第102話:無茶
「入れ」
ケルト王の言葉を受け、その扉がゆっくりと開いていく。
そこから2人の騎士が現れ、ソファーの近くにまで寄るとニーベルグ王とケルト王に向け跪いた。
「遅くなりまして申し訳ございません。ウィンダム=ガドリウム=ケルト、只今戻りました。アディード様、ご無沙汰致しております」
この人がケルト王のご子息……。
髪型や髭が無いなどの違いはあるが、やはりケルト王によく似ている。
身体はケルト王より大きい……強そうだ。
「同じく遅れてしまい申し訳ございません。リャナ=バスター、只今帰還致しました。再びお目にかかれ光栄ですアディード様」
「うむ。2人とも息災で何より」
「おかげ様で。あの……ところで彼らは……?」
俺達に手を向け、ウィンダムさんは不思議そうな顔でケルト王に問い掛けた。
それはそうだろう。
見たこともない奴らが王の部屋にいればそうなる。
「ああ、そうか。君達はオリンポスにいたから顔は知らないのだったな。彼がロードだ」
「あっ! こ、これは失礼を……!」
「あ、いえいえいえ! こちらこそご挨拶が遅れまして……」
どうやらケルト王から何かしらの話がいっていたらしい。
慌てて跪くウィンダムさんに俺達も慌てて跪いた。
「まぁまぁ、その話は後にしよう。とにかく2人とも大儀であった。エディ、済まぬが椅子を」
「いえ、エディ様自分が……ウィンダム様どうぞ」
「ああ、済まないリャナ。ありがとう」
リャナさんはウィンダム王子に椅子を出した後、エディさんの隣に立った。
この人がケルト軍のトップ……ケルト王が言ったように確かに若く見える。
彼女は赤く長い髪を後ろで縛り、赤いフルプレートメイルを身に纏っている。腰には美しく輝く銀色の剣を差していた。
その鋭い瞳はどこを見るでもなく、まるで部屋全てを睨みつけているようだ。
「さて、早速で悪いが話を聞かせてもらおうかの」
「は……ですがこれといって進展はありません。両軍は睨み合いを続け、小さな小競り合いが散発的に起きている状態です。いくつか条件を出して和平交渉を進めましたが、レアは相変わらず聞く耳を持ちません」
「そうか……レアは何を考えているのか……」
「これは私の個人的な見解ですが……レアは今の状況を楽しんでいるように思えてならないのです」
「それはつまり……この状況こそがレアの狙いだと?」
「そこまでは分かりませんが……攻めるでもなく、かといって交渉に応じる訳でもない。自分達が主導権を握っているのが嬉しい……そんな印象です」
なるほど……。
まるで自分達が世界の中心にいる……そんな気分にはなっていてもおかしくはない。
なんせティーターン、オリンポス、ケルトという、5大国家のうち3つを振り回している訳だからな。
「悦に浸っている訳か……しかし、動機としては弱いの」
「ああ、その快感を得るにはリスクが高過ぎる。もちろん他に考があってのことだろうな」
「必ず理由はある筈じゃ。今のうちにそれを解明し、戦を止めねばならん。だが、ニーベルグは迂闊に動けぬ。オリンポスとケルトには悪いがな……」
「だろうな。レアからニーベルグ領は近過ぎる。迂闊に手を出せば……」
「ああ……ニーベルグの町や村がいくつか消えるかもしれん。それだけはさせられぬ」
ニーベルグの町や村が……消える。
そうか……レアはニーベルグ領に隣接している。
下手にニーベルグが動けば、レアがそれらに手を出さないという保証はない。
しかも、それに対しニーベルグがレアにやり返せば更に状況は悪化することになる。
「ロードさん……」
イストは北から数えた方が早い位置にある……ティアはそれに気付いて不安になったのだろう。
「ティア大丈夫だ。すぐにどうこうなる訳じゃない」
とはいえティアの気持ちはよく分かる。
突然自分の町が戦火に巻き込まれるかもしれないと聞けば、誰だって当然不安になるだろう。
俺だって同じだ。
「そうじゃ。まだ猶予はある。表立っては動けぬが妾も協力するつもりだ。バーン達が何かを掴むまでなんとか現状を維持しよう」
「ああ。しかし今日はもう遅い……続きはまた明日にしよう。一時解散でよいなアディード?」
「よかろう。因みにロード達はこの後どうするつもりじゃ?」
「俺達はこの後すぐに一旦イストに帰ります。その後はまた旅に。俺は俺にやれることをやるつもりです。そして、もっと強く」
「そうか……いずれお主達の力を借りることになるやもしれん。その時はよろしく頼む」
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その後、俺達は部屋へと戻り荷造りを始めた。
とはいってもほとんど終わらせておいたのだが。
「意外でした」
最後の荷物をカバンに詰め終わったところで、レヴィがポツリとそう言った。
「何が?」
「私はてっきり……また無茶なことを言うのではないかと」
俺も意外だった。
今まで散々無茶なことを言ってきた俺に、レヴィは何も言わずについてきてくれた。
けど、内心気苦労が多かったのかもしれない。
知らないうちにレヴィに甘えていたんだろうな俺は。
でも、今までとはもう違う。
いろんな意味で。
「戦争を止める為に北へ行くって言うと思ったんだろ? ……まぁ、この間まで言ってたけど。少しは成長したかな?」
「ええ、かなり。安心しましたよ」
レヴィが嬉しそうに笑う。
可愛い。
「全部は出来ない……けど、やれることはある筈だ。それに、必要ならいずれ呼ばれるさ」
「そうですね……で、今後はどうされるおつもりなんですか?」
「また情報収集からかな……ティアをイストに送ったら、まだ行ってない国や町に行こう。武具達もまた増えたし、その願いも叶えながらね」
「なるほど。よい案です」
「後はもっと……」
その時、部屋の扉が叩かれる。
俺が返事をすると、ケルト王がウィンダムさんとリャナさんを連れて現れた。
その後ろからティアも顔を出す。
「陛下……こちらからご挨拶に行こうと思っていたのですが……」
「気にするな。2人がどうしても君に礼を言いたいというて聞かんのだ」
「ロードくん改めて礼を。王を……父を救ってくれてありがとう」
「自分からも感謝を。我が王の命を救って頂いたこのご恩……必ずお返し致します」
そう言って2人に深々と頭を下げられる。
俺は慌ててそれを止めた。
「本当に偶然でしたから……それに、俺の方が救われています。こちらこそありがとうございました」
「ぬはは! 命に比べれば安いものよ。まだまだ恩は返し切れておらぬ……だからこれを持っていくがよい。きっと君の力になる」
ケルト王はそう言って2枚の紙を俺に渡してきた。
1枚は地図で、なにやら文字が書かれている。
もう1枚はどうやら手紙のようだ。
「陛下これは……?」
「インヘルムの地図を書いた者の居場所だ。俺の親友であり、バーンの師匠でもある。強くなりたいのであろう? ならば会って損はない」
「バーンさんの師匠……」
地図に書かれた文字をよく見る。
そこには俺が……いや、世界中の誰もが知っているであろう名前が刻まれていた。
「こ、この人は……」
「そう、其奴の名はジーク=エクスプロジオン。かつて……勇者と呼ばれていた男だ」




