?」
「じゃあこっちへ。ギルドで話そう」
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ガガンさんの部屋に入り、俺達はソファーに腰を下ろした。
俺とガガンさんが座ってもまだ余裕のある3人ソファーだったが、向こうはファーゾルトさん1人でいっぱいになっている。
本当に大きいなこの人……。
「ファーゾルト団長、改めて礼を。で、なんでわざわざ重装騎士団が……しかも団長のあんたが直々に?」
「うむ。陛下の命を伝えよう。実は我らがここに来た理由は2つある。1つは無論イスト護衛の為。もう1つは……北の戦の為だ」
「それってつまり……レアに対する備えって意味ですか?」
「ロード殿の仰る通りだ。イストはレアを刺激しないギリギリの位置にある。だから陛下は有事の際、すぐ動けるよう私をここに配置したのだろう。因みにここには私が率いる第1部隊しかおらぬが、他の部隊はヒストリアやフォッケンに配置済みだ」
なるほど。
やたら仰々しいとは思ったが、そういった意図もあった訳か。
まぁなんにせよ、イストを守ってもらえるのならありがたい。
「そういうことか……因みに他の騎士団は?」
「我ら以外の主力騎士団は未だ首都から動いていない。これ以上はレアを刺激しかねんからな」
ニーベルグにはいくつかの騎士団があり、その中でも3つの騎士団が主力騎士団と言われている。
1つはもちろんファーゾルト重装騎士団。
2つ目はワルキューレ魔法騎士団。
3つ目はフレイア騎兵騎士団。
どれも他国に名を轟かす優秀な騎士団だ。
そんな彼らが動くということは、ニーベルグに何か動きがあったという風に見られてしまう。
これ以上の動きはまだ見せられないってことか。
「ロード殿、我らが来た以上……イストは必ず守ってみせる。どうか安心して欲しい」
「俺も全力を尽くすぜ。安心して行ってこいロード」
「ありがとうございます……行ってきます!」
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ギルドを後にして自宅へと帰ると、既にレヴィがヴァンデミオンと共に待っていてくれた。
馬車の準備も出来ているようだ。
「おかえりなさいませ……ロード様」
「うん……それじゃあ行こうか」
まずはティエレンでケルト付近に飛び、そこからギリシアを目指す。
また新しい旅が始まるんだな……。
「ロードさん」
「ロード」
「ティア……アスナ……」
ティアとアスナ、それにフィンティさんやアスナのお母さんも見送りに来てくれたようだ。
「ロード……気を付けてね。私はここで待ってるから」
「うん……ありがとう」
「本当は一緒に行きたいですけど……まだまだ私は力不足だって分かったので……アスナと一緒に待ってます。でも、きっとまたいつか力になりますから! とりあえずイストを守ります!」
「ありがとうティア。アスナとイストを頼むよ」
「はいっ!」
「ティエレン!」
俺の呼び掛けに応じ、紫色の杖が手帳から現れる。
ケルト王と出会ったあの場所を思い浮かべながら、俺は彼女に魔力を込めた。
「「いってらっしゃい!」」
「「いってきます!」」
ずっと笑い合える世界に……。
そう決意し、俺達はイストから三度旅立った。
フレイアとワルキューレの名前を逆にしました。




